音と共に流れていたモノ


 何処とも解らない時代。人目も知らず静かな所で、ひっそりと奏でる方がおりました。

 側に生えた木々を爪弾き、時折脚で大地を踏み鳴らし、ぱたぱたと風を扇いでおられます。

「・・・・・・・・・・・」

 その方は声を発する事が出来ませんでした。

 そして遥か先から誰かの話し声、近くから獣の鳴き声がする度に。羨ましそうにぼんやり聞き入って

おられました。

 その時にこんな風にいつも音をお奏でになるのでした。

 それでも小さな音しか奏でられず、寂しく思われておりました。


 ある時、大風が吹きまして。飛ばされた小枝が、生えておりました竹に当たってカラカラと小気味の

良い音が響きました。

 その方は試しに近くに落ちていた枝を拾って、今度はご自分で竹を叩いてみました。

「・・・・・・・・・!?」

 すると何とも良い音がするではありませんか。

 その方はずっとずっと叩いておりました。そして、竹の中が空だから大きな音がするのだと気付かれ

ました。

 また大風が吹きました。すると切った竹からピュ―ピュ―音がするではありませんか。

「・・・・・・・・!!」

 その方は今度はご自分で楽しそうにいつまでも吹いておられました。

 どうやら穴を風が通ると良い音がするようです。


 

 またある時はこんな事がありました。

 芋を掘った後にその蔓を捨てていますと。その蔓が風でピンと張り詰め、そこへ零れ落ちる木の葉や

小枝でビンビンと良い音がするではありませんか。

 その方はまた楽しそうに風が止むまで爪弾いておられました。

 そして細長い物を張ると良い音が出る事を知られました。


 でも、その音たちは彼方まで届く程ではありませんでした。

 その方はそれをお知りになられると、がっくりと悲しまれました。

 ですが、その内に組み合わせる事を思いつかれました。そうして、その方の音創りが始まったのです。

何度も何度も作り直し考え直し、より大きい音がでる物を探していつまでも歩かれました。

 そうして幾年もの年月を得て、とうとうそれは完成されました。後に弦楽器と呼ばれる物の始祖とな

る初の楽器は、琴のようでありギターのようでもありました。

 そのお方は喜び勇んで早速奏で始めました。

 ですがボォンボォンボォンと単調な音しか出ません。折角音が出てもこれではと、その方はまた悲し

くなられました。

 その時、また大風が吹きました。するとどうでしょう、更にピンと張り、いつもよりも少し高い音が

出たではありませんか。

 そうです、張りぐあいを変える事で音が変わる事を発見されたのです。


 

 それからその方はその楽器を使って色んな音を真似始めました。

 そよそよと流れる風の音、清涼と流れる小川の音、木々の葉の擦れ合う音、そう言ったものから獣の

声まで色んな物を真似られました。

 そしていつしかその次々と奏でられる音たちは一つの流れる音となり、風にのって数多の場所へと運

ばれていきました。

 ですが、誰も奏でられた音だとは気付きませんでした。

 何故なら、その音たちはありふれたもので自然に聴けるものだったからです。


 

 その方はそれでも諦めませんでした。今まで真似た音たちを合わせて、今度は自分の音を創り始めた

のです。自分の悲しい心の音、初めて大きな音を出せて喜ぶ心の音、挫折して諦めかけた心の音、そん

な音をたくさんたくさん創られました。

 そしてその音達でご自分を表現され始めたのです。

 生まれた時から今までに感じた一つ一つの事を、物語を紡ぐように音で紡ぎ始められたのです。

 それは最早音の集まりと言うモノではなく、それ自体が一つの流れる音でした。

 そしてその流れる音に惹かれるように、その方の下に集まり始めたのです。そして、自分達の声をそ

れに合わせ始めました。声の出ないその方の代わりをするように。

 いつしかその集まった声は一つの流れる声に変わり、その方の奏でられる音と一つになりました。

 その方はもう寂しくありませんでした。

 そしてそのまま、いつまでもいつまでも皆と一緒に奏で続けておられました。

 にっこりと笑ったまま、いつまでも・・・・・。


 これが一番初めの音楽だと言われております。

 それは色んな想いが詰まったモノでした。そして自分を知らせるモノでした。

 見栄えも名前も無く、ただ心揺さぶられるモノでした。

 では、今言っている音楽とは一体何でしょう?

 大事なモノも変わってしまったのでしょうか・・・・   


EXIT