平和の鳩


 戦続きで国中が荒廃しています。

 人々は懸命に働き、何とか日々を生き延びていましたが、それもいつまで続けられるかは解りません。

 一体いつ終わるのか。それともずっと終わらないのか。それは誰にも解らないのです。

 幸い戦場は人の住居からは離れています。どちらも自分の国に被害を出したくないから、わざと人里離

れた場所でやっているようで、時折戦いの音が街の方まで聴こえてきますが、戦火が街まで来る事はあり

ません。

 たまに怪我した兵隊さんが運び込まれ、医師に治療を受けたり、皆で世話している姿を見るくらいが、

一番戦争の臭いがする光景でしょうか。

 だから表へ出れないとか、いつ弾が飛んでくるか解らないとか、そういう事もありません。平和といえ

ば平和といえるし、そうではないといえばそうともいえます。

 皆浮かない顔で、早く戦争が終わる事を祈っていますが、いきなり敵兵が襲ってくるような事は、多分

ありません。

 多分ですから、心配は心配ですけど。直接な被害がないというのはありがたい事で、巻き添えになって

殺されないだけでも嬉しい事でした。怪我した兵隊さんを見る度に、皆そう思います。

 もう何故こんな事をするのかとか、勝ったらどうなるかとか、負けたらどうなるかとか、そんな事は誰

も考えていません。ただただ早く終われと祈りながら、毎日を恐る恐る過ごしているのです。

 祈る事しか出来ないというのは、どんなに恐ろしい事でしょう。

 そんな風に恐々と、でも日々を何とか過ごしてきましたが、どうしても困る事が出来たのです。

 戦時とはいえ、当たり前ですが、人々は日々の営みを続けなくてはいけません。物を食べ、水を飲み、

寝て、起きて、働いて、服を着て、風呂に入り、休憩し、話し合う。人と出会い、友好を深め、喧嘩をし、

恋に落ち、恋から覚め、新たな恋へ、そして結婚、出産。そういう事はいつでも変わらずしなくてはなり

ません。

 そうです。しなければならないのです。誰にも止める事は出来ません。何故なら、人はそういう風に出

来ているからです。

 それらをする為にこそ、生きているのです。

 困った事というのは、この中の一つの事でした。他はまだ何とかなりますが、こればかりはどうしよう

もない事なのです。

 それは食べる事。戦争で付近の国、街から街への輸送が困難になり、食糧事情が目立って悪くなってき

たのです。今では毎日満足に食べらないくらいで、人はいつも腹を空かしています。

 国から配給される食事の量も、初めの半分もありません。幸い水だけは困らない程度には用意できまし

たが、食べられない辛さは心に堪えます。

 皆みるみるうちに元気がなくなって、一日のほとんどは食べ物に関する事だけを考えている有様。働く

気力も、何かをする気力もなくて、皆ぐったりと日々を過ごしておりました。

 それでも戦争は続き、食料事情は少しも良くなりません。人々は皆イライラし始め、喧嘩や言い争いが

増えて、そうする事でまた余計にお腹が減り、腹が減れば益々腹が立ってきます。悪循環で、どうにもな

らなくなっておりました。

 今では、まあまあ、と喧嘩をなだめる人もいなくなり、人の顔から明るさが消えて、陰鬱(いんうつ)

な色が目立つようになりまして、街の雰囲気がどんどん悪くなっていきます。

 怪我した兵隊さんを気遣う余裕もなくなり、治療や補助を手伝う人も少なくなっていきました。

 でも皆が皆絶望していた訳ではなくて、中には何とかしよう、何とか頑張ってみよう、と思う人もいく

らかは居たのです。

 これではいかん。このままでは皆駄目になる。そう思ったある人が、何とか食べ物を少しでも得ようと

役所にかけあい、豊かな人の家を訪ねては、皆に分けてもらえないかと交渉を始めました。

 でもやっぱりどこも不足していて、誰もが人に分けるような余裕はありません。

 戦争のせいでどこへ行くのも難しくなり、輸送は困難で、おえらいさん達でさえひもじい思いをしてい

るそうなのです。国に食べ物自体がないので、お金で買う事も満足に出来ないのでした。

 それもこれもこの国の食料自給率というのが低いせいで、他から仕入れる事が出来なくなると、すぐに

皆飢えてしまうのです。

 皆が自分で食べ物を作らないから、こういう時に困ってしまうのです。元々この国には、食べる物がほ

とんど実っていないのです。

 だからいつもどこかから食べ物を持ってきてくれないと、皆飢えてしまう。お金だけはありますが、買

える物自体が無いのです。

 買える物がなければ、お金なんてゴミと一緒でした。何の役にも立ちません。腹が立つだけです。

 そんな訳で、どこへ行っても食料はありません。でもその人は諦めませんでした。

 無いのは仕方ない。普段食べている物がどこにも無いのならどうしようもない。では普段食べていない

物ならどうでしょう。もう何でも良いから食べてしまえ、飢えるよりはましじゃないかと、そう考えたの

です。

 でも誰だってそんな事は考えます。もう食べれるような物は大体食べ尽くされていました。野草や茸、

魚や野生動物、食べられそうな物は、大体食べてしまっていたのです。

 どれだけ探しても何も残っていません。その人は途方にくれましたが、そこいら中を探し回っている内

に、あるものに気付きました。

 今まで散々見てきたもの。でもそれを食べるなんて今までは、そして飢えている今でさえ、誰も考えな

かったもの。

 それが鳩でした。

 この国の人は鳥を食べる習慣がなく、そのせいもあったのでしょう、昔から鳩が多く生息し、どこにい

ても鳩が見られ、この国を鳩の国、人間よりも鳩の方が多い国、何て言う人もいるくらいだったのです。

 でも鳩は糞を撒き散らすわ、群れてうっとうしいわで、昔から穢(けが)れた生き物として、忌み嫌わ

れていたのです。

 不潔な厄介者。それが鳩に対する印象の全てでした。

 本当は退治したいのですが、あまりにも数が多くて、人々は諦めて放置していたのです。

 その鳩を食べる。これは一つの重大な決断でした。何せゴミを食べろと言っているようなものなのです。

多分、その人以外にも鳩食いを考えた人はいたのでしょうが、どうしてもそれだけはできません。

 でも今のその人にとって、そんな鳩像なんか、どうでもいい事でした。何か食べないと、何か食べない

と、皆どうしようもなくなってしまう。悪い人達になってしまう。

 その人は我が物顔で歩き回る鳩を、その大きな手でむんずと捕まえて、普段の憎しみを込めて締めて、

それから羽をむしり、綺麗に洗い、例え鳩でも肉は肉だと、適当に味付けして料理してみました。

 すると意外や意外。これがまた美味しいではありませんか。

 空腹の時は何でも美味しいですが、鳩肉の味がこの国の人の味覚にぴったりあっていたのです。

 その人は喜んで、鳩を捕まえては、皆に振舞いました。初めは皆嫌がっていましたが、その人があまり

にも美味しそうに食べるので、ついつい空腹に耐え切れず、手を出してしまったのです。

 一度食べると後は簡単でした。鳩のやつもなかなかやるものだと見直して、どんどん鳩を食べ始め。鳩

料理はすぐさま飢えた国中に広まり、鳩のおかげで何とか戦争終結まで飢えずに生きる事が出来たのです。

 こうしてこの国には伝統の鳩料理が生まれました。でもその料理には面白いしきたりがあって、鳩料理

は食料に本当に困った時しか食べては駄目で。その上、切羽詰った理由がなければ鳩を殺してはいけない、

という事になっています。

 いざという時に食べる為に、普段から鳩を増やしておこうという訳で、平和な間は鳩が国中を歩き回り、

戦争時には鳩がめっきり姿を消す事になりました。

 ですからこの国では鳩がたくさん居るのが平和の証。鳩に感謝しようという事で、今では国鳥にも認定

されているそうです。

 その話が世界中に広まって、いつの間にか鳩が平和の象徴といわれるようになったのかもしれません。

 そして鳩もまた、自分が食べられず、平和の証として崇められるように、いつもいかなる時でも、きっ

と世界の平和を祈っているに違いありません。

 平和の鳩。それは名前とは裏腹に、切実な運命を背負わされた鳥なのです。




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