ぽつり


 ぽつりぽつりと人が居て、ぽつりぽつりと話します。

 誰がどこか、どこが誰か、そんな事は関係ありません。どの声も皆同じ、同じ事を同じだけぽつりぽつり

と喋ります。

 合唱でもしていそうに思えるのですが、不思議な事に一つの声しか聴こえません。

 あまりにもぴたりと一致しているので、全体で一つの同じ声に聴こえるのでしょう。

 まるで全てが同じ人かのようで怖くもありますが、といって何をしてくる訳でもなく、ただただぽつりぽ

つりと喋るだけ。

 誰かに聞かせたいのか、ただ喋りたいだけなのか、定かではなく。何の為なのか、何の為でもないのか、

全ては謎に包まれています。

 何かの儀式だと言う人もあれば、妖怪の類だという人もいます。

 毎日丑三つ時、もっとも暗くなる時間帯に現れるようです。

 夜の方が静かで声がよく通るからでしょうか。

 地元の人達は皆気味悪がって、その時間帯の間、家に引っ込んで耳を塞ぎます。

 何分よく通る声なので、そうしないと耳に入ってしまうのです。

 付近の人はその声を聞く事自体がよからぬ事になると思っておりますので、例え聞いたとしても口には出

しませんし、その事について話さない事が暗黙の了解となっております。

 でもそんなによく通る声なのに、不思議と何を言っているのかは解らないそうです。誰もが寸分違わず同

じ事を同じだけ同じ速度で喋っている事は解るのですが、何を言っているのかは解らない。

 もしかしたら脳が本能的に理解する事を避けているのかもしれません。

 聞いた人も少なくないのですが、皆それが念仏のようだった、くらいにしか憶えていないようで。

 ともかくも、そんな風ですからこの辺りに深夜踏み入れる者は居ないのですが、世の中には物好きをなり

わいとしている人がおりまして、面白そうと思った記者が一人、この場所に来たのです。

 記者はおそらくこれは何者かがこの場所に来させない為に流した嘘で、その時間帯にここに来れば何か記

事になりそうな事が起こるだろう、と考えていたようです。

 そうして都会からこの小さな田舎町に来たのですが、話を聞こうにも皆不気味がって、或いは記者を胡散

臭がって教えてくれません。

 仕方なく、自分で見に行って見る事にしました。

 できれば連れが欲しかったのですが、記者はフリーですし、夜中にそんな場所へ来たがる人は多くありま

せん。仕方なく一人で来るしかありませんでした。

 でもまあ、この記者は今まで色んな所に一人で行った事がありまして、有名な心霊現場にも何度か行った

事があるので、平気だろうと考えたのです。

 記者は勇気だけなら誰よりもありましたし、幽霊なんぞ信じてもいませんし、あった事もありません。怖

がる理由はどこにも無いのです。

 そういう風に自分をごまかしていたのかもしれません。

 田舎道とはいえ一応は整備されているので、外灯もぽつりぽつりと等間隔に設置してありますし、あまり

車も通りません。ライトさえ点けていれば、まあ事故の心配はないでしょう。

 実際何の問題もなく現場に着きました。特に何がある訳でもありません。ただの山道。よくある田舎の山

道風景が広がっています。

 これはこれで怖くもありますが、心霊現場に行った時のような寒気は感じませんし、どうという事もあり

ませんでした。

 肩透かしを食らった気分で時計を見ると、早く来過ぎていたようです。丑三つ時ですから二時前後になる

のですが、まだ一時を回ったくらいです。

 幸い道幅もそれほど狭くないですし、なるべく路肩の広い場所を探してぴたりと横に付け、ライトを付け

たまま座席を倒して横になりました。

 そうしていると静かな山中に昼間聞き込みの為に動き回った疲れも出たのでしょう。知らず知らずうとう

とと眠ってしまいました。


 突然耳に何やら話し声が聴こえ、眠りの浅かった記者は慌てて起き上がりました。時計を見ると二時を過

ぎております。

 これはきたなと思って急いで車から降り、きょろきょろと見回しましたが、真っ暗闇で何も見えません。

 道にぽつりぽつりと設置された外灯の明かりも何故か消えていて、うっすら見えるそれらが暗闇に不気味

に白く浮かび上がって見えます。

 車のライトは点いたままですが、山際の丁度へこんだ所に止めてあるので、遠くまで照らせないのです。

 記者は懐中電灯を持ってきたのを思い出し、座席に戻ってそれとカメラを持ち出しました。愛用のボイス

レコーダーのスイッチもすでに入れてあります。

 声は世闇に響き、まるで全方位から聴こえてくるような不思議な感覚を与えます。不可思議な者に取り囲

まれているかのようで、記者も少しだけ危機感を覚えました。

 何とかしようとそこら中を電灯で照らしますが、話に聞く人影なんかどこにも見えません。あるのはぽつ

りぽつりと白く浮かび上がる外灯だけです。

 途方に暮れましたが、しばらくすると耳が慣れてきたのか、声の発している場所を特定できるようになっ

てきました。

 それは外灯です。そこから訳の解らない念仏のような声が聴こえてくるのです。

 外灯がスピーカーになっていると考えれば良いでしょうか。

 始めは不気味に思って震えていましたが、それ以上何も起こらないので、元々勇気のある記者は平気にな

ってきました。

 そして声が終わるまでずっと辺りを探したのですが、結局何も出てきません。声もいつの間にか止んでい

て、後に残ったのは暗闇と静けさのみ。

 念の為に朝まで車内で待ってみましたが、何も変わりません。

 あれは一体、何だったのでしょう。


 気になって後日調べてみると、あの辺一帯の電力があの時間だけ奪われている事が解りました。

 電力が足りず灯が落ち、しかし完全に電力を遮断された訳ではなく、ほんの少し流れていた電気が妙な音

を発生させていたようです。

 あの時は気付きませんでしたが、もしかしたら物凄く薄く灯が点いていて、そのせいで白い外灯がやけに

はっきりと浮かび上がっていたのかもしれません。

 電力会社を調べてみると、社員が無断で電気を貯蓄し、売っている事が判明しました。あの辺りはほとん

ど人が通らず、車が通る事も稀なので、解らないだろうと考えたようです。

 そして異音が出たのを幸い、あのような噂を流して人を近付かないようにさせたのだとか。

 かえって逆効果になる愚かな考えですが、人というのはそういう風に都合の良く解釈するものなのかもし

れません。人が失敗する原因はそこにあるのでしょう。

 こうして記者は考えていた通りの記事を書く事ができ、感謝状までもらう事ができました。

 そんなお話。




EXIT