薄れ行く意識の中で、儚くなりつつある五感を感じ、私は静かに眠りに付く。 枕の外では、見知った人たちが騒いでいる声が。そしてその影が輪郭となって微かに私の目に宿る。 ああ、終わりが近付いてくる。止め処ない終わりが。 私は消え失せ、身体は骸へと還る。五体が痺れて来た。 ああ、消えて・・・し・・ま・う・・・・。
私は慌てて飛び立った。 側を大鳥の嘴が掠めて消える。 危うかった。どうやら私は眠って居たらしい。 しかし蝶の私が、人となった夢を見るとはおかしな事。 とにかく助かったと安堵の心持ちで更に飛ぶ。花の香りが私を誘うのだ。
捕えられてしまった。 目前には穢れた八本足の毛塊が見える。粘着質の糸に捕らわれた私を嘲笑う紅い眼が。 おぞましい。私は喰われてしまうのか。 ああ、糸に包まれて行く。 私は儚き藻屑へと。ああ、消えて・・・し・ま・・う・・・。
私は蝶を喰らっていた。 共食いをしているのか?などと困惑が浮かんできたが。何の事は無い私は蜘蛛なのだ。 蜘蛛が蝶の夢を見るとは穢れた事よ。つまらぬ事よ。 私は罠を仕掛け、待つ。次なる得物を喰らう為に。
ああ、蜘蛛の生など虚しきものよ。 私は大鳥の嘴に捕えられてしまった。 そしてこの大鳥の子らの贄となってしまうのだろう。 初めて飛んだ空。それが私の最後の光景となろう。 大鳥の巣が見えた。そして大鳥が口開けて待つ、その子らへ私の身体を差し出す。 ああ、私が・・・消えて・・・し・・・まう・・・・。
私は子らへ蜘蛛を与えた。 これで我が子らは益々育つだろう。蜘蛛に生など過ぎたもの。 夢から覚めれば私は大鳥。私は空の王。蜘蛛の夢を見るなどおかしなものよ。 私は飛ぶ。この空の王なのだ。
空の王が地に堕つるとは卑しき事。 片翼からは血が流れ、もはや羽ばたく事はならぬ。 墜落した時に負傷したのか、身体も満足には動かない。 眼前には辛うじて、私を仕留めた人間のハンターの姿が見える。 そしてもう一度引き金を引いた。 ああ、私が消えて・・・しまう・・・・。
目が覚めると真っ白な暗い天井が見えた。 私はベットの上に寝かされている。 夢を見ていたらしい。幾度と続く夢。いや、今も夢なのだろうか。 突然何かが込み上げて来た。 咳き込み、口から漏れたものを手で受ける。 その手は赤く染まっていた。 そして苦しみが内部から襲い来る。 私は今度こそ死ぬのだろうか。それともまた夢として目覚めるのか。 ああ、私は一体夢なのか。それともこれが私なのか。或いは私は誰かの夢の中なのか。 もしかすれば、私は永遠に生まれ変わるのだろうか。 いや、死に続けるだけなのか・・・。 苦しい・・・。私が消えて行く。 私は何処に居るのだろう。何処へ行くのだろう。 私は私なのだろうか・・・。 ああ、消えてしまう・・・。 ああ、私が・・・消えて・・し・・・ま・・う・・・・。
|