さむさむころばし


 ある時、頼みもしないのにインチキ妖精が現れた。

「貴方にはさむさむころばしを与えます。せいぜいさむがりやがって下さい」

 そう言ってよく解らない物を僕に振りかけて、さっと消えてしまう。

 気付いた時にはもう遅い。与えられたさむさむころばしは・・・・って、さむさむころばしって何だろ

う。よく解らない。考えてみると良く解らない。

「ぶるぶるぶる」

 よく解らないので、取り合えず寒がってみた。

 両手で自分を抱くようにし、ゆらゆらと体を揺らしてみる。

 あまり寒いようには見えないかな。まあ、実際寒くないし、仕方ないよ。

「さむさむころばしって、何だよーーーーーーーッ」

 試しに叫んでみたけど、インチキ妖精は現れない。

 インチキな妖精だから、別に気にしないで良いのかもしれないけど、でもあの妖精は一体僕に何をかけ

たのかって、気になる。まさか毒とかじゃあないだろうけど、解らないと心配になるよ。

「お使い、行って来てくれる?」

 そんな事を思ってうろうろしていると、ママにお使いを頼まれた。

 ママは今手が離せない。だから僕が行かないとご飯のおかずが無くなってしまう。これは大事件だ、行

かないといけない。

 財布を持って家を出る。

 お使いも良くしてるから、簡単さ。いつも通りの道を、いつも通りに進むだけ。

「わッ!!」

 いつも通りに行くはずが、今日は何でか躓(つまづ)いてしまった。地面を見ても、別に何か滑る物が

ある訳じゃない。でも滑った。きっとそんな事もあるんだね。

「ううッ」

 何だか寒気がする。きちんと上着も着てきたのに、いくら外に出たからってこんなに寒いはずが・・・。

「てッ!」

 寒がりながら歩いたせいなのか、またつるりと転んでしまった。

 おかしいな、いつもはこんな事無いのに。こんな何も無い所で・・・、寒いから氷でも張っていたのか

な。それとも靴が悪くなっているのかな。

「ううッ」

 また寒気がした。今度は前より強い。まるで雨でびしょぬれになった時みたいだ。

 おかしいな、太陽だってあんなに照らしてくれているのに。

「わッ!」

 また転んだ。

 もう解った。絶対おかしいって。

 今は普通なんだ、その時までは普通に歩ける。でも、その時になるとまるで靴裏の感触が無くなって、

油でも塗ってあるみたいにツルって滑る。足でひっかけない感じ。そしてツルって滑る。

「ううッ」

 そしてその後、物凄く寒い。

 例えば風邪をひいた時みたいに、全然身体があったまらない感じ。何をしても内側から寒くて、身体が

ブルブル。でも震えてもちっともあったまらなくて、どんどん寒い。

 まさかこれがさむさむころばし? 転んで寒いから、さむさむころばしなの?

 インチキ妖精が言ってたのは、この事だったのかな。

 あれ、でも待ってよ。これ違うよ。違うよ、きっと。だって、

「これだとさむさむころばしじゃなくて、ころばしさむさむじゃないか」

 僕が思わずそう叫んでしまった時。

「ちッ、気付きやがってございますか」

 そんな声が聴こえて、ふっと寒気が抜けていった。

 靴ももう滑らない。試し試し歩いてみたけど、もうツルっと滑らないみたい。

 インチキ妖精の悪戯が解けたのかも。

 僕はもう嬉しくて、太陽の光を沢山浴びて、お使いも忘れて家に帰る。

「もう、今日はおかず無しじゃない!」

 そしたらママにこってり叱られて。

「きししししししし、ひーっかかりやがったでございますよ」

 何処からか笑い声が聴こえてきた。

 あれはきっと、インチキ妖精だったと思う。

 ほんと、嫌な奴。



                                                       了




EXIT