夢破れて山河在り


「これは素晴らしい」

 目の前には荒涼とした遺跡が広がっている。一月前に発見されたばかりの、まだ手付かずと言っていい

遺跡である。この調査員に選ばれたのは幸運であった。

 今までに類の無い建築物に加え、不可思議な物も数多く発見されている。

 これは今までの学説を覆す発見になるかもしれない。このような歴史的発見に遭遇出来る事は、考古学

を志す者にとって最大の幸せだ。

「教授、やはり彼らは我々の想像を超えた技術を持っていたようですね」

「うむ、我々の睨んだ通りだったな」

「この研究を発表すれば、教授の名は歴史に永遠に残る事になります」

「そうかもしれん、しかしそんな事はどうでも良い事だ。見ろこの光景を、真に素晴らしいではないか」

 名声欲は当然ある。しかしそれよりも私は、ここにある全ての物に心を奪われていた。

 実際に見る事の出来ない諸氏には、残念ながら想像も出来ないだろう。ここには現在の人間よりも、遥

かに発達した文明があったという証拠が無数にあり、そのどれもが我々の想像を超えている。

 未知が我々のすぐ側にあり、しかもなんと言う事だろう、そのどれもが例えようもなく美しい。彼らの

美的感覚は我々に近く、その美術的才能は我々よりも高度であったようだ。

 色彩、形、配置、どれをとっても見事であり、我々を常に興奮させる。

 ひょっとしたら、考古学者よりも芸術家にとっての理想郷かもしれない。

「しかし教授、いつも感じ、そして実際に常に誰からも言われている事ですが、何故彼らは滅びてしまっ

たのでしょうか。僕には信じられません、これほどの物を生み出せる文明が滅ぶなんて」

「うむ、それは誰もが疑問に思いながら、誰もが答えを見出せなかった問題であるな。私も不思議でしょ

うがない。これはもう時間旅行でも出来なければ、どうにも解決できない問題だろうて」

 呆れるほど太古に滅び去った文明。その名残は確かに残っている。しかし遺跡は遺跡、例え往事を想像

出来たとしても、想像でしかなく、はっきりした事は解らない。残念ながら、彼らの全てを今知る事は出

来ないのだ。

 遺跡とはそう言うものだろう。滅びると解って滅びる者は居らず。例え滅びると解っていたとしても、

わざわざ滅びた後の事を考えるとは思えない。おそらくそんな事を考えている余裕はないはずだ。

 滅び行く自分達の事を、せめて遥か未来に残そうという物好きが現れる事は考えられる。しかしそれは

微々たるものであり、大勢は破滅の運命を変える為にその全てを捧げると思われる。だから微々たる、言

わば抜け殻のような遺産で、滅びた者達の全てが解るものではない。

 遺産はあくまで名残であり、運良く残った、過ぎ去りし日の思い出のようなものだ。

 考古学者も全てを解き明かしてきた訳ではなく。そのほとんどは想像である。むしろ空想に近いものも

あるだろう。悲しいが、今の人間にはその程度が限界なのである。

 本当の歴史などは、その当時を生きた人間にしか解らない。我々は数少ない文献や遺物から、当時を想

像しているだけなのだ。歴史や科学の定説がよく覆されるのは、その為である。所詮、一番本当らしいモ

ノを信じているだけでしかない。

 しかし私はそれを虚しいとは思わない。想像、空想、大いに結構な事だ。それがあるからこそ人は進歩

する事が出来るし、それがあるからこそ生き甲斐を感じる事が出来る。

 遥か太古に消え去った事でさえ、想像し、ほんの少しでも解る事が出来る。それはとても素晴らしい事

ではないだろうか。我々以外の一体誰にそんな事が出来ると言うのか。

 人間は誇るべきであると、私は思う。例え失敗しても、それを修正できるのならば、それもそれでとて

も素晴らしい事だろう。それこそ進歩である。

 だがその誇りも、このような遺跡を見ると、少ししぼむ思いはする。遺跡はいつも寂しさを感じさせる。

「彼らが滅びた原因だけでも解れば、何とか察する事が出来るのですけどね」

「うむ、そうだな」

「やはり伝染病かなにかでしょうか」

「災害か病、それが人間に想像出来る、一般的な滅びの手段かな。私もそう言われれば、なんとなく納得

できないでもないよ」

「と言う事は、教授は別の考えがおありなのですか」

「・・・・・・・・・」

 私はその問いには答えず、丁度その時歓声が聴こえたので、まずそちらの方に視線を移した。助手であ

る彼もそれに習う。

 何かある度に一喜一憂する人々、遺跡の調査において一番楽しい瞬間だろう。今ならば我々に注意を払

う者はいまい。しかし念の為に私は人の輪から離れ、静かな場所へと移動する事にした。

 私は今から、あまり人に聞かれたくない話をせねばならない。

「教えて下さい、教授。貴方の説を」

 私は彼に頷き、暫く思考をまとめてから話してやった。話せば笑われるかもしれないが、私も歳である、

話せる時に話しておきたい。

 彼を私は後継者と目している。例え笑われても、私の全てを伝えておきたいと思った。それが正解か不

正解かは別として、話しておけば役に立つ時があるかもしれない。

「災害か病、確かにその考えに説得力がないではない。未知、それは誰もが手を触れる事の叶わないモノ

であり、未知の病原菌や未知なる災害を原因と言っていれば、皆を説得しきれないとしても、誰も論破す

る事は出来ないからだ。

 未知であるからには、誰も完全に肯定出来ないし、又、否定も出来ない。

 しかし私は思う。我々は今まで様々な災害、そして病を経験した。しかしその中に人類が滅ぶようなも

のがあっただろうか。いや、無い。おそらく地球が壊れでもしない限り、完全に絶滅する事はありえない

と私は思うのだ。なにしろ我々の祖先は恐竜絶滅でさえ、乗り切った種族なのだからな。

 それは遺跡の彼らも同様だろう。彼らに対処できない病や災害であれば、とうに地球生命全てが滅亡し

てしまっているに違いない。

 恐竜絶滅もそれは同じ。もしこれが本当に病や災害の仕業だと判明すれば、私は考えを変えるしかない

が。やはりそんなものでは絶滅しきれないものだと思う。大体が、恐竜が全て滅んだ程の事が起きたのに、

何故他の爬虫類が生き延びれたのだろうか。似た生態の種も居たはずだ。しかしそれらは生き残っている。

これは不思議である。

 恐竜が他の種よりも怖ろしく巨大だったから、そう言う者もいるだろう。だが全部が全部巨大だったの

だろうか。そんな事はあるまい、小型の恐竜も居たはずだ。それなのに水棲陸棲問わず、恐竜だけが全て

滅び去っている。何故だろう。

 勿論、今生きる爬虫類が、全て現状に適応する為に進化した恐竜の子孫だとも考えられるがね。そうな

れば、小型だったから生き延びる事が出来、その為に恐竜達は更に小型化していったのだと考えられ、巨

大だったから滅びたとも言えなくはない。

 しかしそう考えられても、遺跡の彼らが巨人だったとは考えられない。建物の高さからして、彼らは我

々と同程度の背丈と体重であったはずだ。いや、もしかしたら我々よりも小さいかもしれないが。どちら

にしても大きい事はない。

 彼らが恐竜絶滅に居合わせたとしても、大きな被害はあったにしろ、滅ぶ事は無い。むしろ彼ら自身が

恐竜を滅ぼしたと考える方が自然だろう。まあ、この遺跡が恐竜時代以前の物とは思えないがね。そうで

あれば、かの偉大なる恐竜も、おそらく彼らの家畜となっていただろうて。

 そこで私は考えたのだよ。何かが完全に滅ぶ時、それは自然に行なわれる事はありえないのではないか。

そこには何者かの関与が必要ではないかと。例えば、我々人類が無数の動植物を滅ぼしてきたように。

 だから私は太古の文明は、何者かに滅ぼされたと考えるのが自然だと思う。

 ならば誰に滅ぼされたのか。考えられるのは一つ。それは我々だよ。

 いや、この文明を我々の見知らぬ祖先が滅ぼしたのかまでは解らない。だが言えるのは、地上の覇者で

あっただろう彼らを滅ぼしたのは、次の地上の覇者であるだろうという、簡単な理屈だ。

 自然には確かに共存という言葉が相応しいが、しかし確固とした順列が存在する。つまりは弱肉強食で

あり、種の強弱は明確に存在している。そして地球の覇権を握るのはただ一種族のみ、これは我々がそう

であるように、自然の理の一つなのだろう。

 そう思えば、新たな覇者が、次の覇権を握る為に、前の覇者を滅ぼした。そう考える事は満更御伽噺で

もあるまい。或いはそう意図しないまでも、結果として前の覇者を滅ぼす事になったのか。まあ、その理

由は我々にはあまり興味の無いことだ。他人事だからね」

「なるほど、確かに言われてみれば・・・・・。いや、でもやっぱり御伽噺に聞こえますね」

 助手は少し笑った。気持の良い笑顔だ。

 私も笑っておいた。彼と同じように笑えていたなら、私も歳をとった甲斐があるというものだが。

「うむ、私もそう思う。だから他言はしないでくれ。そして御伽噺と言えば、もう一つ考えている事があ

る。これは話そうか迷ったのだが、良い機会であるし、戯れと思って聞いてくれるかね」

「解りました」

 私は再び暫し思考をまとめると、もう一つの御伽噺(おとぎばなし)を語り始めた。

「私は滅びの過程とその手段にはさほど興味がなく。それよりも先程言った覇者に興味があった。

 覇者、今では別に傲慢ではなく我々人類がこの星の覇権を手にしている。現在の覇者と言えるだろう。

しかし何故我々のような者が存在するのだろうか。発明し、哲学し、物を作る。そして生活圏を無制限に

広げていく。他の自然を滅ぼしながら。

 こんな事を行なうのは、この地球広しといえども、我々一種族だけだと思う。覇権を持つのはただ一つ

の種のみ、という事を除いても、我々からすれば不思議と思えるくらい、他の種は自然を侵そうとはしな

い。覇権以前に、我々しかこの地球上には居ないのだよ。

 他の種は絶対に自らの生活圏を、そうしなければ滅ぶという場合を除いて、決して出ようとはしないし、

はっきり言えば出る意味も感じないようだ。生活圏をそこに置き、そこで暮らしていけるのであれば、広

げようとも移動しようとも考えない。そこを護り、そこで生き延びる事だけを考える。

 そして天敵と称される存在でさえ、その獲物を滅ぼす事はあまり無い。それは彼らが自然を壊す事を考

えない。又は、壊せない事の証明かもしれない。あくまでも自然の一つとして生きている。

 ところが我々だけが自然から離れてしまっているのだ。とすれば、我々は自然とは別のモノだと考えら

れないだろうか」

「別のモノ? ですか」

「そうだ。自然に生まれたモノではないのではないかと、私は時折思うのだよ。

 例えば我々が機械を生み出したように、動植物を改造しながら私達にとって都合の良い生物を生み出そ

うとしてきたように。我々もそういう風に誕生させられたのかもしれない」

 助手は首を傾げながら、色んな疑問を必死に整理しているようだ。或いは否定したいだけなのか。

 当然だろう。私でさえ、自分の頭がおかしくなったような気がしているのだから。

「しかし我々が改造してきたり、発明した物は、教授の言葉を借りれば、自然を滅ぼしはしませんよ」

「うむ、そうだ。だから我々はおそらく意図せず生まれてきた、或いは偶然備わったのではないかな。好

奇心と想像力というモノを。であるから、我々は他の生物とはまったく違う生き方をした。そしてそれが

おそらくは覇権を持つ資格」

「しかし覇権は地上に一つだけ・・・・。つまり教授は・・・」

 彼の表情がまるで汗でもかいているかのように見える。言葉としては間違っているかもしれないが、そ

うとしか言い表せない。

 私の表情も同じだったかもしれない。私はこれを考える度、空恐ろしいものを覚える。

「そうだ。高度な文明を持ちながら滅びた者。彼らは自らの生み出した、自分達と同じ力を意図せず持っ

てしまった者に滅ぼされたのではないか。そしてそれは繰り返され、現在は我々人類が存在する・・・」

「・・・・・・では、我々もいずれは自分の生み出した者に滅ぼされると」

「確証はないがね。しかし一つそう思えるものがある」

「それは?」

「機械だよ。もしあれに我々と同じ思考を持つ生命が宿れば、我々はおそらく機械人に滅ぼされるだろう

て。我々の身体は、生身の身体はいかにも脆い。そしてこの星自体が、生身の人間が住むには少々辛くな

ってきている。

 私は思うのだよ。この繰り返されてきた滅びは、新たな段階に至るのではないかと。機械人、もしそう

いう者が生まれれば、おそらく彼らの行動範囲は我々を遥かに凌ぎ、この星を飛び出して一気に広がるだ

ろう。機械の身体ならば、宇宙にさえ適応できるのだ」

「・・・・・教授」

「誰にも言ってはならんぞ。言えば嘲笑される。しかし私は、どうしてもこれを考えた時に起こる恐怖を、

全て捨て去る事が出来ないのだよ。とても笑い飛ばす事が出来ない。我々は、果たして何処へ向っている

のだろうか。

 そして私の考えが正しいとすれば。遥か未来の後継者が、宇宙全てに、いや、あらゆる全てに君臨する

まで、これは続くのだろうか。生命は受け継がれる。しかしそれは果たして良い事なのかね、私は時々全

てが解らなくなるよ」

 語り終えると、私は酷く喉の渇きを覚えた。おそらく心理的なものも加わっていたに違いない。

「博士、もう一つ良いですか?」

「なんだね」

 正直もう話したくなかったが、始めたのが私なのだから最後まで付き合う義務はあるだろう。

「我々も生み出された、と仰いましたが。それではやはり神はおられるのでしょうか。とすれば、神は我

々が滅ぼした、我々こそ悪魔と言う事に・・・・」

「さてな。だが神と呼ばれるべき存在は居るだろう。おそらく我々の考える、我々に都合の良い存在では

ないだろうが。それに形ある者とは限らない。何かしらのエネルギーPかもしれないし、教えや法のような

思考の中での存在である可能性もある。

 しかし確実にその存在は我々に大きな影響を与えた。そして我々よりも遥かに高い文明を持つ。それな

らば神と呼んでも差し支えないだろうて。

 我々が神を滅ぼしたかについては解らないな。神は他の星か宇宙、次元へと移動され、我々に覇権を譲

られたのかもしれないし。神がこの星を我らの為に作ったという考えも、完全には否定できない。おそら

く、この件は考えない方が良いのだろう」

 助手は沈黙している。私ももうこれ以上は語りたくない。語れば語るほど怖くなり、口を開けば悪魔が

飛び出すような気さえした。

 その時、再び歓声が聞こえた。ひょっとすれば神の祝福だろうか。我々をこれ以上悩ませない為の。或

いは警告だろうか。我々をその考えへと至らせない為の。

 今の私にとって、それはどちらでも良かった。

「行こうか。何か大きな発見があったようだ」

「はい。・・・・教授、良いお話でした」

「ありがとう」

 我々は再び調査現場へと向った。例えどんな真実に辿り着くにせよ、滅びた文明を調べる事は、我々に

決して損はもたらすまい。過去を知る、それは今を知る事よりも、遥かに大事である事がある。

 これを御覧になった諸氏には、私の語った戯言をお許し願いたい。

 そして出来れば早く忘れていただきたい。考える事が、いつも幸福とは限らないのだから。


                                                         了




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