晴耕雨読


 暖かい日差しの下で寝転び、気力を充実させては田畑を耕す。

 鍬をふるい、頭を空っぽに。何も考えない事が私を助ける。

 今も胸を悩ませる事が、はっきりと解決した訳ではないが。終わった事は終わった事。それがいつか過

ぎ去りし思い出に変わる事を知っている。

 良い思い出も嫌な思い出も、いつかは落ち着き、ただの記憶になる。

 諦めたくはなかったが、今も諦めたくはないが、私一人ではどうしようもない。

 思い悩み、破裂しそうな頭と胸を休める為、この暖かな日差しの降り注ぐ場所で、新たな人生を歩む事

にしたが、しかしそこから逃げ出した訳ではない。

 逃げ出したい気持ちがあった事は否定しないが。

 それは甘いがとても怖く、それを知るのが何よりも恐ろしかった。知りたいが、知ってしまうのを恐れ

た。怖かった。答えを見せない態度がとても怖かった。

 多分、心配しているような事はなかったのだろう。疑わず何も考えず、ひたすらに信じていれば、それ

で済んだ問題なのかもしれない。

 でもそうできなかった。疑わしき何かが一片でもある限り、それは受け容れがたいものになる。例え誰

であっても一方的には受け容れられない。多分、お互いに。

 何故それが解らない。何故願いを聞いてくれない。そう問うてみた事もあった。その時も何一つ返答は

無く。何も伝えてくれないまま、繰り返す裏切り。踏み躙られた誠意の行き場をなくした私は、ほとほと

疲れ果て、この場所に救いを見出した。

 確かに逃げたのだろう。しかし諦めた訳ではない。私は答えが出るまで、はっきりとは諦めない。

 しつこいと言われても、自分から逃げ出しても、いつか出る答えからは逃げたくなかった。

 もしかしたら答えが出ても諦められないのかもしれない。それくらい私の心に深く住み着いてしまって

いる。例えそれがどんなに一方的なものであったとしても。

 だとしたら、私が追うから逃げたのか。そうかもしれない。怖くなったのかもしれない。だが私が追

わなければ、近付く事もできなかっただろう。その態度はわがままで、まるで自分自身の身勝手さを見て

いるような気もした。

 そして私は人の身勝手さ、つまり自分のわがままな心を思い知る。

 それは私だった。相手ではない。そこにあるのは私自身。そう思えばこそ、想いもできるのだろう。

 いや、止そう。こんな事がしたいんじゃない。

 休憩すればいつもこうだ。私の頭は常に働き、止められない。

 私の心は常に揺れ、抑える事もできない。

 不安と希望を繰り返し、最後には疲れてしまう。

 だがその果てに自分でも驚く程の力を与えられる事がある。挫けそうになった時、何故か発動し、全て

の疑問を投げ捨てて、私に信じるという力を与える。その前にはどんな感情も逆らえない。苦しさも寂し

さも消し飛び、純粋な愛情だけがあった。

 いっそ諦めたら楽なのかもしれないと思う。しかし諦めたとしても、生涯悩み続けるだけだろう。結局

諦めて解決できるような事なら、初めから悩んだりしないのだ。

 だから力が湧き。諦めるな、お前だけは放り出すな、と誰かが胸の奥で告げる。

 それは神かもしれないし、仏、或いは亡くした家族や友人の応援かもしれない。

 私には何も解らない。しかし諦めたくはない。それだけは確かだ。

 変わっていない。何が変わっても、この想いだけは。

 空に雲が広がり、空が暗く、大地がくすんで見えてきた。

 雨が来るのだろう。

 天候が悪くなれば家に帰り、じっと待つ。

 電話線にて世界と繋がれたこの機械。これがあればこそ、どんなに離れていても、繋がる機会を得られ

る。どこに居てもそれは同じ。私はこの機械が生まれた事に感謝している。

 相手が応じてくれなければ待っている事に意味は無いとしても。いつ現れるとも知れぬその為に、私は

いつまでも待つ事ができる。

 今までの生活を一変させる事ができた理由もこの機械にあると言ってもいい。どこにいても、いついか

なる時でも、ある場所に私は行ける。現実の距離は問題ではない。この中でなら、全ての距離はゼロにな

る。だからこそ辛く、だからこそ救いがある。

 私はその相手に向けて毎日文章を送る。

 日々の事、どうでもいい事、自分の思い。他人から見ればどうでもいいそれを、私は一人送り続けてい

る。それだけがこちらから繋ぐ事のできる手段だからだ。

 他には何も無い。答えも返ってこない。でもこれしかない。これだけが私の想いを見せる事ができる手

段なのだ。

 迷惑なのかもしれない。詰まらない文かもしれない。かえってこれで仲がこじれているのかもしれない。

でも他に方法はない。だからこれにすがるしかなかった。

 今日もまた返答はない。

 相手に届いてさえいないのかもしれない。

 気まぐれに来る、いやもしかしたら非常な覚悟を持ってやってくる相手をいつと知れず待ち、届く事を

祈って文を打ち、送る。見て欲しい、見て欲しくない、二つの気持ちを抱きながら。

 今も返答は無い。

 いや、いつも無いのかもしれない。

 これからもずっと来ないのかもしれない。

 だからこそ余りにも冷淡に見え、耐えられない時がある。その為に癇癪(かんしゃく)を起こし、時に

酷い言葉をぶつける事もあった。

 止められない想いが、私を良くも悪くもさせる。

 それを安らげる事ができるただ一人の人は、何も言ってくれない。

 謝って、謝るだけで同じ事を繰り返す。問いに関する返答も、私の想いに対する感想も、何もくれない。

伝えない。

 そしてまた黙って軽々しく裏切るのだろう。私の期待はいつも当たり前に裏切られる。相手はそれを何

とも思わない。それどころか、私がそれを非難すれば怒りさえする。何故そんな期待に応えなければなら

ないのだと。私は何も解っていないと。

 当たり前だ。私は何も伝えてもらっていないのだから。

 私が待つ相手は自分勝手だ。確かにそうだ。しかし誰かの想いを全て受け止めなければならない、とい

う法もない。それに私もまた自分勝手、お互い様ともいえる。

 だからどんなに苦しくても、笑って許すしかない。

 相手はきっと許してくれない。だから私が我慢する。続けたければ、私が我慢するしかない。

 不公平だ。確かにそうだ。しかし公平な事などあるのだろうか。公平であれば、上手くいくのだろうか。

私にはそう思えない。

 ただ待つ以外に無い事は非常に苦しく、もっと別の手段があればとは思う。せめていつ来るかが解れば、

毎日希望を持ち、そして失望する事はないだろうに。

 おそらくあるだろうその手段も、相手は受け容れてくれない。私ができるのは、ただ一方的に待ち、一

方的に送る事だけ。

 いつかその一方的さに、相手は腹を立てるのだろう。

 そうする事しか私に許してくれなくても、そういう事情は無視して一方的に嫌う。それもまた人間だ。

誰もが皆自分勝手で、労わりと優しさを持たない。

 嫌われたがっている。或いは、どこまで許されるか試している。人には許してくれる相手が必要だから

だ。その事に気付いているかは、知らないが。

 だからいつまでも持とうと決意した。

 だがそれが上手くいっているとは言えない。

 例えどんなに優しくしても、一方的なものでは嫌われてしまう。

 何でも同じ。愛情でも憎悪でも、一方的に押し付ければ嫌われる。その事に変わりはない。

 一体どうすれば良いのだろう。真摯(しんし)な気持ちをぶつけても、答えてくれない相手には、一体

どうすれば良いのだろうか。

 このままこの想いに重みを感じさせるまで続け、繋がり自体を切られるまで待つしかないのだろうか。

 一方的なものではいつかそうなるだろう。面倒で重い、やっかいな気持ちだと思われるだろう。だから

あなたと会話したいのに、何故それを無視するのか。

 どうすれば良いのか、今でも解らない。

 ただ晴れては耕し、雨が降ってはこうして機械を睨んでいる。

 日が昇っては仕事をし、日が落ちてはひたすら待つ。

 晴れた日だけは気が紛れるが、何も解決していない。

 そんな暮らしを続けながら、希望と絶望を抱き、辛抱し続ける。

 こんな事を言ったとして、何がどうなる訳でもないが。あなたは一体どうなんだ。今どこで、何をして

いるんだろう。

 それだけでも知りたいものだ。

 何も教えてくれない。だからこそ辛いのに。

 やはり今日も返答は無かった。

 明日も多分、無いのだろう。

 降る雨が強くなってきたようだ。

 泣きたいのは、私の方なのに。




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