争火


 火を求める者達。飢えたように火を求める。欲しい、もっと欲しい。もっと燃やせ、もっと火を燃やせ。

そんな声がすぐそこから聴こえてくるかのようだ。

 何かに憑かれたように火を求める者達。求めるのはぬくもりか、それとも火という力そのものだろうか。

全てを燃やしつくし、自分自身さえも最後には燃やしてしまう炎。それでも求める。成れの果ては灰でし

かないと解っていても、皆それまでの一時のぬくもりを忘れる事が出来ない。

 自分達なら上手く使える。そんな風に自分を誤魔化しているのかもしれない。現実から目をそむけて、

夢の中の自分を、夢の中だけを見る。そんな風にして誤魔化しながら求めている。ただ求めている。

 だがそれはそれで良い。自ら望み、一時の為に全てを犠牲にしたいというのなら、誰も止めはしない。

本能の赴くまま、愚かに滅びればいいだろう。

 しかし今、余りにもその者達が求め過ぎたが為に、ありとあらゆるものを燃やし続けたが故に、それだ

けでは済まなくなっている。

 燃やす為に必要な酸素が、みるみる枯渇してきたのである。

 酸素、これは何も燃やす為だけにあるのではない。いやもしかしたらそれだけの為にあるのかもしれな

いが。それは物を燃やすだけではなく、生命が生きる為にも必要なものだ。

 そしてこの者達が住まう星。この大きな生命にも必要なもの。

 酸素が費えれば、生命にとって大きな危機となる。

 薄くなり続ける酸素の為に体が自由に動かせなくなり、この星ですら満足に呼吸が出来ず、苦しそうに

身を震わせる。

 変わりに大気中に満ちた二酸化炭素が全てのものを圧迫し、大気を重苦しいものに変え、火の勢いを衰

えさせた。

 しかし火を求める者は今更止まる事など出来ない。燃やし続け、燃やし尽くし、全てが、自分が灰とな

るまでその歩みを止める事は出来ないのである。

 決して火を絶やしてはならない。衰えてきたのなら、尚更多く燃やさなければならない。

 それが彼らの選んだ道。そう彼らが思い込み、意地になって無意味に成し遂げようとしている限り、そ

れは減じる所か加速されていく。

 皆動きにくくなった体を無理矢理動かし、ただ燃やす為だけに炎を掻き立て、火を絶やすまいとする。

 そうすると残り少ない酸素が益々消費され、全ての生命の営みも鈍り続け、滅びへの、燃え尽きる為の

道程が、明らかに終わりへと近付く。

 それでも止めない。止まろうとはしない。

 もう何の為に燃やしていたのか、そもそも何故火を用いたのか、そういう理由も忘れられ。ただ火とは

良い物、燃やす事は良い事、そんな無意味な想いだけがその者達を突き動かしている。

 その者達をも滅ぼす事が、その者達の正義であり望みへと、いつの間にかすげ替わっていたのである。

 知らぬ間に、いや知っていながら、求める道とは正反対の方へと、彼らは駆け続けていたのだ。

 皆助かると信じ、今よりも楽になる、便利になると考えて火を燃やしているが、全ての災厄の原因は、

その燃やすという行為にこそある。

 それは火を求める者達が全て死に絶えるまで続けられるだろう。そしてあらゆる生命は絶滅の危機に瀕

し、この星でさえ最早滅びるしかなくなる。

 皆が息苦しく、重い空気を吸いながら、もっとも必要である筈の酸素を無意味に消費し、赤々と燃える

炎を眺め、そこに救いを見付けようと必死になるかのように、或いは諦めたかのように、朧な目で弱い光

を送っていた。

 何を想い、眺めているのだろう。その視線には何がこもっていたのか。

 こんな筈ではなかった。それとも、助けて下さい、もっと燃やしますから助けて下さい。とでも願って

いたのだろうか。

 しかし星はもう待てはしなかった。今のまま燃やし続けられれば、この星でさえどうにもならなくなっ

てしまう。星にももう限りある力しか残されておらず、このままいけば火を求める愚かな者達と一緒に滅

びるしかない。

 その時はすぐそこにまで来ている。

 星は恐れた。そういうものがあるとすれば、心から恐れた。

 この息苦しさ、この重い大気、枯れ果てた大地、汚れた海。確かにその一つ一つが汚れた時は今までに

もあった。星が有り余る力を出し過ぎて、自ら汚してしまった事もある。しかし今のように全ての物が絶

望的に汚された事があっただろうか。

 限界だ。これ以上譲渡すれば、星自身が滅びてしまう。

 やり直すべきだ。例え今までの全ての時間の成果が消えてしまうとしても、星以外の全てを滅ぼすとし

ても、星ごと滅んでしまうよりはいい。

 星は始めの、あの混沌とした自分に還ろうと考えた。そこからやり直すのだ。

 星は地を震わせ、海を割り、大気を暴れさせ、蓄えていた力を一斉に噴火させた。星自身を一個の火と

化すかのように、全てを燃焼し、ありたけの力を爆発させたのである。

 地上に住まう者達は堪らない。逃げようも無い。

 火を求めた者達の犠牲となって、一緒に滅びていく。天変地異に翻弄され、その命がごみのように消費

される。哀れにも、たった一つの種の為に、全ての生命は滅びるしかなかったのである。

 火を求めた者達はそれでも最後まで火を燃やし続けた。その炎に向かって救いを求めながら。星と生命

を最後まで裏切りながら。

 星は赤く燃え上がり、吹き上げる炎で大気そのものさえ焼き尽くし、不要な物を全て宇宙へと放り捨て、

全てを終わらせた。身を守る全てを捨て、全身の皮膚を根元から剥ぎ取るかのように。

 星もまた無傷ではいられない。受けた傷は深く、癒す為には膨大な時間がかかる。

 疲れ切った体に導かれるかのように、星は眠りにつく。

 これから途方も無い時間が流れ、再び目覚めた時、また美しく穏やかな景色が自分の上に広がっている

事だろう。新鮮な酸素を吸い、星もまた生命を穏やかに燃やし続ける事が出来る。

 その時はまた全てを許そう。望む物は全て与えよう。

 しかし火だけは渡すまい。もう二度と与えてはならない。

 星以外の者が火を持つ事が間違いだったのだ。あれは星だけのもの、星だけが扱えるもの。星以外の者

が用いれば、そこに滅びしかもたらさない。

 次に何者がこの星に住まおうと、決して火だけは持たせてはならない。

 星の意識は深く沈む。

 疲れた。

 傷を癒さなければならない。




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