雪ほうし


 ふわふわと降りてくる。全てのものが白く柔らかくなって降ってくる。

 それは旅の終わり。いいえ、始まり。

 多くのものがそれしかない景色の中で、いつまでもゆっくりと漂う。

 いつまでもそこに居るように見えて、でもそれらはいつも降りている。どこまでも、果てしなく。

 そしてそれらはいつかはそこに辿り着く。そうあるべき場所、求めるべき場所へと。

 ただ白い。白い景色だけが広がっている。

 雪綿がふうわりと浮かぶ他に、景色もまた白く染まっている。

 それは雪綿の色が反射しているのではなく、そうであるようにして白いのだ。

 雪綿は好き勝手に動いているように見えて、実は決められたように動いている。

 そして誰にもぶつからないように、優しく優しく降りている。

 誰かに強制された訳ではなく。そうしたいから降りていく。優しさを抱いて、やわらかくやわらかく、

何処までも、求めるべき大地へ。

 雪綿が地面に届くと、今度はむくむくと土に潜り、やがてそこからぽっこりと出てくる。

 綿の部分だけが、ほっこりと地上に出て行く。息苦しいからか。それは解らないけれど。

 出て暫くすると、地面に潜っている細い茎の部分が少しずつ大きく育って浮き上がり、まるで茸のよう

な姿になる。

 次に手足が出来て、ようやく雪綿は活動を再開する。

 ただ降りる為だけに降りているのではなくて、その果てしなき道のりの果てには、雪綿達の目的が待っ

ている。

 まず雪茸は短い手足でよちよち歩きながら、他の雪茸の邪魔にならないように移動する。

 そうして場所を空けて、新たな雪綿が降り立つ場所を作らなければならない。

 でも折角空けても、雪綿がいつも上手くその場所に降りられるとは限らない。

 長く誰も潜らなかった土は栄養を蓄え、そこから寂しげににょきっと木を生やす。

 その木は白くやわらかくて、まるで雪綿がそのまま木になったような気になる。

 きっと雪綿の事が好きなんだろう。だから来てくれないのが寂しくて、同じ白い優しいものを生やす。

 白木はみるみる大きくなって、雪綿達を待ち構えるように枝を伸ばし始める。

 土に降りる前に雪綿達がこの枝に掴まってしまうと、白い葉っぱに変わってしまう。

 でも中には花になってしまう雪綿も居て、その花は白く輝き、とても綺麗だ。

 景色のどんな白さよりも気高く白く、優しい光で咲き誇る。

 するとその光に誘われるようにますます雪綿達が集まって、綺麗な実を付ける。

 それはとても美しいと評判だけど、まだ誰も見た事はない。

 きっと集まった雪綿達が枝に掴まっている姿は何よりも美しいから、そう言われているのだろう。

 美しいものからできたものは、きっと美しいに違いないと。

 そんな保証はどこにもなくても、やっぱりそう思う。そうであって欲しいと願うからだ。

 雪茸達はそんな白木の下に身を潜めるように隠れ、白葉から零れ落ちてくる光を浴びながら、少しずつ

成長する。

 手足はそのまま高さもほとんど変わらないが、次第に横に膨れてきて、どっしりと育つ。

 するとその重みに耐えられなくなった手足は退化していき、いつしか縮んで消えてしまう。

 後は土に埋もれ、光と土から栄養を与えられながら、成長を続けていく。

 一説には木になるのだという。白木よりも大きく太い木になるのだと。

 それはずっとそのままだという人もいる。成長するとは何も大きくなる事だけではないのだからと。

 どちらが正解なのか解らない。どちらも正解なのかもしれない。

 そんな事は誰も知らない。

 雪茸が土にふたふたと浸かる姿は幸せそうで、まるで初めてこの世で自分の居場所を見付けたようにも

見える。

 そんな雪茸を見ていたいのか、白の全ては協力を惜しまない。

 でもそんな中で一匹だけ、この雪茸を餌にしてしまうものが居る。

 それは白い白い獣で、とても鋭い牙をもっていて、折角居場所を得た雪茸を食べてしまうのだ。

 雪茸は動けないし、他に動けるものもいないから、誰も助ける事はできない。

 だから誰も雪茸がその後どうなるかを知らないのだ。

 埋まった雪茸は、遅かれ早かれ、全て食べられてしまうのだから。

 決して白獣から逃れる事はできない。

 だからか、白獣の餌になる為に雪茸は存在している、という説まである。

 しかしそれは違う。雪茸は雪茸の為にだけ生きている。決して白獣の為ではない。

 誰だってそうだ。雪茸だってそうだ。いくら優しくても、全てを犠牲にする訳がない。

 白獣は雪茸を食べてしまうと、今度は白木に身体をぶつけて、折角枝に集まっていた雪綿達を皆落とし

てしまう。

 そしてばくりばくりと一つずつ、一つ残らず食べてしまう。

 それから今度は白木にかぶりついて、ばりばりと食い倒してしまう。

 白木が倒れてしまったら、後はもう枯れるしかない。

 枯れた後は土が吸い取って、美味しくいただいてしまう。

 そしてもう一度木を生やそうとするのだけれど、木を生やしていた後だから力が足りない。

 そこに咲くのは小さな花だ。草に咲く小さな花。

 それだけは白獣に許される。大して栄養にならないからだ。

 そんなものを食べなくても、いつまでも空から雪綿達が降ってくる。慌てなくていい。待てばいい。

 木を食い倒した所で白獣はどこかへ去っていく。白獣がどこへ行くかは誰も知らない。付いて行こうと

すると、食われてしまうからだ。

 白獣は何でも食べる。餌の方から近付いて行けば、ぱくりと食われてしまう。決して逃れられない。

 白獣はいつも一頭で居る。

 一頭しかいないのかも知れない。

 それでも全滅しないのは、白獣が死んでも、その亡骸から新しい白獣が生まれるからだ。

 白獣はいつか雪獣になってふわふわできる日を夢見ているようだが。雪獣になれた白獣はいない。

 なれるかどうかも解らない。

 そんな事は誰も知らない。

 誰もなった事がないからだ。白獣は一頭だから、仲間に聞く事もできないし、誰も知らない。

 こんな白獣は憐れなのだろうか、寂しいのだろうか。いや、完全なのかもしれない。完全な状態だから

こそいつまでも夢をみていられる。

 死も恐くない。死も白獣にとっては新たな始まりでしかない。恐くはない。

 白獣が去ると、雪綿達はまた大地に降りて、土に埋まって雪茸になり、白木が生えてきたら雪綿達がそ

の枝に集まる。

 そうして獲物が集まると、また白獣が出てくる。ずっと待っていたのだ。

 これをいつまでも繰り返している。

 永遠に終わりなく続くように。

 でもいつまでもこういられるとは限らない。

 この形もいつかは崩れて、新しいものになるかもしれない。

 今度は白獣だけが食われるようになるかもしれないし、雪綿が降ってこなくなるかもしれない。

 雪茸がいなくなるかもしれないし、白木が生えてこなくなるかもしれない。

 誰にも解らない。でもいつまでも白い。

 ここは白い。

 それだけは確かだ。

 いつまでもそう言える。

 だって、そうなのだから。

 ここはいつまでも白いのだ。

 それだけがこの場所。

 それだけが繰り返す。

 終わりは無い。それが果てるまでは。




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