星拾い


 大きく大きな衝突の後、小さな小さな石が降っていた。

 ほんの少しだけ窪んだ大地に突き刺さっていた石を手にとり、試しに空へ投げてみる。

 そうすれば返せるかもしれないと思った石は、もう一度地面に吸い寄せられて突き刺さった。そしてぼて

っと締まらない音を立てて転がる。

 嫌われたのだろうか。空に嫌われたから、この石は落とされたのだろうか。

 じゃあと思って、別の似たような石を空に投げたら、また同じように降ってきた。もしかしたら全ての石

は空に嫌われているのかもしれない。

 石が空を飛んでいるのなんて見た事ない。鳥や飛行機だって遠慮なく飛んでいるというのに、こんな小さ

な石が飛べないなんて嘘だと思った。

 地面にはもっと小さな石が数え切れないくらい転がっている。

 やっぱり嫌われているのかな。

 そう思うのが悲しくて、空に嫌われているのではなくて大地に好かれているんだ、と思う事にした。きっ

と物凄く好きで独り占めして、それでも足りなくて空に残っている石を吸い寄せているんだ。

 きっと、そう。

 そう思うと何だか嬉しくなって、その空石を一番良い所に置いてあげようと思った。せっかくこんな所ま

で落ちてきたんだから、なんでもない普通の地面じゃなくて、もっと綺麗だったり縁起が良かったりする場

所に持っていくのがいい。

 何て言うか、神様にちゃんと渡そうと考えた。

 これは僕が拾った石だけど、神様が、大地全てが望んで手に入れた物なんだから、ちゃんと渡さないとい

けない。

 でないと大地の神様は凄く残念がるだろうし、この空石もわざわざやってきたかいがないと思う。

 でもどこへ運べば良いんだろう。まだ子供だから自転車で行けるとこまでしか行けないし。遅くなったら

親に怒られてしまう。

 また蔵に閉じ込められてしまうかもしれない。

 別に平気だったし、あの中の米の匂いは好きだったけど、怒られてしまうと色々面倒くさい。大人の機嫌

を取るのも大変だ。解りきった馬鹿な事をしないといけない。

 それは嫌だったから、考えた。

 そして思い付いたのは近くにある小高い山。そこに昔ご先祖様がお城だか何だかを建てていて、戦争か何

かで壊れてしまったけど、その跡に神社を建てて祭っている。

 多分、ここら辺はその神様が預かっている場所なんだから、ここに降ってきたという事はその神様が呼ん

だんだろう。

 そこに持って行こう。

 わくわくした。

 大人になってからその感情を使命感と呼ぶのだと知ったけど、その頃はただ胸が高鳴って、自分が凄い事

をしているような気になって、本当の冒険をしているような気持ちになった。

 すぐ近くだから自転車に乗るとあっという間に着いたけど、その間とても楽しかった。

 誰にも解らないように石を服に包んで隠し、変にきょろきょろしながら、近所のおじさんおばさんが不思

議そうな目でこっちを見ているのも楽しかった。

 その時だけは別の自分になれていた。

 思い描いていた理想の自分に。

 自転車から降り、山の上の社まで歩いて上がる間が一番楽しかったかもしれない。うきうきわくわくして、

何を見てもいつもと違って見えた。それは、抱くようにして持っている空石、神様からの預かり物を返すご

褒美だったんだと思う。

 社の前、賽銭箱の向こうにその石をそっと供えた時、ふうっと高揚感が抜けていくのを感じた。まやかし

だったように本当にふっと消えたんだ。

 その時僕は終わった事を悟った。与えられた役割、果たすべき仕事をやり終えたんだって。

 大人が仕事を終えた時、多分こんな風になるんだろう。

 仕事が好きな大人がいる理由がその時解ったような気がした。

 浮かれていた反動なのか。冒険、夢が終わった後は、いつも冷静になる。

 そうなって見てみれば、小さな社にその辺にあるような石が置かれているだけ。

 でもそれで良いんだ。それがきっと神様に、大地に渡すって事なんだろう。何でもない普通のどこにでも

ある石になる事が、それを返した事になるんだ。

 そんな風に思って、ゆっくりと階段を下りた。

 もう高揚感や違う自分を感じられなかったけど、不思議と心は満たされていた。ゆっくりと膨らむように

心が満ちていく。

 与えられた役割を果たす事、その後の寂しさ、それが大人への第一歩なのかもしれない。

 それがどんなにちっぽけな事でも、大事な一歩なんだ。

 それを踏み出せたこの日が、僕にとっての始まりの日だったんだろう。

 夢のように今も鮮明に脳裏に浮かぶ。

 大事な大事な思い出。

 空から降ってきた石。きっといつまでも忘れない。




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