幼子の星空


 吸い込まれそうと良く言われているが、幼き頃見た夜空はそうでなく、むしろこちらに近付いてきそうだ

った。星の一つ一つまでがくっきり見え、手が届きそうだった。

 星座もはっきり図として見えた。

 それらを繋ぐ線がはっきり見えたし、それを見るのがたまらなく好きだった。

 ベガ、アルタイル、デネブ、オリオン星雲、北斗七星、憶えている星座は色々あるが、特に夏の夜に見た

ものが思い出深い。

 山の上に登り、皆と一緒に寝転がって見た星空は私達の一部だった。友達だった。

 何をするでもない。何かしてくるでもない。動きといえば、たまに流れ星が落ちるだけ。でもそんな景色

がたまらなく好きで、飽きる事なく眺めた。

 月も綺麗だった。冬の月は特に美しい。澄んだ空気が目の奥まで通り、星空を別の世界であるかのように

新鮮に見せた。

 さそり座の心臓、赤く輝くアンタレスも美しい。あの時見たその星は、燃えるように赤く、私に命を思わ

せた。

 これらの星が今も同じように見えるとは思えない。しかし記憶の中には思い出として強く残っている。だ

からもしもう一度見る事ができれば、鮮明に思い出すだろう。あの時に見た星空を。今は見えないだろう景

色を。

 その時、私は確かにその宙の中に居た。

 星に興味を持ったのは、確かギリシャ神話を読んでからだと思う。

 同時期に見た日本神話はおどろおどろしく興味よりも恐怖を覚えたが(今も鮮明に残っている。おそらく

日本人の恐怖の原点である)、ギリシャ神話や北欧神話の神々は人間くさく、楽しく、明るく見えた。

 オリオンとさそりの対決に夢を馳せ、オルフェウスの物語とイザナギの黄泉路の類似性に驚き、北欧の神

々と巨人の壮大さに息を呑んだ。

 北欧の話は星座と関係ないが、こういう話を子供の頃に読んだ事が、ギリシャ神話同様、趣味嗜好に多

大な影響を与えた事は間違いない。

 おそらく誰にでもあるのだろう。幼き頃に宿った、鮮烈な何か。私の場合はそれが神話と星だった訳で、

そこから星座と宇宙の事に興味を持ち始め、それらに関係する本を買って読んだりと、そういう意味でおま

せな子供だったのかもしれない。

 人の知らない事を知る事で、大人になったような気になっていたのだ。

 今はそこまでの行動力は失ったが、興味だけは残っている。きっとずっと忘れず、追い求めるのだろう。

幼き頃に見た星空を。もう二度と見る事のできない景色を。

 この星空が、私にとっての一つの原点。

 そんな事をふと思い出した。

 そして見た空は、ずっと遠く、手の届かないものになっていた。




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