人はふと掌を見る


 疲れた時。悩んだ時。掌をそっと見ていると、何もないはずの答えが浮かび上がってくるような気がする。

 人は何事も手を使って成し遂げる。手には人の全ての行動が刻まれている。だから掌には今まで自分のし

てきた事、考えてきた事がうっすらと浮かび上がってくる。

 大きな手、小さな手。ごつごつした手、やわらかい手。その人自身を現すようにその手も千差万別、しわ

一本にいたるまで違う。そこに私は人生を見た。

 と言っても、全てを詳細に思い出す訳ではない。憶えていない事の方が多く。またそこに浮かび上がる答

えもひどく抽象的である事が多い。

 しかしそこには必ず答えがある。掌に宿ったものは決して嘘をつかない。

 自分だけでなく、他人の掌もそうだ。

 どれだけ自分が懸命にやってきたと主張しても、その掌を見ればすぐに解る。何もしていない人の手には

何も宿っていないし、どれだけ繕おうともその事を変える事はできない。

 掌に宿るものは木の年輪のようにゆっくりとだが確実に刻まれる。だからだれもそれに嘘をつけないのだ。

一時でごまかせるようなものではないのだから。

 もし積み重ねてきたものがあるなら、掌は力を貸してくれる。

 自分に自身が無くなった時、掌を撫でてみるといい。

 その厚みは今までどれだけの物を持ち、運んできたかという証。どれだけ頑張ってきたかという証。なぞ

るたびに抱えてきた重みを思い出し、確かに在った過去を感じさせてくれる。

 ざらざらと盛り上がっている部分は掌の中でも一番重みを受けてきた所。辛い時も悲しい時も一番重いも

のを持ち上げてくれた戦友なのだ。

 誇るといい。その証が自分の掌にある事を。

 豆や白く膨れ上がった部分があるだろう。それは最も支えてくれた部分。自分をさりげなく補助し、支え

てくれた存在。今もずっと支えてくれている。

 指の間接が太くなっている部分があるだろう。それは何度ぶつかって、くじかれても、決して諦めなかっ  どこを見ても、過ごしてきた人生が見える。例え人に何と言われようと、この掌に宿るものは自分が懸命

に生きてきた証。

 誰の言葉も要らない。この掌を見れば、この生に誇りを持てる。

 全ての傷痕が私を励ましてくれる。

 私はこの両手で生きてきたのだ。

 誰が知らぬとも、この掌はその事を憶えている。刻んでいる。

 誇りを持て、この生に。

 掌は嘘をつかない。

 どんなまやかしもその前には無力である。




EXIT