その時、今


 惑星滅亡の危機。迫り来る隕石群。避ける術はない。慌てふためく隊員達。しかしいつしかそれも過ぎ

去り、隊員には諦めの色が漂い、今ではもう慣れたのか、皆思い思いに最後の時間を過ごしている。

 だがそんな中でも我らが田尻隊員は決して諦めない。

「先輩、隕石が迫ってるんですよ、もうすぐそこですよ」

「ああ、そうだねー。もう滅亡しちゃうねー。いやあ笑うしかないでしょ、これ」

 しかし田尻君の必死の声にも応じず、への字型の眉を更にへの字にして笑う岸谷隊員。

「井倉ッ、お前も何か考えろよ」

「いやあ、先輩。もう無理ッスよ。こうなりゃもう一足早い隠居気分を味わうしかないッスよ。働いてい

る場合じゃあないッス」

 田尻先輩の言葉にも全く耳を貸さない井倉。

「三沢さん、こんな時にお茶だのコピーだのやらなくて良いんですよ」

「ご、ごめんなさい。で、でも、こういう業務って実は一番大事だったりするから・・・」

 真面目は真面目でも何となく違うような気がする三沢隊員。

「何て事だ。隊員は全滅じゃないか・・・・」

 絶望にくれる田尻隊員。

 抗い難い事態の前に次々と志を挫かれ、屈していく隊員達。

「貴様ら、何をたるんどるかッ!」

「た、隊長ッ」

 そこへ現れたのはパジャマ姿の霧島隊長。今日はオシャレなストライプ柄、ちょっとした余所行き用で

ある。何故隊長がいつもパジャマ姿なのか。それは誰にも解らない。気にしてはいけない。

「隕石群の様子はどうか、岸谷君」

「えー、衝突まで三十分を切りました。全く進路を変える様子はありません」

「ふうむ、何とかならないのかね」

「さー、隕石の事はよく解りませんねー。何せ、隕石が決める事ですから」

「ううむ」

 厳つい眉をしかめながら唸り込む隊長。田尻君が期待に満ちた眼差しを向けているが、それ以上何かを

する様子はない。

「そうか、なら仕方ないな。出来る事は全てやった、諦めよう。わしゃ、寝る」

「た、隊長ッ!!?」

 田尻君の叫びも虚しく、隊長は自室へと去って行く。その姿は男らしく、微塵の迷いもない。まるで今

寝る為だけに生まれてきたかのようだ。

「流石、隊長は違うッスね」

 隊長の背中に何かを感じ、関心する井倉隊員。それがいつものおべっかだと言う事は、誰もが知る事実

なのである。

「ちッ、今更何を言っても無駄だったな」

 自分達の運命が後三十分を切っている事を思い出し、ヨイショ損だと舌打ちをかます井倉君。ここにき

て彼の腹黒さが浮き彫りになってきたが、何をどうしようと後三十分だ、どうする井倉君。

「あ、隊長・・・・折角お茶淹れたのに。・・・誰も彼もこの一杯のお茶の重要性が解っていないんだか

ら。この一杯の幸せが当たり前にあるだなんて思わない事ね。いつも誰かが淹れてくれるからこそ、今こ

こにあるのよ。皆、それを思い知るがいいわ。そして後悔し、私の前に全ての存在は平伏すのよ。誰も一

杯の幸せの前には抗えないわ。うふふ、うふふふふふふふっ」

 毎日毎日淹れては無視、淹れては無視する隊長に相当な鬱憤が溜まっていたのだろう。ここにきて紅一]

点の意外な本性が明らかになってしまったが、これまたどうしようもない。後二十五分だぞ、三沢隊員。

「な、なんて言う事だ。まさか隊長までがそんな人だったなんて・・・・」

 絶望と諦めが割りとさっぱりした感じで渦巻く基地内を舞台に、独りだけ苦悩し続ける男、田尻隊員。

 希望もやる気も全てが水の泡になろうとしている。だが彼はそれでもやらなくてはならない。そう思っ

て苦悩し続けるしかない。それが隊員としての職務、いや、誇りなのだから。

「そうだ、皆が駄目でもせめて僕一人だけはちゃんとやらないと。でないと、でないと、何かとってもお

かしな具合になってしまうじゃないかッ」

 そうだ、考えろ、考えるんだ田尻隊員。君の頭脳には沢山の経験と、沢山の英知が詰まっている筈だ。

今までに体験した多くの事が、必ずそれをもたらしてくれる。そうに違いない。そうして欲しい。頑張れ。

「無駄無駄、無駄だって、田尻よぅ。だって、後二十分だよ、もう笑っちゃうしかないよ」

「そッスね。笑えますよね」

 大口を開けて笑い始める岸谷隊員と井倉隊員。

「まあ、皆楽しそう。職場にこんなに笑顔が溢れているのって、初めてじゃない。いいわ、やっと皆まと

まってきたのね」

 仲良き事は美しきかな。笑う門には福来る。

 だが、笑っている内に後十五分だ。

「くッ、皆どんどんおかしくなっていく。いつもあんなに頑張って、皆頼りになる人達だったのに。隕石

群が降ってくる、ただそれだけでこんな事に・・・。こんな事があって良いのか、こんな理不尽で悲しい

出来事がこの世にあって良いのか! いや、いい筈がない。こんな世の中は糺されなくてはならない」

 いいよ、いいよ、田尻君。いい具合に程好く壊れてきた。

 さあ、後十分だ。そろそろ仕上げないと。

「もう、あの手しかない。俺は最後まで諦めない。やってみせるッ」

 後十分を回り、隕石の姿がはっきりと画面に見えている。この圧倒的な存在感。圧倒的な質量。このど

うしようもない現実を打破するには、もうこの手しか残されていないだろう。

「いくぞッ! 例え、俺一人になったとしてもッ!」

 田尻君は部屋を飛び出し、近場のトイレへと駆け込んだ。

 そう、ここにここの床に、絶対に残しておけない汚れが残っている。

 それはガム。もう相当長い年月をここで過ごしてきたらしく、ほとんどこの床と一体化しているのだが、

それでも確かにガムの痕跡を残しており、何だかやけに鼻につく存在なのだ。

 何をさりげなくここに居て当然という顔をして居座ろうとしているのか。お前はここではただのゴミで

あって、ここに当たり前に居て良い存在ではない。だから、そういう存在は許しておけない。そうだ、こ

んな存在は糺されなくてはならない。

「さあ、今日この時がお前の最後だ。時間にして後五分。お前が消えるのが先か、お前ごと木っ端微塵に

砕け散るのが早いか、最後の勝負だッ! 俺は決してお前なんかには負けないッ!! お前だけを残して、

俺だけが死ねるものかッ!!」

 時間は刻一刻と過ぎていく。だが汚れはどうしても落ちない。表面的な汚れはすぐに落とす事が出来た

が、ガム自体はまるで床に染み込んでしまっているかのように、全く剥がれ落ちようとしない。

 そこに根を張り、牙を立てて噛り付いてでもいるかのように、しっかりと繋がって離れないのだ。

 まるでそれは滅亡という運命からは決して離れられない田尻君に対し、無駄無駄諦めろと言っているよ

うにも思えた。

「負けるかッ! 俺は負けないッ!」

 田尻隊員は懸命に働いた。

 しかしその奮闘も虚しく、残り時間は後五秒。どうする、田尻君。

 え、後五秒。何かの間違いじゃない、いくらなんでも展開が早・・・あ、終わっちゃった。

「!!!!!!!!!!!!!!!」

 最後に田尻君が何を言おうとしたのかは解らない。

 惑星は隕石群によって完膚なきまでに、もうイジメじゃないかと思われるくらいにまで丁寧に粉砕され、

全ての生命は、と言ってもそこに居たのは隊長と隊員合わせて六名だったが、宇宙の藻屑と消えてしまっ

たのであった。

 しかし我々は最後の一掃除に賭け、最後まで恐れる事無く立ち向かった田尻隊員に対し、賞賛を惜しま

ない。

 たった一人さりげなく脱出していた最後の生き残りである私が、彼らの意志を継ぎ、その勇姿を語り継

いでいこうと思う。




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