我は土佐之魚


 我は土佐之魚(トサノオ)、荒ぶる土佐カツオの神である。

 しかし我は神でありながら、土佐カツオと他のカツオの違いが解らない。そして何故に土佐カツオの神

なのかすらも解らない。我はカツオの神では駄目なのであろうか。

 我の力は古今無双、天下天上に及ぶ者無しなのだが。どうも知識の方は苦手である。

 ここは知恵に長けた兄者に聞こうと思う。いけ好かぬ奴であるが、他に適当な者がいない以上は仕方あ

るまい。恥を忍んで会いに行く。

 兄者の名は机読見(ツクヨミ)、脆弱至極な勉強机の神である。

 これも何故に勉強机で、ただの机では駄目なのかは解らないが。これは他人事であるから我に興味は無

い。ともかくも、そもそも土佐カツオとはなんぞや、と言う事を聞かねば始まるまい。

「おう、土佐之魚ではないか。我に何かようかえ」

 兄者は常にこのような勿体ぶった言い回しである。これも我が不快に思う一つであるが、我も土佐カツ

オの神である。一本釣りされると言うその心意気に応える為にも、ここは颯爽(さっそう)といかねばな

るまい。

「はい、実は土佐カツオとカツオの違いについてお聞きしたいと思い、本日はまかりこしました」

「おお、なんと。お主は今更そんな事を聞きにきたのかえ。しかし殊勝な心がけ、姉上もさぞお喜びであ

ろう。そもそもお主はいつも蛮勇を奮い、下々どころか天上にまでウンヌンカンヌン・・・・」

「いや、兄者。今日は土佐カツオとカツオの事を・・・・」

「おお、我とした事がこれは迂闊であった。ふむふむ、さよう・・・土佐カツオとカツオとな・・ふうむ」

 これだから兄者は嫌いなのだ。いつも余計事を言わなければ気がすまないのだろう。まったくもって小

物である。いずれ兄者の机の引き出しを開け、その中に大事にしまってある辞書の、軟弱者、の部分に赤

く丸を付けてやろうと思っている。

 兄者の嘆き狂う顔が目に浮かぶようで、そう考えるだけでも非常に小気味いい。

 しかし我は土佐カツオの神である。果たして引き出しを開けられるのであろうか。まあ、そんな事は今

は良い。ともかく土佐カツオとはなんぞや!!

「これは困った。流石の我も土佐カツオは専門外であるゆえ、ここは姉上の力をお借りせねばなるまい」

 むう、この軟弱者め。平素偉そうにしながら、こいつも土佐カツオすら知らぬのか。

「仕方ありませぬな。では共に姉者の下へまかりこしましょうぞ」

「うむ、ヨキニハカラエ」

 我らは姉者のおわす、この天上界でも最も光猛る場所へと向った。

 姉者とは、尼照(アマテラス)。つまりは普(あまね)く世界を照らす、禿光の神である。

 世界中の禿人から照り返る光を通し、文字通り世界を照らし見る。この姉者であれば、土佐カツオがな

んたるかも、容易く答えてくれるに違いない。

「姉者、姉者」

「まあ、何でしょう。土佐之魚に机読見が一緒とはいと珍しき事」

 姉者は我々の来訪に驚いたらしい。

 確かに我々が一緒に来るなどとは、常あらぬ事であり。姉者の困惑も解ると言うものだ。しかしここは

何としても土佐カツオについて教えていただかねばなるまい。

 しかしいつもながら美しい禿光である。我はその内この禿光を手にしたいと思っているのだが、今はそ

の心も抑え、姉者の機嫌も取らねばなるまい。

「美しく聡明な姉者の事、その知恵をお借りしたくまかりこしました。何卒この不肖の弟に、土佐カツオ

とカツオの違いを御教えいただきたく」

「なんと、土佐カツオとカツオの違いを知りたいと。なるほど土佐之魚、貴方もようやく心を入れ替えて

くれたのですね。亡き母上、父上もお喜びでありましょう」

 まったくどうして我が姉兄はこうも面倒くさいのか。さっさと教えぬか、この禿尼めが!!

「ですがすみません。我にしても、土佐カツオがなんたるものなのか、その詳しき事が解らぬのです。何

せカツオには元来禿げる禿ないと言うモノが無い故に」

「な、姉者。貴方でも解らぬのですか」

 何と言う事か、いつもあれだけ権高な姉と兄の二人が、その口にしているよりも何と役に立たない事で

あろう。

「ううむ、土佐之魚よ。解らぬのでは仕方あるまいに。なにせよお前が土佐カツオの神である事は確かな

のだよ。それだけを肝に銘じて、これからも励むがよいぞえ」

 この兄者も何と言う無責任であろうか。もうこれ以上は我慢ならぬ!

「平素あれだけ偉そうにしていながら、実際は何も知らぬではないか!!最早我慢ならぬ、我は我の道を

行かん!!」


 

 これより土佐之魚は前にもまして暴れ続け、ついには尼照が哀しみのあまりカツラを付け、その禿光が

消えてしまい。天下天上から禿光の全てが失われてしまうと言う驚愕の事態に陥る事となる。

 だがそれはまた、別の話である。


                                       了




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