十羽の平和


 この世には十羽の鳥が居る。そしてその十羽が十羽居てこそ平和が保たれる。九羽でも十一羽でもいけ

ない。十羽が十羽である事が大事なのだ。

 この鳥も初めは一羽だった。しかし一羽であるという完全さも寂しさには敵わず、とうとう二羽目を創

り出してしまったのである。

 二羽になって初めは順調で上手くいっているように見えていた。しかしその裏では様々な思いが複雑に

すれ違い、いつの間にかこの二羽の間に溝を作ってしまっていたのである。

 二羽はこの状況に耐え切れなくなり、三羽を生み出す事になってしまった。

 だがこの三羽目こそが決定的な破滅をもたらす原因となる。

 三羽目は穏やかで優しく、上手く一羽目と二羽目を取り持っているように思えた。しかしそうすればそ

うするほどに二羽共に三羽目に好意を持ち、いつしか一羽目と二羽目が三羽目をめぐって争うようになっ

てしまい、二羽の溝は更に広がってしまったのである。

 これでは駄目だという事になり、一羽目と二羽目はまたしても四羽目を生んでしまう。

 四羽目は三羽目とは逆に、誰にも属さず、誰とも深く付き合おうとはしなかったが、その緊張感が一時

鳥達の間に不思議な平穏を生み出す事になった。

 何となく怖く、どこか理解し難いこの四羽目に対して、鳥達は自分とは違う存在であるかのように感じ、

その恐怖が互いに親近感を増しあう結果を生み出したのである。

 ただその緊張感も慣れてしまえばそれまでだ。

 四羽目は四羽目としてその価値と尊厳を失した訳ではないのだが、鳥達がそういう存在だと受け容れて

しまう事で、それに対する怖さ、四羽目が生み出す緊張感が緩和されてしまったのである。

 すると一羽目と二羽目がまた以前と同じように諍いを起こすようになった。

 これではいけないと思い、鳥達は更に五羽目を生み出す。

 五羽目は四羽目と違い、積極的に一羽目と二羽目の間に干渉しようとし、その上三羽目以上に上手くこ

の間を取り持とうとした。

 しかしそれはどことなく行き過ぎていて、その事が三羽目に好意を抱いている一羽目と二羽目の感情を

刺激してしまい、かえって五羽目という存在が諍いの原因になってしまう事になってしまった。

 五羽目は懸命に頑張ったのだが、常に空回りをし、望む効果とは全く別の効果しか生み出せず、失意の

下に六羽目を生み出してしまう。

 六羽目は結論から言えば上手くやったと思う。

 六羽目は見目麗しく、その言葉にも頼もしい説得力があり、そういう魅力では三羽目さえ凌駕していた。

六羽目が言えば、それは鶴の一声になり、何でも治まったものである。

 だがその魅力故に六羽目は増長し、まるで自分が鳥達の王であるかのように振舞おうとした。

 他の鳥達はある程度それを許していたが、決定的に反目したのが四羽目である。

 四羽目は誰にも属さない。関わるのを嫌う。だからこそ六羽目がまるで四羽目を家来であるかのように

扱う事に、どうしても我慢できなかった。

 そこで四羽目は七羽目を誕生させてしまうのである。

 七羽目。まさにこの七羽目こそが、更なる災厄の原因となったのだ。

 四羽目が創り出したに相応しく、その容貌は怪異、どの鳥にも似ず、そもそも鳥であるかも解らないよ

うな姿をし、その心も特殊、四羽目でさえ持て余した。

 そして悪い事に四羽目の六羽目に対する敵意だけはしっかり受け継いでおり、七羽目こそが真の王であ

ると六羽目に戦いを挑んだのである。

 六羽目は魅力こそあったが、力はさほどでもなかった。それに比べ七羽目は体自体が大きく、力も圧倒

的に強い。他の六羽が束になっても敵わない程で、戦う前から結果は決まっていた。

 七羽目は六羽目を徹底的に打ちのめしたが、それでもまだ満足せず、このまま六羽目を完全に滅ぼして

しまおうと考えた。

 四羽目はそんな状況でさえ、六羽目をせせら笑っていたが。他の五羽は七羽目のあまりの凶悪さに恐れ

をなし。特に六羽目は生命の危機を感じていたので、この恐怖を利用して五羽団結、七羽目に対抗しよう

と八羽目を生み出したのである。

 この八羽目、体は小さいものの今までの鳥には無い不思議な力を持っており、流石の七羽目もそれには

抗しきれず、力を封じられてしまった。

 七羽目は悔しがったが、こうなってしまうとどうにも出来ない。それ以上戦う事を諦めるしかなかった

のである。

 これで争いは終わる筈であった。しかしそうはならなかった。

 力を封じられた七羽目を見、今なら勝てる、今の内に始末してしまえ、と今度は六羽目が七羽目に戦い

を挑んだのである。

 争いを止める為に八羽目が七羽目の力を封じてくれたのに、これではあべこべである。

 四羽目を除いた他の鳥が何とか止めようとしたが、六羽目は聞き入れない。それどころか六羽目は他の

鳥達の力を当てに出来なくなったので、ならばもっと強い鳥をと九羽目を呼び出してしまったのである。

 九羽目。これも不思議な力を持つ鳥であった。その上体も大きく、まるで七羽目と八羽目を合わせたか

のように強大で、その上六羽目の醜い心を受け継いだのか、生まれた時から他の鳥に対して憎しみとも怒

りともつかない心を持っていた。

 そしてその力を誇示し、生まれながらの憎しみを植え付けた六羽目への恨みを晴らすべく、そして全て

の鳥を滅ぼし、この救われない心を少しでも晴れさせようと、他の鳥に戦いを挑み始めたのである。

 九羽目は自分でもどうしようもない心に突き動かされていたのだ。

 六羽目は慌てに慌てた。自分の味方を生み出す筈だったのに、うっかり絶対的な敵を生み出してしまっ

た。特に九羽目は六羽目を憎んでいる。自分だけではあっという間に滅ぼされてしまう。

 六羽目は涙を流して詫び、九羽目は鳥達全てを狙っているからと説得し。四羽目、七羽目を除く六羽を

再び一致団結させ、懸命に九羽目と戦った。しかし余りにもその力に差があり過ぎて、その抵抗は虚しく、

次々に傷付き倒れていったのである。

 八羽目の不思議な力も、同じ力を持つ九羽目には通じなかったのである。

 幸い滅ぼされこそしなかったが、皆戦う力を次々に失い、九羽目を止める事は出来なかった。

 九羽目に対抗出来るのは七羽目しかいない。だが七羽目を開放してしまえば、力を封じられた恨みから

九羽目と一緒になって襲い掛かってくるかもしれない。

 何とか説得しようという事になったが、他の鳥がいくら頼んでも、七羽目は聞き入れてくれない。

 勝手な事を言う鳥達に益々怒り狂い、呪いの言葉を叫び続けた。

 六羽は困り果て、一か八か十羽目を生み出してみる事を決めた。

 しかしこれは賭けである。十羽目がどんな鳥になるか、誰にも解らない。上手くいけば良いが、もしか

したら九羽目以上に厄介な鳥が誕生してしまうかもしれない。

 でもやるしかなかった。このまま何もしないでいたら九羽目に滅び尽くされてしまう。

 こうして十羽目が誕生した。

 十羽目は輝くばかりの生気を全身から放ち、それを見ているだけで全てが甦ってくるような気がする。

まるで生命そのものであるかのように、まばゆいくらいに神々しく、圧倒的でさえあった。

 そして十羽目はその力を使い、七羽目と四羽目の心を一時解いて協力させ、九羽一丸となって九羽目に

反撃したのである。

 九羽目はあまりにも強大であったが、七羽目と十羽目の加わった鳥達には敵わず。必死に抵抗したもの

の、あれよあれよという間に破れ、遂にはその存在そのものを封じられてしまった。

 だがここで四羽目が協力し合うという事に我慢ならなくなり、離反。封印は不完全なものとなり、九羽

目がいつ復活するか解らなくなってしまった。

 何も起こらない可能性もあるが、封印が解けてしまう可能性もある。

 十羽目はそれを見張り続けているが、また鳥達の間に諍いでも起これば、封印の力は更に弱まり、九羽

目を抑えられなくなってしまうだろう。

 このように微妙なる緊張感を保ちながら、この世は運営されている。

 それは全て自業自得であるとしても、だからこそ救いが無く、永遠に解決出来ない問題をはらみながら、

不安を抱えて生きるしかないように思えた。

 十羽の平和も表面的なものでしかなく、いつ崩れてもおかしくない。

 鳥達の中にはこの状況を何とかしようと、十一羽目を生み出す事を考えている鳥も居るらしい。

 しかしもしそんな事をすれば、それこそ本当の最後を迎える事になるだろう。今居る鳥達の問題を解決

する為に新たなる鳥を生み出した所で、争いが増えるだけなのは誰にでも解る事だ。

 何故なら、その鳥こそが争いを生むのだから、その数が増えれば益々大きな争いが生まれるだけである。




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