追憶の坂


 人が迷いえると訪れる坂があると言います。

 その坂で記憶にある限りの事を思い浮べながら、登りきると二度と戻れなくなると言います。ただ登

りきる人は今までいませんでした、誰しも居るべき所へと帰る為に。

 また一人訪れたようです。

「・・・・・・・・・」

 ゆっくりゆっくりと踏み締める度に儚げな思い出が頭を過ぎり、その時に考えた事、今改めて考える

事そう言ったものが頭の中をゆるりと回っていく。

「・・・・・・・・」

 坂も半ばを過ぎました。今までの人間ならここまで来れば引き返しました。しかしその人は尚も登り

続けます。よほど深い迷いに獲り付かれているのでしょう。

「・・・・・・・・・」

 少し進み、そこで歩を休めました。何かを思いついたのでしょうか、でしたらもう引き返しなさい。

「・・・・・・・・」

 しかしまた歩み出しました。ここまで迷う人もいないのですが。

 足取りもしっかりしている所を見ると、引き返そうと言う気がまったく無いのかも知れない。

「・・・・・・・」

 もう、後一歩で登りきってしまう。

「・・・・待ちなさい・・・」

「ん・・・・?」

「・・・・待ちなさい・・・・」

 私の役目を果たす時がようやく来たようです。

 人ははっと驚いたようにこちらを向きます。

「桜・・・・か?」

「貴方がそう見えるのなら、そう言うことです」

「待ちなさいとは?」

「この坂を一度登りきればもう戻れません」

「構わない」

 そう言いながらも、人は少し考えるように眉根を寄せる。ここに来れたと言う事はそう言うことなの

ですから。そして来たという事は・・・・。

「止めておきなさい・・・。ここは戻る為に来る所です、帰りなさい」

「もう帰りたく無い。辛いだけは嫌だから・・・」

「そこから逃げればもっと辛いだけなのですよ。逃げても逃げても、いえ逃げるからこそ追って来ます。

いつまでも、永遠に」

「永遠に!?」

「ええ、永遠に付き纏われるだけです。いつまでもそれを眺めながら・・・・」

 人は躊躇するように一歩、二歩と後ずさりました。それで良いのです。その為にここに来たのですか

ら・・。

「永遠に辛いだけなんて、そんな所に行くなら元の世界の方がましだ!!」

 そのまま人は坂を駆け下りて行きました。

「・・・・・さようなら・・・・・」

 でも、少しだけ進んで欲しかったのかも知れない・・・・。私も一人では寂しいから。

 そして私はいつまでも眺めています。永遠に付き纏われながら・・・・。

 私もあの時、帰れば良かった・・・・。

「迷って悩んでいられるだけ幸せだったのに・・・・・」

 そんなお話し。




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