羽化と芽吹き


 穏やかな風が流れて来ました。

 それに乗って色んなものが運ばれてきます。花弁、季節の匂い、そして目覚めの声。

 新たな命、歓喜の声、待ち焦がれた旅立ち。

「うーん、うーん」

 でも、誰もがどれもが順調に行くとは限りません。

 祝福された季節の訪れでもそれは変わりません。

「駄目だ・・・・出れないぞ・・・どうしよう・・・」

 一つの蛹がぐらぐら、うらうらと揺れています。

「ああ、僕だけ出遅れるなんて・・・・えいえい」

 どうやら蛹から出られないようです。すでに辺りには蝶が幾匹も風にゆらゆらと優雅に羽ばたいてい

ると言うのに。

 何度体当たりして蛹を開こうとしても、その度に跳ね返されてしまいます。

 まるでゴムのようにぶよぶよしてて、どうしても開かないのです。

「くうー、何で僕だけ出れないの・・・・悔しいよ、悔しいよ」

 終いには中でぐるぐる回転して見ましたが、とてもとてもびくともしません。

「桜さんはもうしっかり芽吹いているのに、菜の花もしっかり咲き誇っているのに」

 ただただ哀しくなってしまいました。

「どうしたのですか?」

 もう散り始めている桜がゆっくりと話し掛けました。

「あッ、桜さん。僕ここから出れないんです。もう春だと言うのに」

「春だからと言って、何でも出てくれば良いと言うものでもないのですよ」

「でも、皆と一緒に出てたいよ」

 蛹は再びぐらぐら、うらうらと揺れ始めます。

「でもね、何にでも咲き誇れる時期と言うものがあるのですよ。そしてそれはとても短いです。私なん

てもう散り始めてますよ」

「でもでも、僕も一緒に居たいよ。ずっとずっと頑張って来たのに」

「今はまだですよ。でも貴方は遥か遠くまで羽ばたけます、遥か遠くまで声が届きます。辛かった分、

だからこそ出来る事があるのですよ」

 風が強くなって参りました。

「だから、貴方はもう少し待ちなさい。ゆっくりと少し他の方より遅いけれど、そして儚いのかも知れ

ない。でも、貴方はきっと力強い。ねえ、蝉さん・・・・」

 そして一陣の突風が吹き去り、桜はすべて散ってしまいました。

 そんなお話し。 




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