海在る所無い所


 一つの惑星が在る。

 その星は丁度半分を海が覆っており、もう半分を大地が覆っている。その境界は全て崖であり、砂浜と

言う物は存在しない。

 切り立った崖で、切断面はギザギザしており、とても行き来も出来ない。

 この星では生物は陸地から生まれた。何から生まれたかと言えば、それは解らない。その辺の空気から

かも知れないし、或いは土埃が固まって生まれたのかも知れない。

 太陽も存在し、月も存在しているから、ひょっとすればそのせいなのかも知れない。

 初めての生物はまるで泥団子のようで、ぬめぬめと地面を滑るように移動した。そして変わった事に、

どの団子も皆同じ場所を通り、海へ向う。

 当然少しずつその場所は削られて行き、今でもくっきりとその一本の海までの線が残っている。

 それはこの惑星に唯一本しかないから、単に道と呼ばれた。おそらく海への道が徐々に略されてそうな

ったものだろう。名前と言う物は、大抵が解りやすく使い易いように略されるものなのだ。

 団子生物はぬめぬめと移動し、次から次へと海へ落ち、そしていつしかほぼ全てが陸からいなくなった。

 だがその中でも変わり者がいて、何体かは大地に残っていたのだった。

 残った団子達はそのまま繁殖と進化を繰り返し、長い年月をえて、今では大地は生物の楽園となってい

る。そして今も、植物、動物、細菌、そのようなありとあらゆるモノドモが前触れ無く現れ、現れては消

えていく。

 そんな中で一体だけ進化から取り残され、細々と生きている生体団子が居た。

 この一体だけは偏屈なのか頑固なのか、一途に生まれたままの姿を保っている。

 永劫の時をぬめぬめと移動し続け、道の上をただ行きては返しているのである。この団子にとって移動

範囲は依然道の上に限られている。何故かは知らないが、団子が生まれてから今までこの道をはみ出した

事は一度として無い。

 しかしこの団子は最後の一体だけに、いくら移動していても。果ては道の始まりから終りまで移動して

みても、やはり同族には出会う事は出来なかった。

 団子は哀しんだ。涙が流せれば、きっと泣いていただろう。

 だが哀れにも、団子は哀しんでもぬめりが増すだけでしかなかった。

 そしてぬめぬめ、ぬめぬめと移動し続け、何度目かの海に出会う。

 ここに皆落ちたのに、何故自分だけここに残っているのだろうか。何故一人になるまで大地に居る事を

拘ったのだろうか。

 団子は哀しくなり、それからはずっと海だけを見て暮らした。

 いつまでもいつまでも。

 そして長い年月が経ち、大地は更に更に生物で溢れ、ついにはこの道でさえ詰まって移動出来ない程に

なってしまった。

 そうなると自然の摂理として生物達は自滅して行くしかなく、慌しく全ての生物は消えていった。団子

の目の前で消えていく。団子はそれをただ見ているしかない。

 言ってみれば全ての生物はこの団子の子供だったのだから、どれほど哀しかったかは知れない。

 そしてまた一人ぼっちで海を眺めた。ずっとずっと海だけを眺めた。

 心は暗く、悲しみで溢れんばかりだったけれど。その内、ふと気付いた事がある。

 よくよく眺めて見ると、海の中からも何かがこちらを覗いているではないか。

 ぬめぬめしていて、ちょっと感じは違っていたけれど。それは間違い無くあの団子生物であった。海に

落ちた団子達もこの永劫の時をしっかり生きていたのである。

 きっといつしか大地が窮屈になってしまう事を本能的に理解していたから、団子達は皆海への道を目指

し。そして自分達が海でも生きられる事も、本能的に知っていたに違いない。

 海の中の団子は徐々に増え、まるで迎えてくれているように、地上の団子を暖かく見ていた。

 地上の団子は別の意味でぬめりを増し、そして今度はためらう事無く、目の前に広がる海へと勢い良く

飛び出したのだった。

 海へ落ち、最初は苦しかったけれど、すぐに慣れて自由に動き始めだす飛び降りた団子。

 そしてころころと海中を回った後、仲間達と共に移動し始めたのでした。もう道は無く、自由に動け

る海の中を。仲間と一緒に、ゆっくりと、ゆっくりと。



                                                   了




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