水島さん


 我々はそれを水島さんと呼んでいる。本当はそれが何なのか、一体どういう生き物なのかは誰も知らな

い。ただ我れはそれを水島さんと呼び、それが生き物であるという事だけが解っている。

 水島さんは夜に弱い。だからいつも昼間に活動し、日溜りの中で暮らしている。影も嫌いなようで、日

陰に決して寄り付こうとしない。たまに居眠りをして、知らない内に影ってしまったりすると、眼が覚め

た後慌てて逃げ出す姿がよく見られる。

 どうも影に触るとその部分だけが暫くの間黒く染まってしまうようだ。変色しているのか、人でいう日

焼けのようなものなのかは解らない。ただ暫くすると元の色に戻っている所から、日焼けならぬ影焼けの

ようなものだろうと考えられている。

 ただしそう考えられているだけで、本当はそれが何なのか、何を意味するのかはやっぱり誰にも解って

いない。

 水島さんは雑食だと思われている。その辺に落ちている物を何でも拾って口に入れているからで。何で

も口に入れているから、多分何でも食べているのだろう。

 ただし何だかまるこい物は嫌いなようだ。その物自体がどうとかではなく、形が重要らしい。水島さん

が角ばった物を口に入れると、まるこくなって吐き出されるのが解る。

 水島さんは何かを口に入れると必ず何かを吐き出す。それが人でいう排泄に当たるのかどうか。体内と

体外を繋ぐ穴は口しかないようで、必要な何かを摂取した後、要らない物は吐き出して処理しているよう

である。

 そう考えると水島さんの口は人で言う胃腸の役割も兼ねているのかもしれない。

 口が生命に必要なほぼ全ての機能を備えているとしたら、何と言う合理的な生物なのだろう。もし体に

とって害のあるものならすぐさま吐き出せる訳だし、人間のように胃腸まで入れる必要がないのだから、

非常に便利である。

 吐き出された物も単に角が取れてまるこくなっているだけなので、自然界に大きな変化をもたらしたり、

有害な何かを残す事もない。異臭もしなければ変色もしない。ただまるこくなるだけだ。

 自然を自然のまま取り込み、自然のままに自然に還す。理想的な何かがそこにはある。

 水島さんは自然に一番適した生物なのかもしれない。居るだけで全てに害を与えている我々人間とは対

称的な生物である。

 といって水島さんを羨んでも仕方がない。ここは本来の目的通り、水島さんについて詳しく述べていこ

う。解る範囲で。

 水島さんはよく気まぐれだと言われる。水島さんの行動にははっきりした傾向が少なく、毎秒毎秒の気

持ちに従って好きに動いている。水島さんの行動は誰にも予測出来ない。

 こちらで日向ぼっこをしていたと思えば、次の瞬間にはあちらで角ばった物を頬張っている。

 そうかと思えばそちらで影に怯え、やちらで楽しそうに跳ねている。

 そういった行動を毎秒毎秒繰り返すかと思えば、時には何時間もじっとして太陽を眺めていたりする。

 何をどうしているのか、何をどうしたいのかよく解らない。もしかしたら水島さん自身にも解らないの

かもしれない。

 水島さんには食事時のマナーというものは無いらしい。あまり食べる事を専門に分けて考えていないよ

うで、思いついたように口に含んでは角を摂取している。それは日向ぼっこの時でも、影に怯えている時

でも、何時間もじっとしている時でも関係ない、いつでも気の向くままに行っている。

 食事の時間とその他の時間という区別はなく、水島さんにとってはいつでも食事の時間であり、そうで

ない時間なのである。

 食べた後にすぐ動くと消化に悪いとか、口が痛くなるだとか、そういう事もないようで、これも我々か

らすると非常に羨ましい話だ。

 水島さんが一日に食べる量は解っていない。その物ではなく角を摂取しているのでよく解らないのであ

る。一体角の量などというものを、どう調べて表せば良いのか。どのように量として数字に置き換えれば

良いのか。

 確かに角を摂取してその分質量が減っているのだから、調べようと思えば調べられる。水島さんが食べ

る前と食べた後の質量を比べれば、減った分が摂取した分と言えるのだろう。

 だが一体全体どうやればそんな事が出来るのか。水島さんを飼育する事は現段階の我々の水島さん知識

程度ではまず不可能であるし、それ以前に捕獲する事も難しい。それに水島さんは非常に繊細に出来てい

るようで、環境が急激に変わるとみるみる弱って死んでしまう。

 もしかしたら影を恐れるのも急激な変化を恐れる為だろうか。

 日溜りを好んでいるのではなく、影という瞬時に変化するものを恐れ、それから逃れる為に日溜りで生

活しているのかもしれない。

 夜には街灯の下などに水島さんの姿がよく見受けられるのもその為だろうか。

 でもそうなると水島さんが夜でも生きていられるのが不思議になる。やっぱり水島さんについてはよく

解らない。

 夜といえば、水島さんに睡眠という概念があるのかも解っていない。日向ぼっこ時や、数時間何もせず

に居るときが睡眠時ではないか、とも言われているが。これもそう言われているだけで確証はない。

 我々人間というのは、まるで我々がそう考えれば、それが自分達の考えているようになるかのように愚

かにも思い込んでいるが。我々の考えと現実とは全く関係ないもので。我々の思想などは自然界から見れ

ばまるで無意味な幻想でしかない。

 我々は思考しか出来ない種族である為、その唯一できると思い込んでいる思考というものを、まるで至

上なものであるかのように考えがちであるが、それは全て思い込みであり、作り事でしかない。

 まあ、我々は自然一切を理解している訳ではないので、これもそうだとは断言できないのだが、我々が

傲慢である事は揺るぎない事実である。

 いや、今はそんな事はどうでもいい。大事なのは水島さんだ。

 水島さんという存在に対して興味深いとなると、一番気になるのはその繁殖方法だが。これも何一つ解

っていない。

 水島さんに雄雌が居るのかも解らないし、生殖方法も判明していない。もしかしたらその辺から湧き出

るように生まれるのかもしれないし。何かが何かの拍子で何かがぱっと水島さんに変わるのかもしれない。

 或いは何かが何かの理由でじわじわと水島さんになっていくという可能性もあるし、水島さんが二つの

水島さんに分裂するという可能性もあるだろう。

 そもそも水島さんは生きているのか、という疑問も浮かぶし、やっぱりよく解らない。

 水島さんが何者であるのか、そこに存在しているのか、錯覚ではないのか。何も解らないのだ。

 とにかく我々はそれを水島さんと呼んでいるのであり、それ以上の知識はないというのが現状である。

角を摂取する、というだけはどうやら当たっているようだが。

 水島さんを解明するのはとても難しく、これからも多くの年数を必要とするだろうが、我々はこれから

も水島さんの調査を続けていきたいと思う。それが我々に何をもたらすのか解らないし、水島さん観察を

続けたとして、それで水島さんの事が理解できるかも解らないのだが、目の前にこれだけ面白い存在が居

るのに、放って置く手はないだろう。

 幸い水島さんは我々に対して友好的とは言わないまでも、敵対心は抱いていないようで、水島さんに危

害を加えようとしない限り、ある程度近付いても平気である。

 ただしくれぐれも水島さんに自分の影を当てないように気をつけなければならない。もし影を当ててし

まうと水島さんは瞬時に変色し、あまり見たくない水島さんを見る事になるだろう。

 その時の水島さんはもうそれ以前の水島さんではなく。元に戻るまでの間、まったく別の水島さんにな

ると言ってもいいくらいの水島さんである。

 この変色水島さんについては、また後日報告しよう。

 我々が水島さんについて知り得ている事は今の所これくらいだ。他に書くべき情報も無い為、この辺で

第一回水島さん報告を終える事にする。

 また何か解れば報告させていただく。




EXIT