気分屋の白蛍


 俺はメスを狩るハンター。決して諦めはしない。狙った獲物はどこまでも、相手にその気が見えるまで

追い続ける。

 しかし無理強いはしない。嫌われそうになったらすぐに逃げる。それが俺、矛盾するメス狩りハンター、

略してメス狩りハンターと蛍は呼ぶ。意味が重複してるだって? 構わないさ。文法的に間違っていよう

とも、意味が通じればそれでいい。俺達は言語学者じゃない、ただの蛍だ。

 そんな俺だが、実際には誰一匹やり遂げていない。

 虚しく悪名を着る狩人。

 メス狩りハンター。それは別にもてもてという訳じゃない。経験匹数が豊富という訳じゃない。

 確かに仲良くなるのは簡単だ。それだけならお手の物。俺は馬鹿正直に特攻する。たまに気が合えばそ

のまま朝まで居る事もある。

 しかしそれだけだ。それ以上は難しい。だから永遠にメスを追い続ける。だからこそのメス狩りハンタ

一。いつまでも結ばれないからこそ、いつまでも追い続けている。

 それは自嘲と自虐の名。俺自身が名乗るのも自分自身への戒めに過ぎない。

 俺は蛍に思われている程軽くない。誰でも追う訳じゃない。でもそう呼ばれ、俺自身もそう呼ぶ。その

方が気が楽だからだ。例え叶わなくても、永遠に追えばいい。そう思わせてくれる。

 そして情けない実態を隠してくれる。

 何故なら、俺は永遠のメス狩りハンター。

 その響きだけなら、一人前さ。

 そんな俺が今一匹のメスだけを必死に追っている。いやすでに追い付いている、もしかしたら追い越し

ているのかもしれない。

 こんな俺が本気になった。

 幸いにも好意は通じ、彼女は俺の誠意というやつを見てくれた。

 俺という蛍を受け入れ、それでも尚そばに居たいと言ってくれている。

 だから今日も俺はそいつを追う。結局追う事しかできないからだ。俺はそうする事しか知らない。

 だって、他にどうすればいい。俺は一匹狩人を気取っていた間に、経験すべき全ての事を通り過ぎてき

た。今更立ち止まって、俺に何を学べというのか。

 俺が一匹で虚しく過ごしていた間に、誰もが経験し、俺だけがいつまでもそのままでいた。

 別に妬んでいる訳じゃない。諦めてもいた。

 でもそれでも現れてくれた一匹の蛍。

 できるだけの事をしたい。

 でもその方法が解らない。

 俺は情けなくも何も知らない。

 優しく居ればいいのか、それともこのまま待てばいいのか。或いはいっそ襲ってしまえばいいのか。

 解らないからせめてこの好意を光に乗せて、毎晩のように発信する。メッセージを送る。それを彼女が

受け取ってくれるのか、喜んでくれるのか、それは解らない。それでも俺は毎晩発信する。それしかでき

ないからだ。知らないからだ。

 彼女の居る場所は遠い。人から見ればごく当たり前の距離でも、蛍にすれば大変だ。それを辛いとは思

いたくないが、いつもすぐそばに居られたらと思う。いつかそうなりたいと願っている。

 でも気まぐれな彼女は、いつ俺の前に現れるか解らない。

 まるで俺を試すように、いつの間にか長く来ない事もある。

 結局俺は追い続けなければならない。同じく彼女を追うオスどもに、負ける訳にはいかないのだから。

 いや違う。

 他の蛍に勝つ為にやっている訳ではない。俺は一番で居たいのだ。いつも彼女の一番に。

 しかし俺のそれは単純な執着ではない。

 他のオスのように押し付けがましくはない。

 少なくとも今はそうだ。確かに昔は、昔の俺は・・・あまり言いたくない。

 正直に言おう。俺もやりすぎていた事がある。あまりにも求めすぎて、訳も解らず自分の気持だけをぶ

つけていた。相手の心を本当には考えようともせず、解っているふりをして。

 例え愛を交し合ったとしても、触れてはならない場所、越えてはならない一線はある。最後の一線を飛

び越えるのにも時間が必要だ。ゆっくりと羽を広げ、動かし、彼女の許へ届くまで、今はまだゆっくりと

待ち、力を蓄える。

 だがそれだけでは懸命に追うオスどもに負けてしまうかもしれない。彼女を信じない訳ではない。でも

そうなる可能性が怖い。熱情だけでは手に入らないものがあるとしても、彼女に俺の好意が、気持ちが足

りていない、他のオスに劣るとだけは思われたくはない。

 くだらない欲望だけの他のオスどもと同じなどとは思われたくない。

 俺は本気だ。だからこそ気を研ぎ澄まし、一点に向けている。

 それは小さく見えるのかもしれない。

 時に冷たく、あっさりしすぎているように思えるのかもしれない。

 だが俺の熱さは本物だ。

 誰が俺のようにできる。

 誰が俺のようになれる。

 世界に腐るほどの蛍が居るとしても。

 俺になれるのは俺だけだ。誰も代わりなんかいない。その自負がある。

 別に執着してる訳じゃ・・・、いや、やっぱりしているのかもしれない。でもそんな暗いものじゃない。

俺は彼女を見たいと思う。自分の頭にある彼女だけではなく、彼女自身を見ていたい。

 勝手に膨らませた妄想だけを、一人で身勝手に追うような蛍じゃない。

 だからいい。彼女が何もしてくれなくても、例え俺を優先してくれなくても、他のオスを時に優先した

としても、俺は俺のできる事をするだけだ。怒りはしない。嫉妬してはいても。

 そしてそれが彼女の好きな俺である筈だ。

 何故なら俺はメス狩りハンター。何度でも彼女を口説き落とす。

 でもいつまでもそうとは呼ばせない。俺は一匹だけのメスの為に、それだけに生きたい。

 一匹の、誰よりも熱く、だからこそ冷静な俺で愛す。

 その為にいつも一生懸命にやってきた。

 今までそれが実った事は少なく。最後までいった事はまだないが。だからこそ解る事がある。自分とい

うものを真っ直ぐに見る事もできた。

 我慢する事を覚え。

 期待を押し付け過ぎない事も覚えた。

 信じて耐える事を。

 この強い独占欲だけは消えないが。

 だからなんだ。

 独占したいからこその愛なのだ。

 それは二匹だけで完成する。他には何も要らない。

 いや、要らないとは言わないが、奥に踏み込めるのは二匹だけ。望むのは薄っぺらい関係じゃない。

 心を見せないのは照れくさいからだ。

 それでも素直に見せるのは誰よりも欲しいからだ。

 この心。俺の体から発する光。強過ぎてまぶしいかもしれない。

 だから我慢してそっと灯す。

 淡くて綺麗な光。でも誰よりも遠くまで深く届く。

 その為に俺は生きている。

 今はそれだけを示している。

 でもいつまでもそうじゃない。

 彼女がその気になれば、本来の俺に戻る。

 全てを尽くして、俺は欲しい。

 彼女だけを失いたくない。

 何度絶望しようとも、この心にたぎる愛情は、誰よりも強く、光輝く。

 そう思ったっていいだろう。

 例え彼女に見えなくても、俺はいつも本気なのだから。

 そして彼女もそうであると信じている。

 誰に暑苦しいと思われても。

 強い想いは大事なのだ。

 押し付けはしないけれど。

 だからといって簡単な想いじゃない。

 強いから、労わり。

 欲しいから、我慢する。

 胸の痛みなんか忘れてしまえ。

 彼女を思えば、全てが報われる。

 優しくなれる。

 暖かく胸に灯る。

 俺の光よりも強くて優しい、愛情が。

 決して諦めはしない。

 あの時そう答えたように。

 選ぶのは彼女だが、俺は決して譲りはしない。どこまで努力を尽くす。できる事はなんでもやる。

 ただしお互いに気分の良い手で。

 泣き落としもくだらない手管も使わない。

 汚い手段なんか糞食らえ。

 正面から、誰よりも正面から。

 そして全てを見た彼女が、素直な答えを出せばいい。

 例えそれがどういう答えであったとしても、この気持ちは失われない。永遠に俺の胸にあり続けるだろ

う。彼女への感謝と共に。

 それがいつ終わったとしても、その時幸せで楽しかった事は嘘ではない。だからこそ、俺はいつまでも

感謝し続ける。

 その喜びを嬉しいと思う。

 それが本当の気持ちだと、解ったから。

 今の俺は愚かなメス狩りハンター。

 でもいつまでもそうとは呼ばせない。

 俺は一匹だけを求める。彼女だけの狩人。

 どこまでも行く。彼女ゆきの狩人。




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