窓越しに見える貴女はいつもうつむいている。 美しい顔に憂いを浮かべ、たまに微笑んでもその陰が消える事は無い。 月に似ている。 優しいが、とても儚い。月夜の下にしか咲けぬ花のよう。 誰を待っているのか。 誰かが居る訳ではなく、誰かを待っているのか。 一方的に見るだけの関係。そこに申し訳なさを覚えないでもない。 それでも私は見詰めてしまう。 その儚さが、人を遠ざけ。 その儚さが、人を誘う。 近寄りたいと思っても、そうしてはならないという気がし。 遠くから見ているだけでは、とても満足できない。 相反する思いにかられながら、今日も見ている。 それは簡単にいける場所ではないからか。 そうなのかもしれない。 でも多分別の理由がある。 美しい貴女が誰にも触れられないのは、その美しさに脆さを感じるからだ。 触れては壊れてしまう。 そんな脆さが。 誰も貴女を無視してなどいない。 ただ近寄りがたく。 それでいて目を奪われる。 そういう存在。 そんな事を言っても迷惑なだけだとしても。 それが我々男の思考というもの。 そこには女性同様の理不尽な想いがある。 だから今日も心奪われ。 私は恥ずかしさに目を閉じる。 ずっとそう居てくれたらと、理不尽な想いに心寄せながら。
貴女は今日も何かを見ている。 窓越しに視線を感じているのかもしれない。 しかし貴女は気付かない。 一方的に見られているだけ。 そこには数多の想いがある。 欲望と言い換えてもいい。 見世物かと言われれば、そうなのかもしれない。 そう認めたくはないし、そんなつもりもないのだが。 貴女にとってはそうなのだろう。 それなのに貴女は毎夜のように姿を現し。 ずっと静かに待ち続ける。 いつ見てもそうだ。 貴女は決して乱れたりしない。 心折れる事があっても、それを見せる事は無いのだろう。 貴女は物静かな視線を漂わせ、今も待っている。 いつ来るか、いつまでも来ないかも知らない、その時を。 それは私と同じなのかもしれない。 貴女に心奪われながら、何もせずに何かを待つ。 そんな私達に。 辛い筈だ。 私達の辛さなど全く及ばない。 泣きたくもなるだろう。 寂しさに心潰される時もあるだろう。 怒り出したくなる時もあるだろう。 それでも貴女はいつも美しく儚げな顔のまま。 思い出したように優しくも悲しい笑みを浮かべる。 解っているのだ。 こうしていくら見られても。 そいつは決して入って来ないのだと。 見るだけでいい。 そんな理不尽な想いの前に。 貴女は毎夜身をさらしている。 いつか報われる日が来る。 その時の為に。
貴女の側に誰かが居る。 来客者か。 有象無象の私と違い、勇気を出し。 素直に流れる気持ちのまま。 彼女の許を訪れた。 貴女はどう接しているのだろう。 嬉しいのだろうか。 多分、嬉しいに違いない。 例えそれが待ちかねていた人と少し違ったとしても。 貴女はきっとそれを恨まない。 受け容れて、そして微笑む。 いつもより少しだけあたたかく。 それを私は見続けている。 決して入らないくせに。 心奪われたまま。 弱いのだ。 それを思い知るのは辛かったが。 せめて祝福の祈りを。
今夜もまた訪れている。 話が合うのだろう。優しい人に違いない。 違うかもしれないが、そうだと思いたい。 幸せであれと。 それも理不尽な考え方だ。 けれどもこうする事しかできない。 貴女の事が気になるのだ。 例え何も出来ずとも。 何もしなくても。 ただ見ていただけの日々。その名残に突き動かされるように。 貴女の姿の見えないそこを。 私は見続けている。 喜んでいるのか。 嫉妬しているのか。 悲しんでいるのか。 怒っているのか。 それすらも解らない、奇妙な感情のまま。 解らなくなった。 初めから解るようなものではなかったのかもしれない。 私の心は歪んでいる。 だから歪んだ気持ちしか浮かんでこないのだろう。 愛という気持ちがあったかどうかも解らない。今あるかどうかも解らない。 妹か姉を思うように、ただ心配していただけかもしれない。 まだ見ぬ伴侶を想うように、心から愛し、慈しんでいたのかもしれない。 慈愛。それが相応しいように思えるが、それもまた身勝手な想いなのだろう。 むしろ悔いているのではないのか。 そこに行かなかった事を。 今いる相手が自分でない事を。 何もしなかったくせに。 何もしないくせに。 だからこそ悔いている。 情けない。でもそれが本心なのかもしれない。 一番嫌いで、否定したい感情が、本心なのだろう。 だとしたら愛ではなく、ただの執着、欲望だ。 見る事でそれを解消させていた。 恥ずべき想い。 貴女をその為の道具として見ていた。 それを否定しきれない。 心から否定したいのに、自分の気持ちから逃れられない。 ああ、なんて身勝手で、悪意に満ちた愛だろう。 それを愛と呼ぶなら、なんて愚かな想いなのだろう。 そんなものでは誰も救われない。 救えない。 ただ貶(おとし)め、辱(はずかし)め、利用する。そんな人間になりたかったのか。 違うはずだ。だったら何故、こうなのだろう。 もう見たくない。見てはならない。 でもきっと、僕は毎夜のように見るのだろう。 あの儚げな笑顔を思い浮かべて。 今日もまた、貴女の許に。 幸いであれ。 |