やっほい八宗兵衛


「やっほい、やっほい」

 不景気に見舞われた昨今、それでも八宗兵衛(やそべえ)はいつも愉快にやっほいやっほいと両手を挙げて

踊ります。

「あ、それ、やっほい、やっほい」

 声も高らかに足もあげて、ほら、やっほい、やっほい。

 そんな八宗兵衛を皆は白い目で見ています。政情不安で戦争も度々起こっているのに、良い大人が毎日毎日

踊り歩いて何をしているのだ、という事です。

「しっ、見たらいけませんよ」

 彼が来ると母親は急いで子供を連れて家に戻り、戸を閉めます。

 始めは面白がって見ていた子供達も今でははっきりと怖がっているようです。

「やっほい、やっほい。あ、それ、やっほい、やっほい」

 八宗兵衛は止まりません。

 雨の日も風の日も雪の日だって正月だって踊り歩きます。

 移動範囲も広く、近くの町まで出かけて数日は帰ってこない、なんてしょっちゅうなものですから、国中に

彼の噂が広まるのではないかと村の人達は不安で仕方ありません。

 そんな噂が流れたら村の恥さらし。お役人でもやってきたらどう言い訳すればいいのか。また年貢の量を増

やされてしまうかもしれません。

 ただでさえ物がなくて困っておりますのに、年貢まで重くされたら首をくくるしかなくなるでしょう。

 長老達は何とか止めさせようと懸命に説得したのですが、八宗兵衛は聞く耳を持ちません。

「はぁ、なんでこんな事になったんじゃ」

 彼はこのような事をする男ではありませんでした。それどころか、昔は村一番の働き者で評判の孝行息子だ

ったのです。

 戦で父を早くに亡くしてから、代わりに一生懸命働いてきたのです。それはもう見ている方が心配になるく

らいでしたが、生来体が丈夫なのか、幸いにも病気一つせずにきました。

 村人はそんな八宗兵衛を誇らしく見守っていたのです。

 彼が変わったのは流行り病で母を亡くしてからでしょう。

 母親は八宗兵衛を産んだのが不思議なくらい体が弱く、夫を亡くしてからはますますふさぎ込むようになっ

ていたのですが。八宗兵衛まで戦に取られた事で、これ以上生きる心地がしなくなったのか、しばらくしてぽ

っくりと逝ってしまいました。

 病弱な彼女に、夫と子を奪われた心労はとても耐えられないものだったのでしょう。

 村人は気の毒がって色々と世話してあげていたのですが、何をする事もできませんでした。

 八宗兵衛は幸いにも命を落とす事無く、少々のお金をもらって帰ってきたのですが、それは母が亡くなって

から半年も経った後の事でした。

 それからの八宗兵衛は笑顔一つ見せず、家にこもりっきりで全く外に出なくなりました。近所の人の話では

毎晩のように泣き声が聴こえてきたそうです。

 皆八宗兵衛一家が好きでしたから、何とかなぐさめようとしたのですが、どうして良いのか解らず、結局は

時間が解決してくれるだろうと何もせず見守っているだけになりました。

 そして毎日のように食べ物を届け、彼の心が落ち着くのをいつまでも待っていたのです。

 八宗兵衛もその好意をありがたく受け取り、代わりに稼いできたお金を少しずつ置いておりました。

 そんな事が一年も続き、母親の命日を迎えた頃でしょう。突然、彼がおかしくなったのです。

 何の前触れも無く。

「やっほい、やっほい」

 と踊り歩くようになり。誰が何を言っても聞きません。まるで他人が目に映っていないかのようで、不気味

でありました。

 最初は何とかしようと考えていた村人達も、ああ、とうとうおかしくなってしまったか、と相手する事を止

め、諦めてしまいました。

 それでも気の毒ではありますので、食べ物は持って行っておりますが、もう払う金も無いのか、そういう心

を失ってしまったのか、お金もそれに類する物も置かれなくなりました。

 この不景気ですから、中にはその事に対して苛立ちを覚える人もおりますが、餓死させるのはいくらなんで

もかわいそうです。母親に何もしてあげられなかったという負い目もあります。

 しかし八宗兵衛ははっきりと村人から疎まれるようになりました。

 仕方の無い事でありましょう。例えおかしくなりたくてそうなった訳ではないとしても、人はそこまで寛容

(かんよう)にはなれません。

 八宗兵衛も立場が逆なら、同じように感じたでしょう。

「やっほい、やっほい」

 そんな事を知ってか知らずか、八宗兵衛は今日も踊り歩きます。

 昼中踊りますが、夜になるとちゃんと家に帰ってきます。町に行く時は勿論別ですが、その時も野宿したりし

て生活そのものは変わっていないようでありました。

「やっほい、やっほい」

 彼に決まった行動順序はありません。その日気が向いた方角へ進みます。道を歩いてさえいればどこかには出

る、とでも言うように。

 しかし本当は考える力が残っていたのです。

 おかしくなってさえいませんでした。

 それでも踊るのは、そうでもしていないと耐えられないからです。

 湧き上がる絶望と悲しみに、耐えられなくなるからです。

 父が亡くなって泣く母を見、幼心にどうにかしなければと頑張ってきたものが、母の死によってぽっきりと折

れてしまったのです。

 何をしても、どう考えても、今までのように生きる気力は湧いてきませんでした。死のうとは思いませんが、

これ以上どう生きていいのか解りません。

 涙を流す事しかできませんでした。

 そしていくら涙を流しても、何も変わらないのです。気持ちは晴れません。

 そんな時に思い出したのが、戦場で聞いた噂。詳しくは解りませんが、不況でどうしようもなくなった人達が

集まり、日夜踊り明かしているそうです。

 多分、理由は無いのでしょう。今の八宗兵衛と同じように、何かをしていなければ狂ってしまう、でもする事

がない、気力がない。だから何の意味もない事を誰かと一緒に続けるのです。

 八宗兵衛もそうしようと思いました。真っ当に生きる気力、これ以上頑張ろうという心はどうしても湧きませ

んでしたが、ただ踊るだけなら何とかなるかもしれません。

 他にする事もありませんし、何も残されていません。

 でもそんな彼にも村の人達は手を差し伸べてくれました。恥ずかしかった。本当はその想いに応えてあげたい。

でもその気力が湧きません。どうする事もできませんでした。

 彼らを無視していたのは、申し訳なくて合わせる顔、返す言葉が見付からないからでした。

 せめてもとお金を渡してましたが、それも無くなり、家にもあげられる物なんてありません。母一人子一人の

八宗兵衛一家はこの村でも特に貧しい方でしたから。

 踊りを止める事ができればよかったのですが、そうすると押し寄せる絶望と悲しみに耐えられなくなります。

 このどうしようもない想いを消すには、本当にどうしようもない事をするしかないのです。

「やっほい、やっほい」

 だから八宗兵衛は死ぬまで踊り続けるしかありません。

 いや、本当は怖かったのでしょう。死ぬ事、一生懸命働いても奪われるだけである事、それが彼は怖かったの

です。

 そうして、いつの間にか踊る事しかできなくなっていたのでした。

「やっほい、やっほい」

 彼にはもう何も無いのです。

 踊る事しかない。そう思い込んでおりました。

 でも今日こそはと決心しました。これ以上迷惑をかけられない。このまま村から出て行こうと。

 行く当てはありません。でもそんなものは要りませんでした。着の身着のまま踊り続け、その果てで死を迎え

よう。そう考えたのです。

 救いが無いのなら、そうするしかありません。

「やっほい、やっほい」

 道も今まで歩いた事もない道を選びました。

 知っている場所から離れる方、離れる方へ道を選びます。

 急ぎもしませんが、立ち止まりもしません。疲れても、飢えても、渇いても、行ける所までいき、踊り続ける。

そう決意したのです。

「やっほい、やっほい」

 八宗兵衛は力いっぱい踊り、声を出しました。手を抜く事は許されません。そんな事をすると母の事、父の事、

村の事を思い出してしまいます。本当はあるはずだった幸せな記憶から逃れられなくなってしまいます。

 涙が出てきました。いつもは出ない涙。でも今日はきっと彼にとって最後となる出発の日。今までこらえてい

たものが溢れたとしても、誰が責められるでしょう。

「やっほい、やっほい」

 八宗兵衛は泣きながら踊り続けました。

 そして進みます。彼の知らない土地へ。

 どこでも良いのです。彼の事を誰も知らなければ。

「やっほい、やっほい」

 道を歩いているのですから、たまに誰かにすれ違う事はあります。どんなに寂れた道であっても、それが道で

ある限り誰かが通る道理です。しかし誰もが八宗兵衛を無視しました。

 彼らは村人とは違います。八宗兵衛と面識がありません。彼がこうしている理由も、何を目的としているかも

全く知りません。狂人としか思えず、狂人には誰も関わろうとしない。それが当たり前でした。

 狂人は珍しくありませんでした。不況の中、もうどうにもならなくなっておかしな行動をとる人は、多くはあ

りませんが居たのです。

 八宗兵衛が聞いた踊り狂う集団のような人達はどこにでも居ました。八宗兵衛と似た理由を持って、彼らも踊

るのでしょう。何かをしていなければどうにもならない気持ちに押されながら。自分で無意味だと解っている事を。

 まさに今の八宗兵衛と同じです。

 生きる事さえ望んでいないのかもしれません。

「やっほい、やっほい」

 八宗兵衛は絶え間なく踊り続けましたが、彼も人間、疲れもすれば腹も減り、喉も渇きます。いつまでも続け

ていられません。

 でも彼にはある信念がありました。一度踊り出せば、日が暮れるまでは決して止めないと。

 それは罰のようなものだったのかもしれません。自分に課す罰。

 そうでもしなければ、身の内、心の底から湧いてくる罪悪感を忘れる事ができないのでしょう。

 八宗兵衛は必死に踊り歩き続け、今日も何とか夜を迎える事ができました。

 夜になれば食べて飲んで寝ます。

 途中で見付けた川か池、そしてその辺に生えている草か茸、果物などをあさって食べます。

 近くになかった場合はあきらめるしかありません。

 渇きと空腹で眠れない事もありますが、そういう場合は黙って体を横にしていました。眠れなくても良いので

す、また明日踊る事ができれば。

「やっほい、やっほい」

 朝がくれば欲を捨てて踊り続けます。

 しかしこんな事が長続きできる訳がありません。

 八宗兵衛は村の人達のありがたみを強く感じました。それまで好き勝手に踊れていたのも、村の人達が助けて

くれていたからです。

 生まれた時からそうでした。早くに父を亡くした彼と母を陰に日向に助けてくれた人達が居たからこそ、今の

彼が居るのです。

 それなのに苦しみの余り狂ったふりをして、助けてくれた人達を裏切ってしまいました。

 自分のやっている事の虚しさを痛感します。

 母がその身を尽くして八宗兵衛を健康な大人にしてくれたというのに、彼がしている事と言えば、全ての恩義

を捨てて死ぬ事だけ。

 それは裏切りではないでしょうか。彼を助け、愛してくれた全ての人達に対する裏切りではないでしょうか。

 母はとうに限界を迎えていました。夫の死を伝え聞いたその時に、彼女の心は砕け、身も朽ちていたのです。

 それでも生きたのは、八宗兵衛が居るからです。

 母の半生はまさに八宗兵衛だけの為にあったのです。

 村人達もその想いに力を貸してくれました。

 その結果がこれです。

 病弱な母に耐えるのは無理だったでしょう。でも八宗兵衛は違います。彼は誰よりも健康です。誰よりも丈夫

なのです。

 自分はこれでいいのでしょうか。本当にこれでいいのでしょうか。

 死を間近に感じている今、強くそれを想います。

 そして思い出しました。戦場に居た時の事を。あの時の八宗兵衛は生き延びる事に必死でした。例え全てを犠

牲にしてでも母を残しては死ねない。その一心で生きたのです。

 つまり、彼を生きて村に戻らせてくれたのも母でした。

 そうして得た命を、こんな愚かな事で費やそうとしています。自責の念が強く彼の心を襲います。

「うう・・・うううう・・・」

 もう、やっほい、やっほいとは言えませんでした。

 踊る意欲も湧きません。

 彼にできる事は倒れ伏し、泣き続ける事だけ。

 そしてそれすら無意味である事を、今の彼は知っています。

「戻ろう。戻りたい、村へ。でも、今更どの面下げて戻れるのか・・・・」

 戻って今までの事を謝れば、もう一度村に置いてくれるかもしれません。でもそれだけでは誰も本当の意味で

は許してくれないでしょう。

 それくらい八宗兵衛は異様な事をしていました。自分でも、理解できます。

「進もう、全てを取り戻す為に、昔はあの村に置いておく。俺は生まれ変わったのだ。そう思おう。八宗兵衛で

はない誰かに、俺は、なるのだ」

 八宗兵衛は自分の名を捨てる事にしました。

 もう死ぬ事は考えません。何があっても生き続けます。どこまでも、どこかへ。

 例え村人の助けがあったとしても、朝から晩まで踊り続ける事ができたのです。そんな事ができるなら、なん

でもできるはずです。

 それに生きる為なら、母がきっと力を貸してくれるでしょう。

 そう信じました。

「よし、俺は今日から八だ。何にもないただの八。それでいい」

 それは子供の頃よく友達から呼ばれていた名です。

 八宗兵衛はその名を使う事で、始まりの初めからやり直そうと考えたのでしょう。



 それから十年。八宗兵衛は生まれ故郷の村に帰ってきました。

 勿論、踊り狂う八宗兵衛としてではありません。立派な侍になっていました。

 死ぬ気で働き、戦にも積極的に出て、ついにはある大名に仕官できたのでした。無私無欲に懸命に働く彼はと

んとん拍子に出世し、今では一部隊を任されるまでになっております。

 決して高い地位ではありませんが、堂々と武士と名乗れるまでになったのです。農民の子がそこまでなれるだ

けでも奇跡でした。

 この時代が生まれ変わった彼には幸いしたのです。不況で人心が乱れ、戦が多くなっていたからこそ、立身出

世の機会も与えられました。

 彼は戦に父と母を奪われましたが、戦によって栄華を得たのです。幸不幸はまさに紙一重であります。

 村人は立派になった八宗兵衛に涙し、全ての罪を許しました。八宗兵衛もまたその想いに報いるべく、生涯そ

の村の為に尽くしました。父と母、そして誰よりも昔の自分の代わりに。

 八宗兵衛はこの村の領主となって穏やかに治めたという事です。

 ただ家庭を作ろうとはしませんでした。生涯結婚せず、村の為だけに人生を捧げたのです。それが彼の罪滅ぼ

しだったのかは解りません。彼は自分の想いを人に語る事も、文章に残す事もしませんでした。まるで初めから

無かったかのように生きたのです。

 彼の残したのは豊かになった村と、引き取った戦で両親を失った子供達だけでした。

 八宗兵衛の地位はその内の一人が継ぎ、代々名を残すような立派な家柄になりました。世襲制ではなく、初代

八宗兵衛の遺志を尊重し、拾い子から跡継ぎを選んだのが良かったのかもしれません。長く続けば色々あります

が、少なくとも他家よりはましでした。

 そして幸いな事に、誰もが八宗兵衛の遺法を守ったのです。

 八宗兵衛にどんな想いがあったのかは解りません。きっと、彼だけが知っていればいい理由だったのでしょう。

でも人の生き方は、どれだけ消そうと思っても、必ず残るものなのです。

 良い悪いは別として。

 そんなお話。




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