ゆき


 白くてほわほわとやわらかい。美しくもあり、いとおしくもあり、気持ちよさそうに笑う。

 その表情を千、万に変えて飽きさせない。見ているだけであたたかく、胸の奥が優しく潤っていく。

 冷たく見える時もあるけれど、そんな時も触れればきっとあたたかい。

 熱いくらいに心が灯っていて、それでも恥ずかしそうにその心を隠そうとする姿は微笑ましくもある。

 そんなひとひらの雪。

 暑い夏にも負けずに頑張っている。僕の目の前で、見えない所で、風に舞うように気まぐれに、でもそ

の心はいつも一直線で、だからこそ見えにくいのかもしれない。

 心地よい冷たさの中で、まるで冬に逃げ込むように、必死に隠しているようにも見える。

 今は夏だから、あらゆるものを溶かす暑さの中で、全てをさらけ出すしかないけれど、それでも頑張っ

て居てくれる。

 真夏に一つだけ残ったゆき。

 何ていとおしいのだろう。

 一つだけゆらゆらと揺れるその姿が愛らしくて、悪いと思いながらそっと触れてみる。

 でも触れられない。

 手を伸ばせば届きそうな距離で、しかしその手が届く事はない。

 諦めたくはない。でも簡単でもない。

 仕方なく手を引くと、名残惜しそうに寄ってくる。まるで僕の中に自分が居るべき筈の冬の日を見てい

るかのように。

 その目には僕の何が冷たく映っているのだろう。

 それとも僕そのものが冬なのだろうか。

 雪にとっては、それがあたたかいのか。

 やっぱり冷たいのか。

 だから帰りたそうに、でも今ここに居る日を惜しむかのように、一緒になるのを怖がるかのように、飛

び込んで来れないのかもしれない。

 迷いがある。

 それは僕も同じだろう。

 どこか遠慮していて、例え今居る場所で手が届かないでも、もう一歩踏み出せば手に取れそうなのに、

怖がって踏み出せていない。

 この手に掴んで、溶けてしまうのを恐れているのだろうか。

 いや、違う。

 戸惑っているのだろう。

 もしかしたらお互いにそうなのかもしれない。

 初めての事だから、そうしたくても不思議と素直になれない。簡単な事もできない。どうしていいかが

解らない。日々生まれてくる新たな感情に、追い付けない気持ちがある。

 だからゆっくり近付いて、ひらひらと浮かび舞って、落ち着かせながら心が追い付いてくるのを待って

いる。

 優しくしたいからこそできない事がある。それを知って悲しむのか、喜ぶのか、解らないけれど、でも

今楽しいのは事実だ。

 触れず離れずのこの距離が、少しずつ狭まっていくのが楽しい。

 むしろその為にお互いが居るかのように。

 あたたかい優しさに包まれて溶けて一緒になる日を待っている。

 どちらがどれだけ待っているのかは解らないけれど、同じ気持ちである事に違いはない。

 だからこうして一緒に居るのだろう。

 冬に帰る前にもう一度。

 気難しい季節外れのゆきは、それでも僕の傍に居る。




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