夕日の木


 夕暮れに染まる頃、一本だけ何よりも黒く染まる木。

 それを僕らは夕日の木と呼んでいる。

 皆朱に染まっていく中、一人だけ真っ黒に立っている。そんな不思議な木。

 そんな不思議な木が僕らは大好きだった。

 友達も、そのまた友達も、大人も子供も関係なく、きっとこの街に居る全ての人が、この木の側で遊んだ

事がある。

 小さな丘、広く切り開かれた場所に一本だけ細く長く立つ木。

 とても真っ直ぐで、誰よりも天に向かって伸びている。

 誰よりも目立って、どこからでも見える。

 だから自然と子供達が集まってくる。今日もあの木に行こうよ、って。

 そして夕日の木が真っ黒に染まる頃、皆ばらばらに帰っていくんだ。

 また明日ね、って言って。

 その明日がずっと来なくなってしまった子も居たし。

 そう言った方が来なくなってしまった事もあった。

 それでもあの木だけはいつも同じ場所に居て、ずっと約束を待っている。

 一本だけ黒く染まるのは、その子がどこに居ても見付けられるように、見つけて欲しいからだと思う。

 小さな丘。そこに生える木。そんなものはどこにでもある。ありふれている。

 でも夕日に黒く染まる木なんてない。だから思い出したら、すぐに解る、戻ってこれる。

 何も憶えていなくていい。ふと思い出した時に帰ってきてくれればいい。そんな風に、夕日の木は皆をず

っと待っている。

 今日も黒く染まって皆を送り、帰ってくる誰かを待っている。

 あの空と雲に、絶対朱に染まるものか、って誓いながら。

 負けないぞ、って呟きながら。

 きっと今日も待っているんだろう。

 そして明日も待っているんだろう。

 それはいつでもいい。その日までずっと待っていられる。

 夕日の木はいつもそこに居るのだから。




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