雄大を雲に乗せ


 ある晴れた日、晴れた雲が浮かぶ。

 白い雲が一面を覆い、さながら雲が天である。

 海を母と生まれた雲は、不思議に天を好むのか。いや、もしかしたら母なる海の為に空を隠すのかも知れ

ない。どちらにしても雲は雲として生き、雲はただ雲であろう。

 しかし雲は雲であっても、また二つの雲がある。

 今言った白い雲と、そして黒い雲である。

 どちらがどちらとも言えず、二つは共に雲であるのだが。しかしその姿はもう別雲と言って良いだろう。

その為に、しばしば争いも起こってしまう。

 黒雲はどうも激しい気性のようで、白雲のように回りくどい事をせず。もう、この大地全てを海にしてし

まえば良いと考えた。そうすれば全てが我が母、海であり。海が全てになれると。

 それはどんなに素晴らしいだろうか、この世でただ母である海だけが偉大であり、その他の大地も天も何

も要らない。

 わざわざ身体を黒くしたのにも訳がある。何しろ白雲ではまだまだ空を隠し切れていないのだ、その奥か

ら透けてくる光からも、やはり空を感じてしまう。空には太陽と言う恐るべき協力者がいたのだ。

 だけども黒雲であれば、その光も遮る事が出来る。

 なんて素晴らしい、黒雲は自分こそが最も母の事を考え、最も母に貢献していると考えていた。

 だからその他の者が、地上の者がどうなろうと省みもしないのである。自分が、自分だけが正しいと思っ

ている限り、それは黒雲にとって絶対な考えであったのだ。例えそれが他者を踏み躙る行為だとしても、や

はり黒雲にとってはそれが正義である。

 そしていつしか黒雲は本来仲間であり、兄弟でもある白雲をすら疎んじ始めた。

 お前はまだまだ甘いと言うその思いが苛立ちとなり、その苛立ちがまた怒りへと変わるのにはそう時間が

かからない。そう、全ての怒りの源は苛立ちである。

 それに何故黒雲かと言えば、母である海の化身である水分をより多く含んでいるからであり、その点でも

白雲を疎んじるには充分であったのである。お前は母をその程度にしか受け入れていないのか、自分は黒く

なるほど母を思っているのだと。

 

 そうして黒雲は白雲の制止するのも聞かず、どんどんと雨を大地へ降らせ始めた。

 初めは海の近くだけだったのに、次第に勢力を伸ばし、いつしか大地の全てにまで雨を降らせるようにも

なっていってしまったのである。

 白雲もこれ以上黙ってはいられないと、力ずくでも止め様としたけれど。逆に黒雲に追い払われ、それ

だけで無く無理矢理水分を移されて黒雲に取り込まれてしまった白雲もいた。

 次第に白雲は少なくなり、それに反比例して黒雲の存在がより強く、大きくなっていったのである。

 海も黒雲が自分の為を思っているからしている事だと思えば、強く止める事も出来ず。そう言うわけでど

うにも困ってしまっていた。やんわりと説得しようと思っても、もう黒雲はそんな程度では聞く耳も持って

はくれない。どうやら自己陶酔し始めているようで、母の為に、と言う当初の志もどこかに置き忘れて一人

歩きしているようにも思える。

 こうなれば、もう駄目だと。もう何を言っても無駄だと思った海は、更に困っていた大地と相談をし、そ

れからゆっくりと大地を押し上げ始めたのである。そして大地も力を振り絞って何とか起き上がり始めた。

 すると押し上げられた大地は少しずつむくりと起き上がり、次第に高く高く天まで届く程の山となった。

 自然、黒雲は行く手を遮られ、徐々に海へ海へと押し戻されていく。

 勿論黒雲も反撃の体当たりを繰り返したが、流石に山の前にはどうしようも出来ず、水分を撒き散らして

徐々に小さくなるのみであった。そしてその度にその力も弱まり、取り込まれていた白雲も少しずつ解放さ

れていったのである。

 しかし母の為にやっていたはずの黒雲は当然この母の仕打ちに哀しみ、悔しくて悔しくて今も変わらず山

に戦いを挑んでいる。いつか、いつかこの山を越えて、全てを海に変えようと。そうすれば、母も喜ぶと。

今は自分を母は誤解しているだけに違いなく、あの白雲と大地に騙されているだけだと。



 雨の日に何故か少し暗い空気を感じるのは、もしかしたらこの黒雲の哀しみが降る雨に宿っているからか

も知れない。

 そして白雲はいつまでも哀しみながらそれを空で見守っている。雨の降った後をまるで優しく宥めるか

のように。大地に謝り、そして雨を早く海へと帰してあげたいとでも言うかのように。

 海は川となり降り注いでくる雨から黒雲の思いを受け取りながら、何も出来ない自分を悔いている。

 海が時に荒れるのはその哀しみ故か、はたまた雨に宿った黒雲の想いが強過ぎるからか、それは誰にも解

らない。

 天も例え自分を遮ろうとしている雲の事でも、流石に悲しくなり。時に黒雲が激しすぎて大雨になった時

は、地上の者にこれは天の怒りであると言い。その罪と恨みを静かに引き受けてやっている。

 そしてこの哀しい物語は今もずっと続いているのである。いつ終るのか、はたまた終るがあるのか、そ

れすらも解らないままで。




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