重箱


 二人連れが繁華な街を歩いております。

 おのぼりさんらしく、一人はこう腹を突き出して傲然と歩いておりますが、着る物はちぐはぐで、どう

も似つかわしくなく、別の意味で目立っております。

 しかしそれを注目されていると勘違いしておるのでしょう。ますます意気揚々と歩き、くすくす笑い去

る人にも気付きません。

 もう一人はお供でしょうか。へこへこと頭を下げながら、後ろから如才なく付いて行きます。

「おう、ここが市(イチ)ってえとこかい」

「へえへえ、ここが市でございます」

 物見見物に来るにしても、市見物たぁ珍しうございますな。

 どこぞの大店の主かと思いきや、市も知らないとなると、これは大田舎の大地主といったところでござ

いましょうか。お金と権威はあっても、全く物を知らないご様子で。今まで人にとんと笑われた事がない

から、今笑われているのにも気付かないのでしょう。

 供の方は笑われているのに気付いているようですが、こいつも性根が悪いらしく、それとなく教えよう

とは致しません。

 下手な事を言えば首が飛んでしまうのかもしれませぬが、真に不義理な関係でございます。

「おう、あのかっついでるのは何でえ」

「へえへえ、あれは荷(ニ)でございます」

「ほう、あれが荷けえ」

 真に馬鹿な事に感心しておるもので、また行き交う人の笑いを一段と誘っております。

 そんな風にして行きますと、また旦那の方が足を止めます。

「おう、あそこにあるのはなんでえ」

「へえへえ、あれは賛(サン)でございますな」

「じゃあこっちはなんでえ」

「それは詩(シ)でございます」

「へーえ、ならこれはどうだ」

「へえへえ、それは語(ゴ)でございます」

「やるじゃあねえか、こいつはどうでえ」

「そいつは録(ロク)でしょう」

「へえ、こいつぁてえしたもんだ」

 旦那は何だか酷く関心しておるようですな。供の男は義理はないようですが、なかなかの物知りでござ

います。きっと都から悪さして、誰知らぬ田舎へと、流れて来たに違いありません。

 そう考えるとその目つきまで怪しく思えてくるのですから、人間の見方ってえのも不思議でございます。

 旦那は面白がってどんどん行くようで。

「おう、行き止まりけえ。ここはなんだい」

「へえ、ここはどうやら私地(シチ)のようで」

「へーえ、そうきたかい」

 二人は道を引き返します。

「おう、これならいけめえ」

「へえへえ、そいつぁ鉢(ハチ)で」

「けッ、そうきたかい。何だかむらッ気が出てきたねい。こいつぁどうだ」

「へえ、そいつは句(ク)とこうなりやす」

「これではどうでい」

「ははあ、そいつは重(ジュウ)箱でございますな」

「ちっと苦しいが、まあよかろ。ならこっちはどうだ」

 すると今までひょこひょこ従っていた供が、旦那を見て。

「旦那様」

「なんでえ」

「流石に十以上はいけねえや」

 お後がよろしいようで。


注:小噺 掛物、落語 一目上がり、などを参考にさせていただきました。




EXIT