1.異人一 戯れ


 大宇宙の切れ端にて、蒼き一個の星を見詰める船団があった。

 規模はどれほどであろうか、詳しくは解らないし、それを知る意味も無いかも知れない。ただ意味がある

とすれば、その中に在るただの一つの船である。

 船と言うのか円筒と言うべきなのか、或いは宇宙戦艦と言えば解りやすいのか。ともかくもその船には無

数の者達が巣食っており、その一個の蒼き星を皆一様に覗いている。監視と言うよりは興味の方が重いだろ

うか、仕事よりは趣味と言った方がよりその光景には相応しい事だろう。

 ともかく彼らの基本的な考えが解らない以上、どう伝えようとしても伝え様も無く。伝えたとしてもやは

り誰にも理解出来ないのだろう。つまりはそのような異人がその船には存在しているのだ。

 その異人達が覗く蒼き星には衛星が一つあるが、こちらには生物が見えず。例え居たとしてもその星の表

面は空々で穴だらけであり、見ていても詰まらない。だから異人達もその衛星はまるで無視していた。

「ギー、蒼人達の様子はどうかね」

 艦長らしき者が重々しく尋ねた。彼の声はどこに居ても船内の到る所へ届くようになっている。大声を出

す面倒も、一々各員に通達する手間も無く、非常に便利なシステムと言えるだろう。最初の、ギー、と言う

妙な擬音は、どうも異人達のあいさつらしい。蒼人達の言葉を借りれば、どうも、が近いだろうか。そう言

う簡単に言えば、多意味を持つ言葉なのだ。

「ギー、特に異常は無いですね。まあ我々から見れば異常なしの時が異常でありますが」

 何人も居るオペレーターらしき者の一人が返事をする。おそらくその中でも一番階級が高いのだろう。

 艦長の声は全てに届くようになっているが、その為に全てから無数の返答が来る事になる。だからそれを

整理する役目の者が必要となってくるのだ。便利な反面、こうした面倒でもあったが。それでも便利さがよ

り上回れば、誰でもその便利さを求めるのが当然と言うものだ。

「そうか、それはつまらんな。どうもこの最近の蒼人達はつまらん。何か面白い事でも起こさないものか」

 異常無しとは言え、その星の到る所では様々な闘争が繰り返されているのだったが。しかし異人達もそれ

はいつもやっている事なので正常であり、何よりも見飽きて刺激が無い。そんな下らない事よりも異人達が

興味を持ったのは、この蒼人達の脆弱な心の方であった。

 この蒼人の心、これのなんと面白い事か。まるで溶岩と氷河と隕石が同時に混ざり合ったかのような、そ

のような無茶苦茶な不可思議さと。時にその心の持ち主の思惑とはまったく逆の方向に向かうと言う、その

愚かしさと情けなさが、見ているだけでまったく楽しくてしょうが無い。

 ただ蒼人の心でも、異人達は妬みや蔑み、怒りや自己満足などと言った自分達にも多く存在する感情には

興味がさほど湧かなかった。むしろ悲しみや慟哭、絶望や無力感、そのような弱々しい心にこそ、大きな笑

いを感じた。

 異人達が生み出して来た娯楽のどれよりもそれは面白く、また興味深いモノであった。

 しかし最近はそれにすら飽きて来ている。異人達は飽きっぽく常に大きな刺激を欲していたから、多少の

事ではすぐに慣れ、また飽きてしまえばそれまでであった。

「ギー、このままでは非常に退屈である」

 その為、艦長はとても苛立っていた。このように無為な時間を過ごす為に、わざわざこのような星まで来

た訳では無い。詰まらないと言う事は異人達にとって、甚だ罪であったのだ。

「そう言えば艦長、最近の退屈を紛らわす為に少々面白い趣向を用意すると、科学者どもからそのような通

達がありました」

「ギー、解った。少し行って見るとしよう」

 勿論このブリッジに居れば、船内のどの場所も見る事が出来るのだが。やはり生で見聞きするに越した事

は無い。何よりその方がとても刺激的である。

「そう言えば久々に歩いたぞ」

 退屈でしかなかった歩く、移動と言う行為も。しかしたまにやれば刺激的なモノに感じる事を艦長は発見

した。その刺激に多少満足しながら、艦長は科学者どもの元へと向かったのだった。 



 異人達は何も監視する為だけにこんな星まで来た訳では無い。勿論彼らの興味を満たす事は、また彼らに

とっては非常な重要事ではあるのだが、それ以上に切実な問題があった。

 ようするに捕食の為である。つまりこの蒼人達を食糧とするのだ。異人達も生物である以上は、他者の命

を喰らわねば生きてはいけない。そして純粋な狩猟民族とも言える彼らには濃厚栽培や家畜と言う手段も持

たず、そう言う事が発想すら出来ない。いや、する必要が無かった。

 全てのモノは目の前に在り、後はただそれを奪えば良いのだから。それが彼らのやり方であり、生存本能

でもあったのだ。

 その為にはこの宇宙に無数に浮かぶ船団でその星に突入し、そのまま捕食の限りを尽くせば簡単なのだが。

それでは大切な食糧である現星人を無意味に殺してしまい、保存も出来なくなるので大変効率的では無い。

であるから、一般的に彼らは捕食用の戦闘機械を使って星人狩りをさせるか。或いは直接隠密に星に下りて

攫ってくるかの、二通りの手段を用いる。

 ようするに異人達の存在を星人達に知られない事が、まず第一なのであった。

 その戦闘機械を造る科学者どもが今回面白い趣向を用意すると言う。果たしてどんな趣向なのであろうか、

あのイカレ頭の科学者どもであるから、とにかく面白いものなのだろう。艦長も少なからず期待していた。

この退屈を紛らわす為なら元々何でも良いのだ。

「ギー、艦長お疲れ様です」

「ギー、早速で悪いが、どんな趣向を用意したのだ」

「艦長は相変わらず落ち着きがありませんな。それでこそ艦長であります」

 科学者は鉄くずを噛み擦るような笑い声を立てた。どうもこの異人達は窓ガラスを掻き毟るような妙な笑

い声をしている。まあ、その存在から妙であるから、妙で正常なのだろうが。

「はい、実はこの戦闘機械なのですが。まあ、御覧下さい」

 科学者に指し示された方角に目をやると、そこには蒼人とまったく同じに造られた存在が置かれていた。

すでに自我も創られているからして、物では無く存在と言うべきであろう。まあ、その現星人とまったく

同じに創られる事が、捕食機械の仕事柄一番便利であるので。そのように造られるのも別段どうという事は

無かった。

 つまりはありふれた捕食機械である。

「ギー、この機械がどうかしたのかね」

 だから艦長も不審そうに再度問うた。

「ギー、確かに見た目は普通なのですがね。実はこれには蒼人の心を植え付けてあるのですよ」

 科学者はまたしてもきりきりと擦り切れるような笑いを洩らした。

「なんと、それは面白い」

 蒼人の心を持った捕食機械。それに蒼人を襲わせれば一体どうなる事だろう。その心は一体どのように歪

み、引き裂かれるのか。何しろあの脆弱な心である、絶望を通り越した未知なる刺激すら異人達に見せてく

れるのかも知れない。

 そう思うだけで艦長が身をひしひしと快楽で痺れるような気持ちさえした。

「もう完成しているのか」

「はいはい、後は送るだけですよ」

「それではさっさとしてくれ」

「ギー」

 こうして蒼人の心を持つ捕食機械が蒼人の住む星へと送られたのであった。果たして彼は異人達の期待に

応えてくれるのだろうか。真に楽しみである。




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