ある島にて・・・（三十日目・一意専進）

三十日目（一意専進）

　砂浜から脱出した私はそのまま街へと向かう事にした。

　危機感に追われているように駈ける。

　こういう時に後ろを振り向くのが怖い。

　何か得体の知れない恐怖が迫っているようで。

　実際見てみると何の事は無いただの気のせいと解るのだが。

　ともかくも街外れまで全力疾走をしてしまった。

　オリンピックでも出ればメダル確実の走りだったと思う。

　ここまでくればと後ろを振り返ると。

　遥か彼方から踵の１５ｃｍほど後ろの辺りまでざっくりと無数の切れ目が走っていた。

　そして横に唐辛子がにやりと微笑んでいる。

　唐辛子は惜しかった惜しかったと愉しそうに茂みに消えて行った。

　取り合えず深呼吸。

　人生世の中紙一重だ。

　

　老人参の庵を訪ねる。

　いつも通りの穏やかな笑顔であたたかく迎えてくれた。

　色々お世話になったねえと美味いお茶を淹れてくれる。

　すっきりとした味わいで後味も爽やかだった。

　投票に行って来たところらしい。

　ピーマンの芽が出ててなかなかに大変だったそうだ。

　それからのんびり日が傾くまで話した。

　改めてこの島の事を聞いてみる。

　何でもここを出ようと考えた者も少なくは無いらしい。

　だが海流の関係で船出してもすぐにここに流れ戻されてしまう。

　潮の強さは異常な程で少し沖に出ただけでもう。

　オールでこいでもこいでも進めない。

　だから海から出るのは難しい。

　可能性があるとすればあの岩山の向こう。

　あの未知の区画だけだと言う。

　しかしあの山を登れた者はいない。

　落ちて怪我をするのが関の山だと老人参は溜息をついた。

　確かにあの山を普通に登るのはどう考えても・・・・。

　二人で再び溜息をついた。

　老人参は知り合いをあたってみるからと難しいそうな顔をした。

　でもそれしか無いのならやるしかない。

　どんなに困難であってもやる事が一つしか無いのなら。

　かえって腹を括れていいというものだ。

　考え込む老人参には悪かったが私は少しすっきりした。

　私も色々と調べてみますとお茶の礼を言って辞した。

　

　帰り道に物陰でほくそ笑む唐辛子を見た。

　暇なんだろうな・・・・。　　

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