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 端的に言えば、クワイエルに与えられた依頼と言うのは、ある建築物の調査であった。

 その内容は神官長より紹介された白髪の男、マーデュスから説明された。

 このレムーヴァには広大な森林が広がっており、それを日々切り倒し道を造って開拓しているのだが。

ある時、忽然と開けた場所に出、その広場に異様な塔が建っていたのだと言う。

 デザインはシンプルだがどう見ても悪趣味な色彩に禍々しさすら感じる塔で、おそらく魔術師(力はあ

るが変人な方の)が建てたモノでは無いかと推測される。

 力ある魔術師であるならば、この未開の地に居るのも不思議では無いし。人目を避けるようにこの場所

に塔を建てる事も、変人と言う二文字で全てが納得出来た。

 ともかくそのままではこれ以上の開拓が出来ないから、力量のある冒険者を選び、塔の主と交渉すべく

その塔へ派遣した。しかしやはりと言うべきか、その冒険者達が一向に戻ってこないらしい。

「つまりは良くある話しですな」

 マーデュスはそう言って苦笑を漏らした。

 モンスターの巣窟に住居を構えたり、わざわざ迷宮などを拵(こしら)えてそこに住んだり等々、古来

から魔術に秀でた変人達の不可解な所業は後を絶たない。

 いやむしろ、元々の魔術師達は全てがそのようであったとも言える。

 彼らは主に自らの利益の為にルーンを研究し、その研究内容を他者に知られる事を極端に恐れた。であ

るから、わざわざ人の来れないような場所に住んだり、モンスターを飼い馴らして門番にしたり等、そう

言う事は彼らからしてみれば当然の事であったのだ。

 今でこそ神殿が力を持ち、魔術の管理権を全て受け持っていると言う事になっているが。昔は魔術とは

最も個人的なモノで、秘伝、奥義、そう言った語感を伴うものであった。

 その伝統と言うか秘密主義を受け継ぎ、我こそが真の魔術師であると、古来の魔術師と似たような生活

をする者が、つまりは現在の魔術師像であるとも言える。

 マーデュスの言うとおり、正に良くある話しであったのだ。

「塔へ派遣した冒険者は、彼らの仲間内でもそこそこ名の知れた者達だったのですが、やはり魔術師相手

には部が悪いようでして。それならば同じ魔力を持つ専門家ならと神殿へ協力を要請し、そして貴方がこ

こに来られた訳です」

 そしてマーデュスはよろしくお願いしますと、締め括りに深く頭を下げた。

 ルーン魔術を行使出来る異能者には、同じ力を持つ異能者でしか対抗する事は出来ない。しかも相手の

手の内の中へ行くのでは、むざむざ死にに行くようなものである。魔術師の住居の防衛設備は、或いは王

城ですら凌駕してしまうのではなかろうか。

 この際その塔を無視してしまうのも手なのだが、開拓をするには塔の周りを騒がす事にもなるし、そう

なればその所有者は黙ってはいないだろう。本来そう言う雑踏が嫌いだから、こんな場所に塔を建てて住

んでいるのであろうし。

 しかし魔術師には魔術師以外には太刀打ち出来るはずもなく、そう言う変人魔術師には誰もが苦労して

いる。神殿に協力を頼むにも、当然多額の寄付を要求される訳であり。しかも神殿の性質上、神官が派遣

されてくるのが何時になるのかも解らない。

 魔術を使う才能と言うのは、戦争の巧者と同じくらい稀有な才能だと言われている。神官の総数も多く

なく、魔術師に対抗出来る程の力を持つ神官となれば尚更少ない。

 そう言う事情もあるから、マーデュスとしてはこの機会に何としても解決して欲しい。その心が如何に

もこの深々とした礼に現れていた。

 派遣されるのが魔術師だろうと神官だろうとそれは関係ない。ともかくこの事態を解決し得る力を持つ

人間が必要なのである。

「なるほど、私はその塔を調査すれば良いのですね」

 クワイエルは相変わらず何処かぼんやりとしたまま頷いた。それが不思議と頼もしく見える。

「となれば準備が必要ですが。それはマーデュスさんに頼んでもよろしいでしょうか」

「ええ、それは当然です。何でも御申し付け下さい」

 マーデュスは海運業を営んでいるらしく、物資や資金などはある程度何でも揃えられるらしい。

 こうしてクワイエルは即座に準備に取り掛かった。意外に動きの機敏な男であるようだ。 



 建築物の探索に必要なのは、鍵開けのスキルと明りである。それに罠回避の手段があればもっと良い。

 ようするに盗賊的な能力を必要とする。言って見れば不法侵入をするのだから当然の事かも知れない。

古代遺跡の発掘など都合の良い言葉も無数にあるが、それらもやっている事は盗賊とさして変わりは無い

のだ。これを皮肉と見るか、それもまた人間と悟るか、それは個人の裁量に任せたい。

 クワイエルも常識としてそのような事は知っており、まずマーデュスにその手のスキルと経験を持った

人材を探して貰うように依頼した。この大陸ならその手の能力者を探すのは訳無いだろう。

 出来れば護衛役も欲しい。魔術師と言っても体力的には通常の人間と何ら変わる所は無いので、それを

補う戦闘のスペシャリストがいれば俄然心強いと言うものだ。

 出来るなら戦士と盗賊が二名ずつ欲しい。もし一人しかいなければ、その一人がいなくなってしまった

時に最悪の事態になる事が予想されるからだ。

 だが三名ずつとなると、少し多過ぎるかも知れない。

 どの程度の規模の塔なのかは知らないが、あまり大勢で行けばかえって身動きが取れなくなる可能性が

あった。それに塔の主としても、大人数で押し寄せられれば尚の事不快に思うだろう。なるべく話し合い

で決着が付けられれば、それに越した事は無い。

 最も、すでに幾度か調査隊を派遣して、それが誰一人戻ってこない事を考えれば、平和的に交渉できる

とは考え難い相手であるのだが。

 まあ何にしても、この大陸には冒険者が数多く居るので、その辺は考えて揃えてくれるだろう。その程

度の力量をマーデュスに見込んでもおつりが来るはずだ。

 如何に神殿があるとは言え、それだけでは秩序は保て無い。やはり力が居る、組織力も必要となる。マ

ーデュスはおそらく神殿に力を貸す代わりに、ギルギスト港内での商いその他を一手に取り締まっている

のだろう。

 でなければ塔の調査依頼と言い、神官長とも少なからず面識がある事を考えると、辻褄が合わない。

 これがもし無能者であれば、この大陸に足を踏み入れた瞬間、性質の悪い冒険者に家財などから全て毟

り取られてしまっていたに違いない。

 つまりは準備などは彼の言う通り、全て任せれば良いという事だ。

 クワイエルもそう思ったのかどうか解らないが、簡単な説明だけをして細かい事は全て任せた。しかし

度胸の良い態度に反して、その表情は真面目そうでいて、先ほどとは一転してどうにも不安な所があり、

マーデュスはこの魔術師の為にもよほど良い部下を付けなくてはと思ったようだ。

 そして好意的な態度を更に深めるようにして。

「最低でも準備には一日かかると思われます。それまでこの宿にてお待ち下さい」

 そう言って地図と宿名と簡単な道順まで書かれたメモを渡してくれ、しかも質の良いコンパスまでをわ

ざわざ探して渡してくれた。

 クワイエルにはどうもそう言う生まれ付いての人徳と言うか、得な部分があるらしい。その何処か解ら

ない頼りなさに嫌悪感や侮蔑を抱かれる事無く、何故か彼を見る者に保護者のような気持ちを起こさせる

ようなのだ。

 清潔感があり、裏表の無さそうな、そんな人の良い独特の雰囲気がそう思わせるのかも知れない。

 或いは依然幸運のルーンの力が働いているのか。

「長旅で御疲れでしょう。今日はゆっくりお休み下さい」

 クワイエルはそんな風に鄭重に玄関まで見送られ、その足で地図とメモに従い、用意された宿へと向っ

たのだった。

「はて、レムーヴァの名物は何だったかな」

 などと惚けた独り言を漏らしながら。

 勿論開拓ままならないレムーヴァに名物などはあるはずもない。あるとすれば、まだ見ぬ無数の動植物

と、呆れるほどに広がる森林だけだろう。 




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