1-5

 全ての準備は滞り無く進んだ。

 いやむしろ早過ぎると言っても良いかも知れない。

 何せクワイエルが朝起きた時には、もう全ての準備が整っていたのだから、この用意の素早さは賞賛に

値する。マーデュスはよほどの人物なのだろう。

 二階に用意された部屋から出口を抜けると、すでにそこに数名の、如何にもこれから冒険に出発します、

と言った姿の人達がクワイエルを出迎えてくれた。

 数えて見ると全員で五名、クワイエルを入れて六名と言う数になる。まあまあ妥当な人数だろう。聞い

た所によれば、なかなか大きな塔であるらしいし、やはり多い方が心強い。

 まあそう言う心情は、この魔術師がそう言った常人と同じ心の持ち主であれば、の話だが。

「揃いましたね。では行きましょう。一番道に詳しい方が先導をお願いします」

 クワイエルは鄭重に述べると、そのまま森の奥へと歩き出した。

 それを慌てて五名の冒険者が追う。暫くするとその中から一人が前へ出た。おそらくこれが先導役なの

だろう。

 各々クワイエルには面食らったらしいが、冒険者は変人には慣れている。何も言わず、黙って彼に従っ

てくれるようだ。その辺はマーデュスが良く吟味して選んだ者達のようで、冒険者にしては礼儀にも明る

く、頼りにもなりそうである。

 まず先導しているのは盗賊だろうか、軽装の鎧に細身の剣をぶら下げている。

 後ろに続くのにもう一人同じような格好をした者がおり。両脇を固めるように位置する二人は屈強の戦

士と言った所か、頑丈そうな鎧を身に付け、大きめの剣に槍か斧を持っているようだ。

 金属製の鎧なのに不思議なほど音がしなかったのは、おそらく何らかの魔術でもかかっているに違いな

い。つまりは装備も一流と言う事になる。

 最後の一人は良く解らない。軽装の剣士、と言う感じだが、それにしては華奢すぎる気もする。

 或いは魔術師であるかも知れない。神官になれない微力な魔術師であれば、冒険者になる事も珍しい事

ではないだろう。如何に微弱と言っても、ルーン魔術の使えない人間とは段違いに使える人材となるから

だ。魔術があると無いのでは、何をやるにしても効率と安全性が格段に違う。

 どちらにしてもマーデュスが選んだ人物だ。間違っても足手まといにはなるまい。

「さて、一休みしましょうか」

 暫く歩いた後、休息と軽い食事を摂る事にしたらしく、一向は焚き火をしてそれを囲むように座った。

一人が自然に見張り役になるなど、クワイエル以外の五名はもしかすれば長い付き合いなのかも知れない。

よほど慣れていなければこうも巧く連携は取れまい。

 残るクワイエルはと言えば、静かに食事を食べながら、常のようにぼんやりと森を眺めている。

 それがただの間抜けと映らないのは、おそらくその瞳に知性が宿っているからだろう。体付きも本職の

戦士や格闘家には及ばないものの、体格は良く膂力もありそうで、剣を持ってもそこそこは戦えそうだ。

 勿論そうなる前に魔術で解決するのだろうが、それでも身体を鍛えておくに越した事は無い。人生は体

力勝負な所もある。魔術師とは言え、力仕事とまったく無縁と言う訳でも無いのだ。

 ルーン魔術は無限の力を秘めるが、あくまで人間の持つ魔力は限りある範囲でしかない。魔術師も体を

鍛えるに越した事は無いと言う事だ。

 神官の教育課程にも武術鍛錬が必須としている事からも、その必要性は解るだろう。

 魔術師は時に人知を超える力を振るうが、しかしあくまでも彼らは人間であり、人間でしかなく、人を

超えた存在には成り得ないのである。

「そろそろ進みましょう」

 クワイエルは淡々と行動を命じる。それが至極当然の事のように他者に聴こえるのは、これは彼の持つ

能力の中でも至宝の部類であると言えるだろう。

 冒険者達も静かにその命に従っている。まるで王侯貴族にでも従うかの如く。


「この先です」

 先導していた男が、そう言って森の切れ間から零れ見える光を指差した。

 覗き見るようにして身を乗り出すと、確かに大きく開けた草原と言っても良いような場所に、長大な塔

が建っている。無骨な金属特有な鈍い光を照り返し、雄々しく、と言うのが相応しい景観であった。

「立派な塔ですね・・・」

 クワイエルはぼんやりと呟く。

 まるで物見遊山でもしに来たかのようなその口調に、流石に戦士らしき一人が口を開いた。

「どうでしょうか。何か魔術がかけられているのでしょうか」

 ただその口調は諌めるでもなく、丁重でしかない。どうやら単なる疑問を零したに過ぎないらしい。

 魔術師でなくとも人にはある程度の魔力が備わっているが、魔術を判別出来るのは魔術を学んでいる魔

術師だけである。それどころか素人が下手に探ろうなどとすれば、手痛いしっぺ返しを受ける事になるだ

ろう。魔術には広深な知識が必要なのだ。

 ルーン魔術とはそれほどに扱いの難しいものなのである。

 この場合戦士は、この塔の周りは安全でしょうかと、そう問うたのだろう。何度か冒険者を派遣してい

るから、何らかの防衛手段を塔の主が行っていても、それは何ら不思議では無い。

「いえ、ここからは特に魔術の構成は感じません。塔にも特に魔術はかけられていないようです。おそら

く誰でも入れるでしょう。勿論、あの扉に鍵がかかっていては入れませんが」

 クワイエルは暫く注意深く塔とその近辺を眺め、それからゆっくりとそう呟いた。

 塔の主はよほど自信家なのか、或いは誘っているのだろうか。油断して塔内に入った所を、一挙に魔術

で絡め取る。そのような手段を使う魔術師も多いと聞く。

「とにかく扉の前まで行きましょう」

 平然と歩き出すクワイエルを見、慌てて冒険者達がそれに続く。

 それにしてもまったく緊張感の無い男である。よほど場慣れしているのか、神経が図太いのか。少なく

ともその言動にはある意味感心させられる。

 塔に付けらた扉は縦横共に数メートルはあろうかと言う大きな扉で、叩いた音から察してもよほど分厚

いと考えられた。猛獣やモンスターの居る場所であるから、これくらいしなければ扉としての役を果たせ

ないのであろうが。それにしても大げさな扉である。

 大げさと言えば、もう塔からして大げさで、その円周の中に王侯貴族クラスの屋敷がすっぱり収まりそ

うな程であった。

 高さもどれくらいあるのか見当も付かない。下から見上げると、まるで伝説に出てくるような雲を突く

鉄巨人が、その場に立っているようにも錯覚してしまう。

 一体何を考えてこんな物を造ったのか。

 これほどの物を造れるとなれば、その魔力も途方も無いと考えられる。

「入りますよー」

 しかし巨塔に竦む冒険者達を他所に、クワイエルは当たり前のように扉をノックし、また当たり前のよ

うに扉を開いて塔内へと入って行く。

「なッ!?」

 驚いた冒険者達が止める暇も無かった。マイペースには間を崩す力があるらしい。

「皆さんもこちらへ」

 そして塔内から呑気にも聴こえるクワイエルの声がする。

 冒険者達は呆然としつつも、その声に素直に従った。どちらにしても入るより他に道は無いのだから。




BACKEXITNEXT