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 塔内には退屈で不思議な空間が広がっていた。

 ただ階段のみが続いている。果てしなく、何処までも。

 所謂螺旋階段と言う奴だろう、他には壁しか見えない。

「作りは単純なようですから、それほど高度な魔術で造った物ではないようです。しかし単純でもこれ程

の建物が造れるのならば、大きな魔力の持ち主と見て間違いは無いと思います。或いは余程の時間をかけ

て少しずつ造っていったのか」

 全員が塔内に踏み入れた事を確かめてからクワイエルがそう呟いた。

 どちらにしろこの塔の主はおかしな奴に違いない。例え溢れる程の魔力の持ち主だとしても、こんな馬

鹿げた塔を造る必要はまったく無いのだ。

 勿論、自らの力を誇示する事で、他人の干渉を避けると言う手段もあるのだが。

「と言う事はこの階段を延々と上るしか無いと言う事かな?」

 戦士風の男が脱力したように呟く。

 当然この塔の主は最上階に居る事であろうし、それならば面倒でも上がるしかないだろう。しかし何千

段、何万段、いやそれ以上あるかも知れない階段を、延々と上り続けると言うのは苦痛以外の何者でもな

かった。

「いえ、それには及びません」

 だがクワイエルはその悲鳴にも似た声に対して、意外な言葉を返した。

「それは・・・どう言う事なのか・・・」

 当然戦士風の男は困惑する。この階段しかない塔内において、他に一体どのような手段があると言うの

だろうか。勝手に最上階まで運んでくれる便利な物でもあると言うのか。

「ああ、なるほど。魔術で運んでもらえるのかね」

「いえ、そうではありません。確かにそう言う魔術がない訳ではありませんが、私一人だけではこの人数

を最上階まで運ぶのは無理です」

 魔術で運ぶのでも無いとすれば、一体この魔術師はどうすると言うのだろう。流石に戦士も不審気な顔

で首をかしげている以外にどうしようもない。

 彼は本来謎解きに不向きな性質であり、それに魔術師に関する知識も一般的な範疇でしかなかった。そ

の彼が答えを出そうと考える方が無理なのかも知れない。

「もうそろそろ教えていただけないでしょうか。どうも解りません」

 先導役を務めた男がお手上げのようにそう言った。そもそも敵地に踏み込んでいる今、このような事を

している場合ではあるまい。

 魔術師や神官には回りくどいやり方をする者が多いと聞くが、なるほどこういう感じなのかと、この男

は少し呆れてもいる。まあそれと同時にこのクワイエルと言う魔術師の豪胆さに、舌を巻く思いでもあっ

たのだが。

「あ、はい。失礼致しました」

 しかしここで弁護してやるならば、当のクワイエルにはそう言う意識は少しも無かったらしく。単に自

分が説明する前に、戦士が疑問を発したから、無視するのも失礼であるし、それにまず答えただけであっ

たようだ。

 ようするに初めから黙って聞いていれば良かったのである。

「まあ、百聞は一見に如かず」

 クワイエルはそう言うと塔の中心部を向き厳かにルーンを発動させた。

「ペオズ・テュール・エフ・ラグ・・・・虚偽を・暴き・道を・示せ」

 するとどうだろう。音も無く側にあった壁が開き、中心部への道が出来てしまったではないか。

「さあ、行きましょう。やはり悪意ある人ではないようです」

 そうしてクワイエルはにこやかに微笑んだ。 



 ようするにこの塔の螺旋階段のある外輪部分は、ハリボテにも似たような物らしい。塔があればその主

は最上階に居るに違いないと言う先入観を利用し、侵入者対策としてこのような延々と階段が続くだけの

塔を建てたようだ。

 そして実際の主の居住区は実はその内側にあると言う、そう言う大仕掛けなトラップである。

 これは巧妙なトラップと言わざるを得ない。特に幻覚の罠なども仕掛けられていない為、万一魔術師が

来ても見破られる事は少ないだろう。

 塔の内側には壁を四角く刳り貫いたようにしていくつかの部屋があり、さほど上部まで使用されてはい

ない。上部の方は何も無く、もし上空から透視出来れば、螺旋階段に沿って削られたような円柱の空洞部

が見えるはずであった。

 冒険者達はそんな塔の構造を知って肝を潰した。

 これは改めてルーン魔術の力の程を知り、また魔術師と言う者がどういったものであるかを少しばかり

知った事による。カルチャーショックと言い換えても大差ないかも知れない。

 そしてそれだけに不思議に思った。何故、クワイエルはこうも簡単に看破出来たのだろうかと。

 魔術を使うにしても、それは状況に合わせて自動的に使われるほど便利なものでは無く、必ず人の意志

と言うものが必要となる。つまりは鍵を持っていても、それを使う鍵穴を知らなければ、それはやはり何

も意味をなさないと言う事だ。

 使う力と使う場所を理解する事が絶対条件なのである。

「何故貴方は解ったのですか?」

 軽装の剣士が全員が内部に入り、魔術で開かれた壁が閉じるのを待って、そう問いかけた。割と高い声

で、小声でも塔内に良く響く。

「うーん、そうですね。最終的には直感と言うものになるのですが。実はそれほど個性的なトラップと言

う訳でも無いのですよ。しかしその割にあまり使われないのは、このトラップの作成に魔力がかかりすぎ

る為なのです。単純に侵入者を撃退するのなら、他にいくらでも方法がありますから」

「なるほど、それで貴方はこの塔の主に悪意は無いのだと仰ったのですね」

「はい、そうです」

 クワイエルは出来の良い教え子を持った教師のように、嬉しそうに頷いた。

 魔術師は例え魔術を使えなくても、知性あるモノを尊び、また理解力のある人物を喜ぶ所が誰にでもあ

る。おそらくこれは魔術師と言う才能を持つ者に、総じて知識、叡智と言うものに憧憬にも似た尊敬心が

ある為だろう。

 そしてその智の最たるモノがルーン魔術と言う訳である。

 神官の最高峰である大神官が尊ばれ、その権威も揺るぎないモノとしているのも、魔術師なら当然の事

なのであった。だからこそ神殿と言う機関が、例え変人の多い魔術師の機関であると雖(いえど)も、こ

うして存続出来ているのだ。

 これが単純に力だけで抑えられたとすれば、おそらくこうも上手く組織として生きてはいなかったと思

われる。心服させるか、納得させる事こそが、権威を権威付ける為に最も重要な事なのだ。

「そう言えば確かに我々に害をなすような罠は仕掛けられてませんでしたね」

 先導役だった男が何かを探るように周囲を見回しながら呟く。おそらく物理的なトラップが無いか探し

ているのだろう。魔術的なトラップは魔術師ならば看破出来るが、物理的な物となれば、やはりそれ専門

の知識が無ければ見破れない。

 これもルーン魔術は万能であるが、魔術師は万能ではないと言う証明の一つだろう。人間は知らない事

にはどうしても完全に対応する事が出来ない。それが人間の限界とも言える。

「では何故先に派遣した部隊は帰って来なかったのだろう。彼らは何処へ行ったのだろうか」

 冷静に考える余裕が出来てきたのか、戦士の一人が最もな疑問を発した。

 確かに塔の主に害意が無いとすれば、前に派遣した冒険者達が帰ってこないのはおかしい。例え主に会

えなかったとしても、任務失敗の報告にくらいは戻って来るはずだ。まあ、失敗したからそのまま逃げた

と言う事も考えられるが、しかしあのマーデュスが選んだ者達がそのように無責任であるとは思えない。

「それはこの塔の持ち主に聞くしかありませんね。ともかく進みましょう」

 そう言って再び進みだすクワイエルに疑問は晴れなくても異議などは言えるはずもなく、冒険者達も用

心深く彼の後に続いた。その意見が至極最もなモノであったからである。どちらにしても進まなければ何

も解らないだろうし、今は他に方法も無いのだから。 




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