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 塔内部を進む。

 どうやらこの内部はいわゆる迷宮では無く、単純な構造をしているようだ。ようするに居住区以上の役

割を付与していないと言う事であり、それを知り皆幾分か安心した顔をしている。

 それに不思議とこのクワイエルと言う男には他者に安心感を与える力があるらしく、いつのまにかリー

ダーの座に当然のように座り、そしてそれを皆が当たり前のように望んでいた。まったくもっておかしな

男である。

 内部は暗くも無い。

 日の光はまったくと言っていい程無いが、代わりに不可思議な光が内部を照らしている。おそらく魔力

の光であるだろう。しかも恒久性がある。つまりは魔力をその場に、しかも意図した形のままで存在させ

続けて居るのだ。この塔主の魔力の程がこの事からも知れる。

「神官長クラスの魔力の持ち主と見えます。いや、或いはそれ以上かも知れません」

 クワイエルが一行の疑問に答えるように呟いた。

 神官長クラス。それは常人には予想も付かない程の力である。やはりこの塔の主は魔力はあるが神殿に

組しない、変わり者の方であるようだ。

 例え敵意が無いにしても、厄介な人物であるに違いない。

 そんな事を各々が考えつつ歩くと、程無く一つの部屋に辿り着いた。

 思ったよりも広く、息苦しい感じはしない。この長大な塔に造られた物となれば、この大きさも当然と

言えば当然なのだが。それにしてはこの空気の鮮度はどうだろう。まるで森林の中に居るようだ。

「不思議ですね・・・」

 軽装の剣士が呟く。他の者達も同じように感じているらしく、頻(しき)りに皆辺りを窺っていた。自

然にはありえない場所に居るのだ、それも当然の思いであるだろう。

「正常な空気を生み出す魔術・・・・独創的ですね・・」

 クワイエルも珍しく感心したように頷いた。木々の成長を早めたり、森林を生み出したりと、そう言う

魔術なら聞いた事がある。だが、このように生活環境を整える為の魔術は、古来からあまり多くは生み

出されなかった。

 それだけ古来から自然は人間にとって、最もありふれたものであったと言う事なのかもしれない。それ

に魔術師がルーン魔術探求以外の事を、基本的には考えて来なかったという事もあるだろう。

「そして素晴らしい魔術です」

 クワイエルは心底感心しているようだ。何度もその魔術を称えている。

 確かに素晴らしい。無毒で百利あって一害無し、人間にとって、いやこの世界にとってもこれ以上の魔

術は無いと思える。

「こんな魔術なら、塔内に篭らず、もっと広めれば良いでしょうに・・・」

 軽装の剣士も感嘆の意を漏らしていた。それ以外の冒険者は単に興味があると言ったレベルか、それ以

上には魔術には興味無いらしく、依然として辺りを窺っている様子である。

「そんな魔術が広まらないから、私は神殿が嫌いなのだよ」

 その時、何処からかしわがれているが、凛と重く響き渡る声が聞こえた。全てを覆う威がある。

 訪問者達は驚き、示し合わせたように一斉にそちらを見た。

「我が塔へようこそ」

 そこには白髪の老人が一人、静かに佇んでいたのだった。 



 老人はハールと名乗った。

 ハールは予想していたような奇人ではなく、落ち着いた物腰の老紳士で、皆拍子抜けしたような感覚を

味わったようだ。

 誰もが御互いの目を見、その意外性を頻りに分かち合おうとしている。

「なるほど、貴方はここで自然に関する魔術を研究されていたのですか」

 彼の相手役はクワイエルが勤めている。魔術師と話をするには、魔術師である方が望ましい。凡人では

その言葉の意味が半分も理解出来ないからだ。

 クワイエル以外の訪問者達は、会話の邪魔にならないようにと、少し離れて黙している。ただ、軽装の

剣士だけは魔術の話に興味があるらしく、先にハールに断って今も彼らの側に居た。

「うむ。しかしどの国もどの神殿も、あまりそう言う事には感心がなさそうでな。仕方なく一人で好きに

研究出来る、このレムーヴァへと移って来たのだ。しかしここもいよいよ騒がしくなってきたようだ」

「研究の御邪魔をしてしまい、本当に申し訳ありません」

 クワイエルは深く謝辞を述べる。元々ハールの方が先にこの地に居たのだから、悪いのは後から来て周

りで騒いでいる神殿やギルギストの側であろう。

「いや、謝る必要は無い。そもそも私も単なる移住者の一人に過ぎないのだから。私も後から来た者なの

だよ」

「しかし騒がせているのは我々の方ですから」

「ふむ、君もなかなか頑固な男のようだ。まあ、魔術師は総じて頑固者だがな」

「畏れ入ります」

 ハールは咳にも似た声を漏らした。それが彼の笑い声だと気付くまでに、暫くの時間がかかったのは仕

方の無い事だったかも知れない。しかし暫く会話してその事が解った時、今までに無い親近感をクワイエ

ルは感じたのだった。

 ともかくも、予想通り彼には敵意と言う物は無いようである。

「一つお聞きしたいのですが。先にこちらへ訪問した方達が居たと思うのですが。その方々は今何処へお

られるのでしょうか」

 クワイエルがここへ来た理由の一つを尋ねると、ハールは不快そうに微かに眉根を顰(しか)めた。

「私も別に何をするつもりも無かったのだが。彼らが塔内でやたら騒ぐものだから、流石に癇に障って捕

らえ、今は眠らせてあるよ。君達が諦めた頃に、町まで送ってやるつもりであった。まあ、その前に君に

この塔のカラクリを見破られてしまったがね」

 そう言うとハールは楽しそうに笑顔を浮かべる。おそらく彼は自分と同等に話せる相手に飢えていたの

だろう。こんな場所に居ては、どんな人間でも寂しくなると言うものだ。

 わざわざ彼がこうして出迎えてくれたのも、一つにはそれがあったからに違いない。

「なるほど、それは失礼致しました。彼らもこのような塔の探索は始めてでしょうし、混乱してしまった

に違いありません。悪い方達ではありませんから、こちらへ引き渡していただいてもよろしいでしょうか」

「うむ、それは願っても無い事だ。あまり長い間眠らせるのも、身体に悪い事であるから」

「後、差し出がましいとは思いますが。この辺りの開拓を許していただいてもよろしいでしょうか。そし

て出来れば貴方の魔術と叡智をお借りしたく思います」

「ふうむ、まあこうなった以上、今更開拓を止めろとも言えぬ。ただ、私の邪魔はしないでいただきたい。

それさえ気を付けてもらえれば、私としても事を荒立てるような事はしたくない。私は静かに研究がした

いだけなのだ。それを理解してもらえれば、私の研究の成果を役立ててもらう事も構わんよ」

「ありがとうございます」

「いや、こちらも申し訳ない事をした。やはり話し合う事は大事だと、改めて解ったよ。こちらこそ礼を

言いたい」

 ハールはそう言いながら、ゆっくりと頭を下げた。プライドの高い魔術師の事だ、彼らが謝るなどとは

滅多に無い事で、慌てて訪問者達も頭を下げたのだった。

 こうして取り合えず塔の問題は解決し。クワイエル達もハールの気の済むまで話相手になり、それから

礼を言ってその塔を辞したのであった。

 高度な魔術の持ち主であるハールの協力を得られるとなれば、マーデュスもさぞ喜ぶだろう。クワイエ

ルの初仕事は大成功であると言えた。

 何しろこのレムーヴァの開拓には、呆れる程に手が足らないのだから。

 そしてクワイエルの仕事も始まったばかりである。




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