10-1.

 岩がごろごろしている。

 森から一転、荒涼とした地形に戻ったかと思うと、今度は岩が無数に現れた。

 丸い岩、四角い岩、平たい岩、様々な岩が群集し、さながら岩の森といった風景である。

 これはこれで趣(おもむ)き深い光景だったが、どうにもこうにも殺風景で、美的感覚をくすぐられる

事がなく、少々退屈してくる。

 大体色がいけない。いかにもな岩色で、味気も何も無く、ほとんど変化も無いから、すぐに飽きてしま

うのだ。似たり寄ったりで、面白味がない。

 その上、岩を避けたり登ったりしていると体力を奪われ、肉体にも負荷がかかる。

 心と身体が疲弊していくので、地味に堪え、皆口数が少なくなっていた。

 肉体的にも精神的にも強くなっているはずなのだが、疲れる事は以前と変わらない。何にしても、人が

思考行動すれば、疲れるのである。

「休憩にしましょうか」

 流石のクワイエルも堪えたのか、少し休む事を提案した。

 仲間達にも依存は無い。むしろ望む所だった。皆なかなかに負けず嫌いな所があり、自分から言う事は

少ないが、正直な所、誰もが限界に達している。

 案外大きな山や深い谷の方が、事前に覚悟を決めているから、心は挫けない。しかしこう地味に辛いの

が続くと、確かに一つ一つは小さな事でも、たまりにたまって耐えられなくなってくる。

 一つ一つが小さいからこそ、辛い。

 一気に来るよりも、小出しにされる方が、心には堪えるようだ。いかに変人でも、こういう地味責めは

辛いのである。

 でも休憩するとなれば現金なもので、皆手早く準備を整え、ゆったりと腰を下ろし、疲れた体と心を休

め始めた。こういう時は、疲れていても機敏に動けるものらしい。

 座るのに丁度良い岩がごろごろしているので、いつもより準備は楽だった。岩に囲まれている場所なら、

風除けにもなるし、屋根の無いのと食糧確保を除けば、案外暮しやすいかもしれない。

 そう考えると、この地形にも良い所はあるものだ。そして良い所を一つでも見付けると、何となく心も

少しだけ軽くなってくる。そうなるとこの景色も段々気に入ってくるから不思議だ。

 ようするに何事も気分次第なのだろう。

「しかし、見事に岩ばかりだな」

 ハーヴィが半ば感心したように呟(つぶや)く。

 どこまでも大小の岩がごろごろと続く光景は、確かに始めてみる景色で、歩きながら見ると疲れるが、

こうしてゆったりと座って眺め見れば、それなりに良い景色と言えなくもない。

 まあ、すぐに見飽きるのには変わらないが、たまに眺めるなら、これはこれで乙なものである。

 しかしハーヴィもすぐに見飽きたらしく、数分眺めた後は一度も眺めず、目を閉じて瞑想に入ってしま

った。どれだけ良い景色であっても、変化に乏しい眺めは、好奇心を刺激してくれない。ハーヴィとて、

それは変わらないのである。

 ただ、そんな場所に居ても、クワイエルだけは別であった。

 彼だけは先程からしきりに岩に触り、叩いたり、削ったり、仕舞いには味まで確かめ始め、非常に興味

をそそられている様子である。

 美的好奇心ではなく、言ってみれば、魔術師としての、研究者としての好奇心なのだろう。めずらしい、

これは興味深い、などと言いながら、一つ一つ丁寧に調べている。

 休憩が休憩にならないのも、クワイエルの珍しくもない光景である。ひょっとしたら彼の口数が減った

のは疲労の為ではなく、この好奇心を我慢する為に、結果として口数が減った、と云う可能性を考えなけ

ればならない程だ。

 今ではエルナも呆れたのか、止めようとはせず、興味深そうに彼の姿を眺めている。彼女にとっては、

岩以上に珍しく興味深いのが、クワイエルなのかもしれない。

 確かに、変人に勝る興味深い存在など、そうそう居るものではない。

 しかし、こうして改めて眺めると、途方も無い岩の数。視線を埋め尽くす岩、岩、岩。木人が目当てで

進んでいたが、どうやらこれは別の種に辿り着いたと云う事かもしれない。

 だからクワイエルは懸命に岩を調べているのだろうと、エルナはせめて良い方に解釈しておいてあげた。



 一時体を休め、探索を再開する。

 何処までも見渡す限り岩が在り、その岩の並びが不思議な感覚を与え、枯山水の極致にでも居るような、

対応する言葉が見付からない気持ちにさせる。

 それでいて、岩が何かを表現しているようには思えず、ほぼ等間隔にだが、あまりにも無造作に転がさ

れている。

 等間隔という部分に、何者かの意図を感じるが、といってそれが何を意味するのかは解らない。ひょっ

としたらその個体が持つ、独自の何かなのかもしれないが、その独自性故に、クワイエル達には皆目見当

がつかない。

 ただ一つ思える事があるとすれば、あの巨人の話に寄ると、いい加減森林が見えてくるはずで、遥か彼

方まで続く岩地帯という時点で、もう何かがおかしい、と云う事実であった。

 どう見ても木々が生活できるような環境ではなく。木人が非常に強靭な種族で、どんな地形でも生存出

来るという可能性が少なからずあるとしても、いくらなんでもこれは無いだろうと思える。

 木々や草花を愛する者達だと聞いていたので、尚更おかしく感じる。

 木人に会うのは、諦める方が良いかもしれない。居ないとは言わないが、少なくともこの地に居る事は

考えられない。

 此処に居るとすれば、木人とはまた別の種だろう。この岩だらけの景観を好む、おそらく岩っぽい種で

はないだろうか。

 となると、緑の人というよりは、巨人の方に近い存在か。

 巨人こそ岩人という感じで、この景色から想像出来る映像とぴったり合う。

 万人が万人とも頷くように、それは非常に気持ちよく収まるように感じた。

 しかし、かといって、しっくり来るからそうだという意見も、まあ暴論だろう。それは単にその人の主

観の問題であって、実際の問題とはまた全然違うものだからだ。

 ともあれ、クワイエル達は進む。

 岩人だろうと木人だろうと、もう何でも良い。いや何でも良いというよりは、何が来ようと奥へ進む意

志に変わりない。

 彼らの目的は、このレムーヴァの最奥に辿り着き、出来る事ならこの地の秘密を解き明かす事。

 それが第一の目的なのだから、他種族に会う事、交流する事は二次的な目的、もっと言えば趣味のよう

なものに近い。

 だからやはりクワイエル達の歩みには、木が岩になろうと、例え岩が粘着質の物体にでも変わろうとも、

大した問題にはならないのである。

 ただ期待していた種に出会えないだろう事が解ると残念で、少しだけがっかりしたのは確かだ。

 まあ、クワイエルは新しく好奇心を刺激される物を見付けて、がっかりよりもそっちの方が先に立って

いるようだが。

 何と言うべきか、耐久力のある男である。少しもへこたれないのは、もう小憎らしいくらいで、そうい

う意味でのどうしようもなさも感じる。

 それだからこそ、レムーヴァでやっていけるのだろうが。その強靭な姿勢には、ハーヴィでさえ、感服

する思いだった。

 正直、半分以上は呆れているようにも見えるが、それは名誉の為に伏せておこう。

 こうしてクワイエル達は期待とは違ったものの、新たな対象を見付けたと認識し、暫くこの地に留まっ

て調査する事を決めた。

 さて、今度こそ期待通りに岩の人が出てきてくれるのだろうか。

 それともまた大きく期待を外してくれるのだろうか。




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