9-16.

 クワイエル達と巨人は苔洞窟を後にし、巨人の居た地まで帰って来た。

 滑りやすい地面も、巨人がわざわざ歩きやすいように改造してくれ(滑りやすかったのは、巨人のイタ

ズラのようなものだったらしい)、自由に行き来できるようになっている。

 クワイエル達はほっとしながら巨人の側に座し、様々に疑問した。

「ウム、何から話せばイイノカ」

 巨人はゆっくりと語り始める。

 すでに察しているかもしれないが、元々あの小人はこの巨人が生み出した存在で、巨人の行なう遊戯に

使っていた者達であるらしい。

 その遊戯とは、小人軍を作り、互いに争わせるというもので。手駒となる小人達を槍、槍を持つ者、ス

ヴィズル、或いはスヴィズリルと呼び。それを率いる大きな小人を、槍の密集するもの、つまりは槍達を

束ねる者、ゲイムヴィムルと呼んだ。

 そしてこの遊戯の名は、槍の戦、ゲイルスケグルと云う。

 巨人は独立した生活を好み、普段はあまり互いに干渉したりはしない。それぞれに好きに生き、縁があ

れば会って話したりもするが、基本的に自由気ままであり、何者も縛らず、縛り付けられる事も好まない。

 だからゲイルスケグルの行われる機会もほとんど無く。巨人が遊戯以外で小人に干渉する事は無いから、

大抵の小人はほとんどの時間を好きなように暮している。

 小人達は巨人の体の一部から作られるが、何か強制力が働く訳ではない。今回のように小人が巨人に刃

向う事も出来るし、例えば逃げてしまっても、その命が奪われてしまうとか、巨人の側に居なければ生き

られない、と云う事は無い。

 ただ小人達は大抵生み出した巨人に感謝し、親、創造神として敬い。ゲイルスケグルへの参加も名誉と

考え、自ら望んで参加するものらしい。

 しかし何故かこの巨人の生み出した小人達は巨人に反発し、それを諌めるはずの大小人までが自らを軍

勢の王、ヘリアンと名乗り。巨人が眠るのを見計らって、あの苔を利用した記憶を奪い眠り続けさせる魔

術を使い、巨人を無力化させてしまったのである。

 巨人もまさか小人達がそんな事を考えるとは思わないので、初めから対策など考えておらず、あっさり

とその術中に落ち。クワイエル達に目覚めさせられた時には、すっかり記憶を失い、ただの体の大きいだ

けの存在になってしまっていたと云う訳だ。

 だからクワイエル達に出会わなければ、記憶を取り戻す事も出来ず。例え偶然目覚める事が出来たとし

ても、永遠に何も解らず過ごしていたかもしれない。そういう意味で、クワイエル達は命の恩人であり、

非常に感謝している。出来る事ならば何でもしようと、巨人は言った。

「なるほど、そういう事情でしたか・・・」

「ウンム、飼い犬に手をかまれるというヤツだ」

 事情は解った。小人が消えた後に石片が散らばっていたのも、小人達が元の姿に還った為だろう。

 中心となる大小人の力が消えてしまったから、小人達の力も消えたという事か。それとも巨人の力に驚

いて、知らず知らず戻ってしまったのか。

 細かな疑問まで、全てが晴れた訳では無いが、ともかく解る事は知る事が出来たような気がする。細か

い事まで考える必要はないだろうし、例えば小人を生み出す方法を聞いたとしても、人間や鬼人では扱え

ない筈だ。余計な事はそっとしておくに限る。

 だからそれはそれでいい。ただクワイエル達には一つ聞きたい事が、いや確認しておきたい事があった。

「事情は解りました。ただ、一つだけ聞きたい事があります」

「ナンジャイ」

「貴方のような大きな方が、他にもおられるという事ですか」

「ウンム、数は多く無いが、ワシ以外にもチョコチョコオルワ。だが、まあ、ドウダロウナ。眠ってから

ドレダケの歳月が経ったかワカランシ。皆死んでおるカモシレン、生きておるカモシレン。ドノ道、皆土

に還る。生きてヨウガ死んでヨウガ、まあ、同じ事ダワ」

 そう言うと巨人は、気持ち良さそうに大声で笑った。

 結果として解った事は、やはり巨人族は良く解らないと云う事だけだったのである。



 クワイエルは解るだけの事を聞きだした後、他の種族と同様の協定を、巨人とも結んだ。

 巨人は終始協力的で、数居る異種族の中でも有数の協力者になってくれそうである。

 人間と鬼人の街に出向いても良いとまで言ってくれたが、しかしそれは流石に遠慮しておいた。人から

見ればどうしても規格外の大きさであり、来てもらってもおそらく上手くいかないと思うからだ。

 クワイエルは無理はしないし、取り合えずやってみようと考えるとしても、まず出来うる限りは可能性

を上げてから、それを実行している。

 無計画に見えて、満更無計画ではない。かといってどう考えても計画的ではない。それが即ちクワイエ

ルであって、ようするに訳が解らない。

 でもだからこそ巨人と馬が合うのだろう。やはり必要な人材である。多くの利益を得る為には、少なか

らぬ損害を被らなければならない事もある。そういう世の中の辛さ、厳しさを体現するのもまた、このク

ワイエルと云う存在である。

 しかし協力まで拒む気はない。巨人の力は得がたいもの、協力してくれるとすれば、これ程ありがたい

存在は居ない。そこで手始めに、開拓と道の整備を手伝ってもらう事を提案した。

 人の家屋には入れないだろうが、森や荒地で働いてる開拓者達相手なら、外で活動しているから何とで

もなる。巨人がどれだけ動こうと、笑い騒ごうと、壊れて困るような物は少ないし。巨人も動くのは嫌い

ではないようだから、その腕力を活かし、開拓の手伝いをしてもらうのが最善だろうと思ったのである。

 巨人は喜んで承諾してくれ、すぐにでも現場へ向うと言ってくれた。

 遊戯をする相手も、遊戯の駒となる小人達も居なくなってしまった今、他にするような事も無く。退屈

凌ぎになって嬉しいのかもしれない。

 元々あまり共同生活を好まない巨人だが、クワイエル達と共に暫く生活して、それも案外楽しいものだ

と考えが変わり、もうこの地に居る事に拘る気持ちは無いようだった。

 この石の座を壊し、街なり道なりを造っても良いとまで言ってくれた。でも帰る場所は在った方が良い

と思えたので、クワイエル達もそこまでは断っておいた。

 巨人がいずれ開拓に飽きて、此処に帰りたくなる可能性もあるし。クワイエル達も家という場所の意味

には、単にそこで生活する以上のモノがあると云う事を、身に染みて解っている。彼らもまた、帰るべき

場所が在るからこそ、こうして自由に進んで行けるという気持ちがあるのだ。

 全てを切り捨てたいと思う反面、何かに縛り付けられたいと思うのが、心なのではないか。根無し草と

いうのは、とても寂しいものである。

 巨人と人の考え方は違うとしても、この大陸に住まう種は、自分の居場所という物を何よりも大事にし

ているように思う。だとすれば、それは人と同じ情で、そこだけは巨人も変わりないのではないだろうか。

 良く解らないが、きっとそうだと、そんな気持ちになる。



 このようにして、クワイエル達は巨人と別れを告げ。手持ちの地図の巨人の地に、保存地区という文字

を加えてから、再び北へ向けて歩み始めた。

 奥へ奥へと、その深奥を確かめるべく、彼らは進む。

 進む事はいつもと変わり無いが、今回は手探りではなく、ちゃんとした目標がある。

 巨人から新たな他種族の存在を聞いたのである。それは巨人が木の人とか、緑の人と呼ぶ種であり、そ

の名の通り、木その物といった姿をしているそうだ。

 巨人と近い存在であるそうで、言ってみれば兄弟のような付き合い方をしていたらしい(もっとも、ど

ちらも社交的ではないので、そんなに付き合いらしい付き合いはなかったそうだが)。

 あまり客好きな者達ではないが、基本的に気のいい奴らなので、気が進むなら会ってみてはどうかと、

紹介されたのである。

 クワイエル達に勿論異存はなかった。方角も北側だったし、丁度良いくらいだ。

 ただ少し不安があるとすれば、巨人は永く眠っていたのだから、果たして今もそこに木人が居るのだろ

うかという事である。

 まあ、どの道行って見なければ解らない。今から心配しても仕方ない事だし、居なければいないで、そ

れもまた楽しいかもしれない。結局、奥に進むのだから、居れば幸いくらいで、楽しみが増えたと、そん

な風に思うのが吉だろう。

 クワイエル達は意味無く悩むよりも、素直にその心を楽しむ事にした。




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