9-15.

 明りを灯すと、苔洞窟の中は相変わらず籠もっていて、とても息苦しい。特に初めてここを訪れた、ハ

ーヴィ、エルナ、レイプトは苔むした空気を思いきり吸い込んでしまい、咳き込んでいた。

 そして咳き込む度にまた苔むした空気を吸い込む破目になり、延々とそれが繰り返される。

 巨人は何の躊躇もなく進んで行くが、これでは流石に息苦しくて身動きが取れない。まるで喉の奥まで

苔がびっしりと生えてしまったかのように思え、たまらず魔術を行使した。

「イング、エオル、ラド   ・・・・  清浄なる、息吹を、保て」

 新鮮な空気の膜がクワイエル達を包み込み、ようやく苦しみから解放される。

 そして急いですでに小さくなり始めていた巨人の姿を追った。

 彼はこちらの事などお構い無しで、遠慮なく進んで行く。もしかしたらクワイエル達の事を忘れてしま

っているのかもしれない。或いはクワイエル達が自分とは違うと云う事を、理解出来ないのだろうか。

 巨人は独りで生活してきたと思えるから、その可能性は充分にある。

 ハーヴィ達が苔洞窟の洗礼を受けてしまったように、環境が一変すると人は対応出来なくなる。何をす

るにも慣れというモノが必要で、急激な変化には生物の体が対応出来ない。だからこそ生物は生まれ育っ

た環境と似たような場所でしか、そのままでは生きる事が出来ず。適応するといえば聞こえが良いが、結

局はその環境にに縛り付けられてしまう事になる。

 他者との交わりなどの精神的な部分もこれと同様で、今まで独りが当然であった者は、やはり他人との

関係に、即座に対応する事は出来ないのである。個人の力量、能力如何に問わず、やはり慣れると云う事

は必要な事であるらしい。

 巨人はクワイエル達に構わず、思うまま進む。

 巨人の体が縮んでいても、同じく縮んだクワイエル達から見ればその比率に変わりはなく。洞窟一杯を

埋めそうな大きさで、まず見失う事は無いけれど。歩幅の違いから、とても追い付けそうになかった。

 巨人が時折立ち止まり、きょろきょろと辺りを窺うから、なんとか追い付けたものの、もう二度と側を

離れない方が良さそうだ。

「ウーム、ちびどもはドコダ、ドコダ」

 一本道だから、迷う事はなく。苔で出来ているとはいえ、何処に隠れる場所がある訳でもない。一目で

居るか居ないか解る筈なのに、巨人は丁寧というか、馬鹿正直に小人達を探しながら進んでいる。

 苔壁に手を突っ込み、穴を開けて探す事もあるし。ドシンドシンと苔床を踏み鳴らし、床に隠れていな

いかと探す事もある。

 初めから身を隠そうとか、小人が逃げないようにこっそり近付こうとか、そういう考えは無いらしく。

強者の論理として、良く言えば正々堂々と進んでいた。

 巨人をわざわざ眠らせた事、そしてあまりにも堂々とした巨人の態度を考えると、小人よりも巨人の方

が魔力は上なのだろう。

 そうなると、この騒ぎを聞いて、すでに小人達が苔洞窟から逃げ出している可能性も出てくる。

 クワイエルとしては小人達に逃げ出されるのも困るのだが、まあ、そこはそれとして、気にしない事に

したようだ。いい加減というのではなく、無理は望まないという、いつもの姿勢である。

 ただあまり暴れられて洞窟自体が崩壊するような事になると、巨人は平気だとしても、クワイエル達は

たまらないから、一言こう言った。

「この先に広間があり、小人達はそこに居ましたよ」

「ナント、小癪なちびドモメ! そんな所に隠レテオッタのカ」

 巨人はクワイエルの話を聞くと、すぐにいきり立ち、歩速を上げて、猛然とその場所へと向い始めた。

 まるで獲物を見つけた犬の如く、矢のように走り出す。

 クワイエル達は慌てて後を追ったが、とても追い付けない。元々歩幅の差が大きいので、全力疾走され

てしまうと、もうどうしようも無かった。

 みるみる離されてしまい、あっと言う間に巨人の姿を見失う。

「困りましたね」

 例の如くまったくそれを感じさせない口調でクワイエルが呟いたが、そもそもそうさせた原因が彼なの

だから、色んな意味でどうしようもない。

 流石に仲間達も呆れたようにしていたが。またしても例の如く、クワイエルはまったく気にしていない

ようだ。

 仲間達も今は追うしかないのだから、仕方なく疲れた体に鞭打って速度を上げる。文句を言う余裕も、

気力も無い。

 彼らがこの状況を打破する為には、単純に速く走る魔術を使えば良いのではないかという、至極真っ当

な結論に達したのは、その後暫くしてからの事である。



 クワイエル達が魔術で走る速度を上げ、巨人の後を追うと、丁度あの広間の入り口辺りで追い付いた。

 巨人は無骨な外見にそぐわず、意外に滑らかに、そして素早く動く。小回りもきくようで、確かにその

動きは重々しく大仰な所があるが、鈍重さはあまり感じない。

 起きてからもう結構な時間が経っているから、身体がほぐれてきたというのもあるかもしれないが、と

にかく本気で走られると、魔術を使ってさえ、追い付くのに苦労する。

 広間に入ると、眩しいくらいに光が差すのを感じた。光源は遥か頭上にあり、目を刺す程の輝きは感じ

ないものの、不思議と全てを等しく照らし、はっきりとした姿を浮かび上がらせてくれる。

 おそらく巨人が生み出したのだろう。明らかに自然の光ではなかったし、それに前に来た時はこのよう

な光源は何処にも見かけなかった。

「小人は見付かりましたか」

「イイヤ、この妙な光っ玉がアルダケダ」

 しかし話を聞くと、どうもこの光源は巨人が生みだしたものでは無いらしい。そういえば、この広間か

ら外へは、光がまったく漏れていなかった。巨人がそうしたのかと考えたのだが、よく考えると巨人がそ

んな事をする理由は無い。

 何の為にこの光があるのかは解らないが、苔洞窟内に明りというものが無かった以上、ここに住まう小

人達の為に作られたのではなさそうだ。

 そして光が漏れなかったと云う事は、この場所が閉ざされているという事を意味する。

 という事は、つまり。

「!!!!!!!」

「!!!!」

「!!!!!!」

 前に来た時と同様、突如静けさに満ちていた場が一変し、無数の小人達がみっしりと現れた。

 今回も明らかな敵意がある。ただその視線の先がクワイエルではなく、巨人である事だけが前と違う。

 しかしそんな事は何の救いにもならない。わざわざクワイエル達が入ってくるのを待って現れたと云う

事は、ようするに彼らを待ち受けていたと云う事。しっかり敵として認知されている。

 小人達が割れ、その先からこちらも前回同様、小人達に担がれて、御輿(みこし)が進んできた。

 えんやとっと、えんやとっという感じの声が発せられると、小人達は一斉に口を閉ざし、その場に跪く。

割れた道から順に跪いていくその様は、明るくはっきり見える下で行なわれると、尚更壮観で、感動的な

光景だ。

 御輿が側まで来ると、その歩を止め。例の違った小人が様々に確認した後、その奥から例の大人小人が

ゆっくりと姿を現す。

 その目は巨人を見据え、明らかに不快そうだ。

「フィヨルムのスルーズゲルミルめ、またやってきたか。お前は自分のやっておる事が解っているのか。

それともその愚かさ故に解らぬか。どちらにせよ、早く消え失せるがいい。ここは我らが地、お前の居て

いい場所ではない」

 その大きさにそぐわぬ魔力を放出し、巨人を威嚇している。他の小人はどうか解らないが、この大人だ

けは巨人に匹敵する魔力を持っているのかもしれない。

 深く年代を経たようなその目は、紛れもない智者の光を宿す。声にも他者を圧し、屈服させるに充分な

力を感じる。そしてその力は前回よりも遥かに強い。今回は紛れも無く本気だった。

 クワイエル達は身を寄せ合って、暴風のような魔力波に耐えるべく、魔力を放出する。

「ハッハッハッ、スキルヴィルのゲイムヴィムルめが。ちびの分際で、親たるワシに意見するか!」

 巨人の一喝で大人の魔力波が消し飛んだ。どうやら巨人の力量を読み違えていたらしい。匹敵するも何

も、大人の魔力ですら、巨人の前では塵となる。人間や鬼人ではとても推し量る事が出来ない。

「ゲイムヴィムルだと! 侮辱するか! 我の事はヘリアンと呼べ!!」

 しかし大人も盛り返す。更に強力な魔力波が、今度は巨人一点に集約して襲いかかった。

「軍勢の王だと、片腹イタイ。お前など槍の塊でジュウブンダワ。自惚れ者のスキルヴィル、オマエナド、

コウシテヤルワイ」

 大人の魔力波などにはまったく揺るがず、巨人の拳が大人に向って振り下ろされる。大人は避けきれず

まともに受け、その刹那、乾いた響きを放射しながら石片が拳の下から飛び散り、空中で分解するように、

粉々に砕け散ってしまった。

 あれだけ居たはずの小人達も、大人に従うかのように、いつの間にか消えている。

「出来の悪い子供には、コウダワ」

 広間には砕け散ったのとは別の無数の石片だけが残り、巨人はすっきりしたような声と顔で気持ち良さ

そうに笑った。

 クワイエル達は何が何だか解らずに、呆然とその様を見ているしかなく。取り残されたような心で、い

つまでも笑う巨人を見ていた。




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