9-14.

「きたワイ、きたわい、何かきたワイ」

 荒れ狂っていた魔力波が穏やかな風へと変わり、巨人が何だか妙な体勢を取りながら、満足そうに頷い

ている。ようやく魔力を制御できるようになってきたらしい。

「スヴァースズ・・・、スヴァースズ グラズヘイム」

 巨人の紡ぎ出す言葉と共に、ある明確な力が発現し、散々に食い散かされたようになっていた周囲の地

形が、一息に元の形、初めて巨人と会った時の姿に還る。

 それは人間や鬼人の使う魔術とは明らかに別となる力。人の魔術が祈りだとすれば、この巨人の使った

魔術は命令であった。祈り助力を乞うのではなく、自らそれを実行する、より強力な魔術。

 確かにフィヨルスヴィズの使う魔術と共通する。正に神の力と思えた。

「ヨロシイ、コツは掴んだぞ」

 巨人は自信満々に笑みを漏らしているが、クワイエル達からすると不安が消えない。高度な魔術を使う

程失敗する可能性も高まるし、それにわざとではなくても、この巨人ならうっかりとんでもない失敗をし

かねないからだ。

 人と鬼人は身を寄せ合うようにして、防衛の構えを解かなかった。いや、解けなかった。

「では、次の段階へ行きましょう。先程教えた魔術を試してみて下さい。多分、今なら出来るはずです」

 クワイエルの今一つ自信の持てない言葉が、尚更怖ろしい。

「ウム、確カニ、今なら何でもできそうな気がするワイ」

 巨人は豪快に笑うと、再び意識を集中し始めた。

 説明するのが難しいみょうちくりんな体勢をとりながら、全身の魔力を高め、今まで垂れ流していた魔

力を、ある一点へ集中させる。

 そのとんでもない力の塊は、まるで全宇宙を圧縮したモノであるかのようで、こんなものがもし今無造

作に弾けでもしたら、この大地全てが崩壊してしまうような、そんな気さえした。

 どう考えても、魔術を覚えて一日と経っていない者が、使うようなモノではなかった。

 それでもクワイエルは迷い無く見ている。おそらく一人で開き直っていたのだろう。

「フギン、ムニン」

 幸いにも失敗せず、膨大な力もそのまま弾ける事無く、あたり一面に溶け込むかのように拡散して世界

へと広がり。まるで世界全てを覆い尽くすようにも感じられた。

「む、ムムム、思い出した、思い出したワイ。あのスキルヴィルめガ、スキルヴィルめがヤッタノダ!!」

 一時落ち着いていたのも束の間、突如巨人が荒れ狂い始め。その大きな両の拳を手当たり次第に振り回

し、ぶつけたものだから。折角元に還った景観が、再び穴だらけの酷い有様になってしまった。

 この地からすれば、直しては壊し、直しては壊しと、まったくもって良い迷惑だったろう。

 それでも巨人はやっぱり巨人らしく、一通り暴れられるだけ暴れると、その後は再び大人しくなった。

気性が激しいというのか、何かあればその都度吐き出してしまわないと、気が済まない性質なのかもしれ

ない。

 側に居る者からすれば迷惑極まりなく、新手のクワイエルかと思えるくらいである。

「何か解りましたか」

「ウム、あのスキルヴィルめがな。ああ、スキルヴィルとはチビの事ジャワ。そのチビめがな、ワシを勝

手に恐れて、罠を仕掛けおった。ワシがのんびり眠っている間に、あの苔を纏わり付かせ、その魔力で

ワシの心を奪い、起きる事さえワスレテイタと、そういう事だワイ。さあて、どうしてくれようか」

 巨人は思い出すとまた腹が立ってきたらしく、その辺の木を引き抜いては投げ、引き抜いては投げる。

 どうもその木々も巨人の言うチビに植えられたそうで、それを見るだけで我慢ならないらしい。

 でも詳しく聞いてみると、どうやら巨人が眠っていたのは数百年単位という長い時間であるらしく。確

かに誰かがいじった後はあるけれども、大部分は自然の成り行きではないかと、そんな風にも思える。

 だがその辺の知恵は回るクワイエル。細かい事には触れず、ただ巨人の話をウンウンと気持ちよく頷い

て聞いている。やはりとんだ食わせ者だ。

 ともあれ、その日は巨人を宥める事で、一日を費やしたのだった。

 その結果解ったのは、巨人の言うチビとは、やはり例の小人達の事で、(巨人の言葉を信じるなら)あ

っちの方が一方的に巨人を嫌っている。

 巨人は目に物見せてやると息巻いたが、それをクワイエルが何とか収め、更に一日をかけて説得し、と

にかく小人達からも事情を聞く事を納得させてしまった。

 巨人としてもクワイエル達は恩人になったのだから、礼としてある程度は聞いてくれるようである。

 そして、一夜開け。



 クワイエル達は再び苔の洞窟の前に居る。

 何だかこう行ったり来たりしていると、時間の感覚までおかしくなりそうなのだが、魔術師達は大して

堪えないようで、皆平然としていた。

 巨人だけがこの苔を見、例によって怒りがこみ上げてきたらしく、思う様その両の拳で粉砕してやろう

かといきり立ったようだが、クワイエル達は何とかそれを制止した。

 正直な所、もういっそ巨人が怒り狂うままに暴れてもらえば、それで片がつくような気もしたのだが、

魔術師達はその選択をしない。豊富過ぎる探究心と、意味があるかどうか解らない責任感が、その選択を

妨げるのだろう。

 それが良かったのかどうかは解らないが、ほったらかしにして心にしこりを残す事だけは、避けられそ

うである。

「ウム、まあいい、スキルヴィルなんゾ、いつでも捻り潰せるワ。それよりもどうやって入るノダ。あま

りに小そうて見落とす所ダッタワイ」

 巨人は見辛そうに身を屈め、頭部を洞窟に触れそうな程近付けている。あまり目が良くないのか、それ

とも単に癖なのだろうか。

 この巨人の話はたっぷり聞かされたが、そのほとんどはどうでも良いような事ばかりで、核心に触れる

というのか、例えば巨人が一体どういう存在なのかとか、この大陸は何なのかと言った、当然人が抱くだ

ろう疑問には、ほとんど答えてくれなかった。

 いや、巨人にしてみれば答えてくれていたのかもしれないが、クワイエル達にはまったく解らなかった

のである。

 巨人の話し方は大仰で話に脈絡がなく、ほうっておくと話題がぽんぽん飛んで行くので、結局何が何だ

か解らなくなってしまう。しかも身振り手振りを交えて話すから、危なくて仕方が無い。

 だからクワイエル達も諦めてしまい、細かい事をあまり気にしない事にしたのである。

 ともかく巨人が居て、小人が居る。そして両者の仲は悪く、争っている。それだけ解れば話は進む。

「魔術で縮んで入るしかありません」

 クワイエルは視力の事など聞きたそうな表情をしていたが、らしくなく場を弁(わきま)えたようで、

当たり前の返答をした。

「ナルホドナ、それは妙案だ」

 巨人はそれに対しても大げさに驚く。

 記憶が戻っても言動にあまり変化が見られないから、元々こういう性格なのだろう。

 ひょうきんというのか、とぼけていると言うのか、ようするに細かい事は気にしない。だからこちらも

気にしないようにしなければ付き合えない。厄介といえば厄介な巨人である。

 そして巨人は一頻り頷いて満足すると。

「よし、では行こうカイ」

「え?」

 とクワイエル達が問い返す間もなく。

「リーフズラシル、スキルヴィル!」

 威勢良く魔術を行使してしまった。

 みるみる内に巨人を含めた辺り一面の物体の大きさが縮み始め、確かにちびと言えるくらいになった後、

ぴたりと収縮を止める。

 魔力の溢れる大地と魔術のかかっている苔洞窟までは変化しなかったが、木々や岩など、あたり一面に

在った物は例外なく縮んでしまっていた。

「ウム、行くゾイ」

 しかし気にせず進む巨人。ひょうっとしたら見えてない可能性もあったが、クワイエル達も大人しくそ

れに従うしかなかった。

 クワイエル達は何となくだが、何故小人が巨人を眠らせたのかが、解ったような気がしていた。




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