9−13.

 巨人は片拳に顎を乗せた姿勢のまま遠くを見、何か手がかりになりそうな事を思い出そうとしている。

 これはクワイエルが勧めた事で、とにかく手がかりを得る事が大事だと、巨人を説得した為であった。

 しかしどうにも巨人は要領を得ず。まるで、生まれて初めて思い出すという行為をするかのように、意

味のある事をほとんど思い出せなかった。

 この巨人は考えると云う事に、あまり向いていないようだ。

「ウームゥ・・・」

 時折首を傾げたり、或いは拳を開いては閉じて見せたりと、手持ち無沙汰のようにしながら、それでも

必死に考えているようだが、いつまで待っても実のある成果が出そうにない。

 初めはちらほらと何かを言っていたのだが、それもすぐに途絶え、次第に唸る回数が増えて、今では口

を開く事の方が珍しくなっている。

 見ている方が焦れてくるが、かといって焦らせても仕方が無いので、クワイエル達は野営の支度をしな

がら、なるべく気にしないようにしている。

「あーイカン、もうイカンわい。駄目だ、ダメだ。さっぱり解らヌ」

 だがとうとう巨人の方が根負けしてしまい、思い出す事を放棄してしまった。

 結局解った事と言えば、巨人が作ったのはこのつるつる滑る地面と、座っている大きな岩だと云う事だ

けで、森がどうして出来たのか、何か不可解な事が無かったかなどは、何も思い出せていない。

 別にいい加減ではなく、巨人も頑張っていたのだが。それでも思い出せない以上、諦めるしかない。巨

人を責めるのは筋違いだし、責めた所でへこむかいきり立つだけだろう。クワイエル達にとっても、何も

良い事はない筈だ。

「もしかしたら、思い出せないのではなくて、記憶が無いのかもしれませんね」

 一人ぼうっと考えるようにしていたクワイエルが、ふとそんな事を言い出した。

「それはどういう事カ。ワシが覚えてオラヌという事か」

 巨人がむっとしたように語気を強める。この巨人は何も隠そうとしないので、思っている事がとても解

りやすい。勿論、そういう風に見せかけている可能性もあり、そうであればよほどの食わせ者となるのだ

が。見ている限り、そういう事ではなさそうだ。

 それに、もし食わせ者であっても、同じ事だろう。本心が何処にあろうと、クワイエル達は巨人を信じ

るか、或いは放って何処かへ行くか、その二つしか選択肢はない。結局、居るか去るか、それを決めるの

はクワイエル達なのだから、巨人がどうだろうと、本当は大して関係無いのかもしれない。

 クワイエルも食わせ者と大差ない事であるし。

「いえ、そうではなく。消された、或いは奪われた可能性もあるのではないかと」

「ムゥ、なるほど、そうキタか。・・・・では、ソレデ、どうするノダ」

 巨人は一転して期待に満ちた眼差しを向ける。どうやら考える事にすでに飽きており、そろそろ別の刺

激が欲しい年頃であるらしい。

「解りません」

「ナント!」

 巨人は大げさに驚き、思わず立ち上がって拳を握り締めながら、体の前で上下に雄々しく振り始める。

 当れば即粉々に砕かれてしまいそうだが、幸いにも巨人の位置からだと、クワイエル達までは手が届か

ない。クワイエル以外はそれでもひやひやしていたようだが、一番拳に近いはずのクワイエルだけが、平

然とそれを見ていた。

 彼は当らないという目算さえあれば、特に慌てない性格であるらしい。

 肝が据わっているというべきか、極端というべきなのか。やはり食わせ者である。

「しかし方法が無い訳ではありません。貴方ほどの魔力者ならば、どういう方法でも取れるはずです」

「ムゥ、例えばどうするノカ」

 巨人は動きをぴたりと止め、再びクワイエルの顔を窺う。

「過去を見るなり、記憶を戻すなり、奪われた記憶の先を辿るなり、いくらでも方法はあります。だから

こそ貴方を眠らせ、動きを封じたのだと思います。もしかすれば、眠らせる為に記憶を奪ったのかもしれ

ませんが。まあ、それはどちらでも。とにかく、私が魔術の基本を教えますので、それを使ってみて下さ

い。そうすれば、すぐに判明します、全てが・・・・・多分」

「ウム」

 巨人は最後まで聞かず、素直に頷いた。



 クワイエルは基本と言ったが、それは人間で云うそれとは、明らかに別物だった。

 エルナ、いやハーヴィでさえ理解できぬ言葉と法で、巨人は当たり前のように吸収していたようだが、

誰もそれを理解出来る者はいなかった。

 もしかしたらクワイエル本人でさえ、理解出来ていないのかもしれない。

 その証拠に、巨人よりも彼の方が舌が足りないというのか、上手く言葉として話せない様子である。

 つまりそれは人間のではなく、魔術の根源となるルーンに更に近い、原始の魔術。人には扱えぬ神に最

も近い、神そのものにも匹敵する最初の魔術。つまりはフィヨルスヴィズが使っていた、あの不可思議な

言葉だったのである。

 何故それをクワイエルが多少なりとも心得ていたのかは解らない。

 フィヨルスヴィズから学んでいたのか、それとも彼の発した言葉を覚え、独自、或いはハール辺りと協

力して研究していたのか。

 当たり前の事だが自分では行使出来ないのだけれど、何とか知識と術としては、基本の部分くらいは理

解しているように、傍から見ていても思える。

 最も、人間の魔術が元々原始のそれを模したものである以上、理論だけであれば、特に問題なく理解出

来るのかもしれない。力足りず使えないだけで、基本的には人のもフィヨルスヴィズのも、さして変わり

は無いはずなのだから。

 例えそこにこの星と石ころくらいの格差があったとしても、似たような物だと言えば、それはそうなる。

 とはいえ、ハーヴィは黙っていられない。

「何故黙っていた」

 巨人の側を離れ、戻って来たクワイエルに対し、当然のように問う。するとクワイエルは。

「使えないから黙っていました」

 などとさらっと口にした。

 ハーヴィは目眩のする思いがしたが、それでも確かに伝えてもらったからといって、どう出来るとも思

えない。ここ最近は世界情勢も含め、様々な事で仕事が増ているから、言って見れば趣味である、この研

究を、わざわざハーヴィに教えに来いというのも、無理な話しだと思う。

 でもそれにしたって、魔術に対し好奇心旺盛なのはクワイエルも知っているのだから、少しは教えてく

れても良さそうなものだと、ハーヴィは珍しく少し不貞腐れた。

 仲間外れにされたような気持ち、というのが一番近い感情かもしれない。

「いえ、実はまだまだ不備も多く、誰かに知らせるのであれば、きちんと理論を確立できてからと考えて

ましたので・・・・。ハール師はいい加減な情報を好みませんし。それにぬか喜びさせる事になるかもと

・・・、すみません」

 察したのか、クワイエルが素直に謝罪する。らしくなく言い訳めいた事を付け足したのは、罪悪感の深

い証拠なのかもしれない。

 ハーヴィも素直に謝られれば、それ以上怒る気はなく。すっかり機嫌を直して、しかし早速クワイエル

に質問を始めた。そうなればクワイエルも遠慮する事無く、知っている限りの事を教える。

 クワイエルはああ言っているが、ひょっとしたら、単に聞かれなかったから言わなかっただけなのかも

しれない。又は忘れていたのを、巨人をきっかけに思い出したとか。充分に有り得る事だ。

 その間にも巨人は一人でぶつぶつ呟きながら、何度か詠唱しては失敗し、詠唱しては失敗し、その度に

目まぐるしく周囲の環境が変わっている。耐久力が上がっている今の彼らでも、魔力の暴走は怖ろしい。

 だがそこはクワイエルも考えていて、最小の力で練習をさせているらしく、付近の地形は滅茶苦茶にな

り、気候も訳の解らない事になっていたが、取り合えず怪我人は出なかった。

 一番初めに巨人の付近を閉ざす魔術を使わせた事も、その一因かもしれない。勿論、その最初の魔術が

成功するまでに受けた被害は、相当なものであったが。

 それにしても魔術師にとって、一番の恐怖であるはずの魔力の暴走を、例え失敗を覚悟でやらなければ

上達しないとはいえ、力ある存在に何度もそれを行なわせるとは、正気と思えない。

 度胸があるを通り越して、単なる馬鹿ではないかと思える。いや、多分馬鹿なのだろう。

「気を付けて、暫く待ちましょう」

 クワイエル達は全員で防御魔術を張り、巨人が慣れるまでの間、恐々と待ち続けた。




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