10-2.

 岩との生活にも段々と慣れてきている。

 大小様々な形の岩があるから、慣れてくると案外暮らしやすい。日除けになるし、椅子代わりにもなる。

 ただ決定的に足りない物があった。水と食料である。

 山の上では、岩の間から水が湧いていたりもするが。それは別に岩が水を生み出している訳ではない。こ

うも荒涼とした地形に水が湧いている事は、まずありえない。

 此処を生み出した存在が、特に水や食料を必要としていないようで、ここにはそういった物が存在して

いなかった。初めから人間が暮すように考えられていないのだから、当たり前と言えば当たり前の事だ。

 クワイエル達もそれなりに蓄えがあったから、まあ暫くは生き延びれるし、いざとなれば森まで引き返

して、水と食料を探してくれば良いのだけれど。困ると言えば、これは困る。

 困った所でどうしようもないので、数分悩んだ後にあっさりと開き直っていたようだけど、困るのは困る。

 それに一向に生命らしき者に出会えないのが不思議だった。

 確かに広範囲にこの地形は広がっているが、それでもその存在の魔力を感じ取れないのはおかしい。結

界を張っているにしても、魔術の気配は感じ取れる筈で、今のクワイエル達なら、よほど微弱なモノで無

い限りは、察せられる。だから不思議といえば、これが一番不思議な事だ。

 感じ取れる魔力といえば、大地から発するモノばかり。この事は、この地の主が、他者と関わりたくな

い事を意味しているのではないだろうか。

「仕方ありません。先へ進みましょう」

 一週間程調査を続けたが、何一つ成果を得られないので、流石のクワイエルも諦めて進む事を決意する。

この岩々は興味深いが、だからといって一生調べ続ける訳にもいかない。

 彼らの目的はあくまでもこのレムーヴァの探索、そしてその最奥を目指す事。特に時間に制約がある訳

では無いが、人も鬼人も無限の命がある訳ではない。理由無く滞在し続ける事は、控えた方が良かった。

「仕方ないな」

 ハーヴィも納得して頷く。今までにも、諦めて保留とする事は少なくなかった。こればかりは無理強い

する訳にもいかず、他種族を尊重する以上、なるべく刺激しないようにしなければならない。

 クワイエルとハーヴィが納得すれば、他のメンバーにも異論は無かった。すぐに思い浮かぶような疑問

なら、すでに二人が考え、答えを出している。よほどの事が無ければ、一々口を出す必要は無いのである。

 それは無責任ではなく、心からの信頼である。

 ただどの顔にも残念な色、心残りの部分は見える。

 納得し、受け容れたとしても、それで全てが解消される事は少ない。心残りは心残りとして、やはり気

持ちの何処かにいつも残ってしまう。心と云うモノは、切ない。

「後で調べられるよう、少し採取しておきましょうか」

 しかしそう言って、クワイエルが手近な岩を削り取った時だった。

 今まで静かに座していた岩が、身震いするように、突然激しく動き出したのである。

 クワイエル達は皆呆気に取られ、一様に黙って成り行きを見守っていた。



「・・・・・・・・」

 岩は数度震えた後、再び元の位置に収まる。

 後は叩いても突いてもびくともしない、いつもの岩らしき姿である。

 しかし一度疑問が浮べば、クワイエルは生半可な事では諦めない。執拗に叩き、突き、仕舞いには話し

かけたりしながら、見ている方が気の毒になるくらい、その岩にちょっかいを出し続けた。

 こういう時の彼は何かが出るまで諦めない。正直やられている方からすると、とてつもなく鬱陶(うっ

とう)しい存在へと変貌する。

 魔術師は好奇心旺盛で、それだけ執拗(しつよう)で鬱陶しい存在でもあるのだ。

 この時も子供以上に執拗で、陰湿で、岩の方も耐えられなかったのだろう。

「止めんかッ!!!」

 むくりと底面が起き上がり、その底面部分に付いていた顔が、大声を発した。

 そしてその声に呼応するようにして、あたり一面の岩達もむくりと起き上がり、その底面だった部分に

付いていた目で、クワイエル達を一斉に見据えたのである。

 その視線はそれほど強くないモノだったが、何せ数が多いので物凄く気持悪く、クワイエル以外は途方

に暮れるようにして、苦笑いを浮かべるしかなかった。

 しかしクワイエルだけは気にしないらしく、視線を簡単に無視して、目の前に起き上がった顔に対し、

激しい興味を抱くと共に、早速質問をし始める。

 状況からすれば岩顔は怒っている筈なのに、まったくその事を気にしていない。

 多分、旺盛(おうせい)な好奇心が、全てを無視させてしまうのだろう。相変わらず悪気が無く、だか

らこそ余計に始末に悪い男である。

「失礼致しました。まさかそうなっているとは思いもしなかったもので」

 クワイエルはまったく反省しているとは思えない態度でそう言いながら、それでも削った部分を岩に戻

す。すると不思議な事にその小石は、再び岩にぴったりとくっ付いてしまった。

 しかし位置が微妙に違ったらしく、岩に付いている顔が、これまた微妙に嫌な表情になる。だが、当然

のように、クワイエルはその表情を無視する。

 岩顔は更に嫌そうな表情を浮かべたが、それすらまったく気にしていない。

「ここには木のような方達が居たと聞きましたが」

 そして何事も無かったようにして、さも当たり間のように質問を再開した。ここまでくると傍若無人と

か厚顔無恥を越えて、何か崇高であるかのように錯覚出来てしまうが、それは勿論間違いである。

 岩顔もあまりにもあまりなこの人間に対し、虚を突かれてしまったのか、どうにも調子が出ないようで、

厄介な奴に捕まってしまった・・・、という後悔の色だけが、その顔に濃く浮んでいた。

 身の一部分を削られて痛かったのか、とても不快な気持ちになったのかは解らないが。そこでぐっと堪

えて我慢さえしていれば、クワイエル達はそのまま去り、彼らは今も平穏に顔を大地とくっ付けながら、

いつも通り暮せていた筈。

 それがたった一度の失敗で、脆くも崩れ去ってしまった。

 憐れむべきか、悲しむべきか、それとも怒るべきか。岩顔も判断がつきかねている様子。多分全て同時

に現したいが、その手段が見付からないのだろう。

 しかし中には落ち着いているというのか、まあ変わり者がいて。沈黙に耐えかねたらしく、削られ岩の

代わりに、失礼な質問者へも真面目に答えてくれた。

「うーん、わしらが生まれた時にゃあ、もうこんな感じだったがなあ」

 すると他の岩顔も応え始める。

「そうだな、そういやあそんな感じだった」

「あれだ、そもそもそうでなきゃあ、わしらは生まれんわな」

「まあそうだわな」

「これで疑問は晴れたな」

 そのように暫く際限なく発せられる言葉の応酬に、静かだったはずの荒野に騒音の世界が生まれてしま

った。しかし岩達は話すだけ話すと満足するようで、削られ岩を残して、他の岩顔達は再びその顔を大地

へとくっ付ける。すると再び場に静寂が帰って来た。

 岩顔のマイペースぶりも、クワイエルに引けを取らない。

 ただ削られた岩だけは、怒りだか悲しみだか良く解らない感情を、どう収めて良いか解らないらしく。

相変わらず顔を風に晒したまま、ぷるぷると震えていた。

 そのまま大人しく顔を大地にくっ付けて、知らぬ存ぜぬで忘れてしまえば、これ以上クワイエルと関係

を持つ事はなかったかもしれないのに、真に残念かつ可哀想な事である。

「まずは謝らんかい!!」

 結局、岩顔が出した結論はそれだった。とにかく謝れ、それが先だろう。良く解らないが、謝ってくれ

ればまだ何とか収まりが付くのだと。藁にも縋(すが)る思いでそれを求めた。

 でも今更そんな事をしても仕方が無い。クワイエルペースは崩せず、怒ってはみたものの、それも不安

の裏返し。初対面で驚かせなかった岩顔の負けなのだ。

 この岩顔にはそれだけの力しかなく、クワイエル達が特に協力な魔力を感じなかったように、それほど

大きな力は持っていなかった。大地とくっ付いている為に、判別が難しいというのもあるが、個体として

の力も、それほど高くはない。

 勿論、それでも鬼人を凌駕するくらいの力はあるだろう。数も多いから、侮れない。ただ不幸にもあの

巨人の後であったから、少々の事ではもう驚けないのである。

 クワイエルを除き、ハーヴィ達も少々この岩顔が可哀想になってしまっていたが、彼らとしてもクワイ

エルを止める事は困難である。結局、成り行きを見守る事に決めたようだ。

 この出会いが、もし巨人の前であれば、まだ岩顔にも主導権を握れる可能性があったのに、残念な事で

ある。

 岩顔もとにかく怒鳴りつけ、怒りを示してみたが、本心はどうしていいか解らなくなっていた。

 調子が一度崩れると、何だかとても居心地が悪くなるものである。

 しかも精一杯の怒気も通用しない。岩顔はほとほと困り果ててしまっていた。




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