10-10.

 前に居る二人は相変わらず小声で会話を続けているが、あれっきりハーヴィには何も言ってこない。時

折ちらちらとこちらを見るのが気になるが、多分余計な事は言わない方が良いのだろう。

 審判を焦らされているようで苦痛だったが、ハーヴィは黙って待つ事にした。

 暇なので二人以外を観察してみる。

 まず目が行くのが建物らしき物。ドアらしき物が一つ付いていて、全体は細長い筒状の形をしている。

大きさはハーヴィと同じくらい。前に居る布人達は小柄なのだが、それでも住居としているとは思えない

程度の大きさだ。もしかしたら砂の貯蔵庫なのだろうか。それとも魔術で中は広くしてあるのだろうか。

 しかし魔術で中を広くしているのだとすると、この大きさは中途半端な気がする。おかしな建物である。

 見ているとどんどん興味が湧いてきたが、不用意に近付くと布人に警戒される可能性がある。ここはや

はり大人しく待つ事にする。

 そんな風に大分人間に近くなってきた好奇心を持て余していると、走り去った一人が去った時と同じく

物凄い速さで帰ってきた。

 前に居る二人も会話するのを止め、そちらに顔と声を向ける。

「どうだった」

「どうもこうも」

「どうもこうもでは解らん」

「解っている、取り合えず聞け」

「うむ」

「そうしよう」

 帰ってきた布人はハーヴィの方をちらと見たが、すぐに視線を二人の方へ戻した。

「結論から言えば、死にかけている」

「死ぬのか」

「なんだ、死ぬのか」

「うむ、放っておけば死ぬ」

「なら、安心だ」

「そうだ、安心だ」

「で?」

「で?」

「ん?」

「あっちは死にかけていたが、こっちはどうだったんだ。こちらのでかいのは何しに来た」

「いや、知らん」

「知らんなあ」

「知らんって、聞いてないのか。ああ、言葉が通じないのか」

「いや、言葉は通じる」

「通じる」

「通じるのか。なら何故聞かない」

「通じるけど通じない」

「そうそう、通じるけど、通じない」

「・・・・・解らん事を」

 帰ってきた布人、これを布人1とする、は2と3に呆れたような声を出しながら、ようやくハーヴィの

方を向いた。どうやらとうに用件などを聞き出し、こっちはこっちで片付いていると思っていたらしい。

 確かにそこそこ時間が流れているから、そう思うのも無理はない。ハーヴィは少し気の毒に思った。

「言葉は通じるな。お前は一体何をしにきたんだ」

「水と食料が欲しい」

「ん、何言っているのかさっぱり解らん。ああ、だから通じるけど通じないのか。なら、初めからそう言

え!」

 布人1はだんだん腹が立ってきたらしく、2と3を怒鳴りつける。全身を覆う布が内側から膨らむよう

に広がった。

「いや、通じるんだ。こっちの言葉は解る」

「うん、通じた。だけど通じない」

「・・・・いつも解り難いんだよ、お前達は」

 1の布が若干萎む。良く解らないが、布人はこうして感情を表現したり、訴えたりするのだろう。注意

して見ると、布が感情に従って忙しなく動いているのが解る。何となく面白い。クワイエル達が死にかけ

ているのだから不謹慎だとは思うが、彼らには見る者を和ませる力があるのかもしれない。

 もしかしたら、そういう魔術を使っているのかもしれないが、彼らの話を聞いていると、切羽詰った状

況を忘れそうになる。

 布の中はどうなっているのだろう。もしクワイエルがここに居たら、耐え切れず布を捲っていたと思う。

そう言う意味でとても魅力的な布だった。

「もういい、お前らは黙ってろ」

 1は心底呆れたようにハーヴィの方へ向き直る。2と3は別に気にしていないのか、また二人で会話を

始める。1は煩そうに一度彼らを振り返ったが、会話を止めさせるまではしなかった。

「まったく、だから三人一組ではなく、一人一人行けば良いのに」

 1が文句を言いつつも布の中でごそごそと何かをしているのが解る。

「おい、もう一度そちらの用件を言え」

「水と食料が欲しい」

「うむうむ感度良好。で、食料は何となく解るが、水とは何だ」

 ハーヴィは溜息を吐きたくなった。



 懸命に説明し、ハーヴィはようやく水の事を布人達に理解させる事が出来た。

 彼らには必要の無い物だから手元にはないが、砂漠を少し奥へ入るとオアシスが多く存在し、それを得

るのは容易だと言う。ハーヴィが時間があまり無い事を告げると、布人の一人が走り去り、あっと言う間

におかしな容器に水を入れて持ってきてくれた。

 こんなに簡単な事なら、初めから北を目指せば良かったと思うが、結果が出てからそんな事を考えても

仕方がない。ようするに運が良かっただけなのだ。

 ハーヴィは水を持って急いでクワイエル達の許へと戻る。

 クワイエル達は相当弱っていたが、水を飲むと元気を取り戻した。後はゆっくり休めば、時間と共に力

が戻ってくるだろう。

 布人達もクワイエル達の傍へ移動し、砂を採取する準備にとりかかっている。

 ハーヴィはそれを手伝う。協力する事が、水の代価である。

 布人は砂に含まれるある成分を食い、またある成分を材料にして様々な物を作り、それを他種族と交易

する事で暮しているらしい。代価となるのは砂、或いは彼らの興味を惹く物。他種族にとって、布人達の

交換レートはとても良心的である。

 布人は発明家であり、何かを作る事に無上の喜びを見出す。だから未知の物を見て発明意欲がそそられ

る事にも、大きな価値を付けるらしい。

 今回ハーヴィ達を助けるのも、彼らが珍しいからであり、布人達にとって害にならないだろうと判断さ

れたからである。布人達は交易出来そうな相手なら、他に面倒な事は言わない。友好というのではなく、

自分達の発明意欲と生存を邪魔しさえしなければ、後はどうでも良いのである。

 彼らにとっては発明と砂が全て。

 その布も嵌め込まれたガラスのような物も、驚く事に砂から抽出される成分から作られているそうだ。

彼らは全てを砂から作り、砂がある限り生きていける。

 この大陸に住まう種は、皆大地と密接に関わって生きている。布人達もそれは変わらないようだ。

 布人達の準備が整った。

 採取の方法はいたって簡単。単に砂を手か何かで掘り起こし、それをそのまま円柱の建物に放り込むだ

け。建物も移動させやすい作りで、持ち上げて運ぶのではなく、横に倒し転がして動かす。布人がこれを

いきなり倒して転がし始めた時は、流石のハーヴィも唖然としたが、便利といえば便利かもしれない。

 鈍く光を放つ外見からは想像も出来ないが、この建物の材質はとても軽い。多分ハーヴィなら片手一本

で持ち上げられるのではないだろうか。人間でも両手を使えば抱えて持てそうだ。しかし布人達は非力で

はないが剛力でもないのと、中に入れる砂が重いので、そんな事はしない。

 まあ、鬼人でも人間でも、転がせばいいものをわざわざ持ち上げるような事はしないと思うが。

「さあ、掘って掘って、さあ掘って」

「えいやこらほい、えいらこらほい」

「どんとこど、どんとこど」

 おかしな掛け声と共に、布に隠れて見えない手だが何かを使って素早く砂を掘り起こす布人達。

 ハーヴィとある程度動けるようになったレイプトとユルグに与えられた仕事は、布人が掘り出した砂を

建物内に運び込む事である。

 布人達のように器用に砂を持ち運べないので、寝具ようの布に包んで運ぶのだけれど、これが結構な重

労働で弱った身体には少し堪える。

 それでも彼らは文句一つ言わずに運び続けたが、布人達が掘り出すのが速過ぎて、とても追い付かなか

った。いくら運んでも片付かず、その度に布人1に怒鳴られ、鬼人達は情けない気持ちになる。まさか自

分達の半分くらいの大きさの者達に、力仕事で遅れを取る事になるとは思わなかった。

 ハーヴィ達は己の傲慢さを恥じた。

「うむ、これくらいあれば良いだろう」

「誰も文句は言うまい」

「そりゃあ、砂を取って文句を言う奴はいないよ」

 ガラスの向こうの顔はまったく見えないが、何となく布の動きと声で彼らが満足しているのが解る。鬼

人達もほっとした。この調子なら変人担当のクワイエルが寝込んだままでも、何とかなりそうだ。

「よし、お前達を我らが里に案内しよう」

「そうしよう」

「でも良いんだろうか」

 布人3の一言が気になるが、ハーヴィ達にとって嬉しい提案だった。身体を休ませるのに、この砂漠は

辛過ぎる。快適な住まいとまでは言わないけれど、屋根と壁のある建物に入りたい。

 こうしてレイプトがクワイエル、ユルグがエルナを背負い、ハーヴィが例の円柱を転がしながら、呆れ

る程足の速い布人達の後を必死に追った。

 これでも鬼人の足に合わせて、いつもよりも速度を落としているというのだから、どこまでも砂漠に適

応した種族である。布人達は生まれた瞬間から砂を自由に持ち、砂の上を風のように駆ける事が出来るら

しい。

 しかし鬼人は森の中で生まれた。身体能力が高く、魔術を使っても、やはり砂の上を上手く移動する事

は出来ない。鬼人も砂漠の上ではただの迷い子である。




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