10-11.

 布人達の足の速さに閉口しながらも、ハーヴィ達は何とかその後に付いて行く。

 砂漠の暑さも砂に足をとられる事も魔術で何とかなるが、この速さだけはどうにもならなかった。速度

の桁が違うので、どう足掻いても同等の速さで行く事は不可能。そこで案内役として一人だけが残り、後

の二布は準備や連絡の為に先に行ってもらっている。

 案内役に残ってくれた布人1はあまりの遅さに始終退屈そうな顔をしていたが、それでも我慢強く(彼

らからすると)更にゆっくりと歩いてくれた。布人もゆっくり進もうと思えばそうする事は出来るらしい。

 そういえば、砂を掘っている時はそんなに速度を出していなかったような気がする。砂がこぼれるのを

防ぐ為なのか、折角掘った場所を荒らさない為なのか、それなりにゆっくりと移動する機能も備わってい

るようだ。

 もしかしたら、普通に歩くのと速く走るのとは、別の機能なのかもしれない。

 人間のように、ゆっくり進めば歩く、速く進めば走る、ではなくて。例えて言えば、ゆっくりの時は手

で歩き、速くする時は足で歩く、そんな感じなのかもしれない。

 そもそも手足という区別があるのかどうかも解らないし、布で隠れている以上、その中がどうなってい

るのかを窺い知る事も出来ない。

 布人達に会った時から物凄く気になっているのだが、流石に中を見せてくれとは言い出し難いし、失礼

過ぎる事だろうと思える。

 布が上着とかそういうのなら良いとしても、普通の服であれば、鬼人と人どちらの感覚から言っても、

服を脱いで見せてくれ、とは言えない。布人の考えは違うかもしれないが、とても気軽に言い出せるよう

な事ではなかった。

 どうしようもなく気になるが、好奇心を抑えて進むしかない。

 どのくらい進んだだろう。合間に休憩をとってくれた為、そんなに疲れは無いが、距離の感覚が相変わ

らず掴めない。

 何しろ四方は砂ばかりの同じ光景、どこを見ても砂漠。行き先も今どの辺りに居るかもハーヴィ達には

解らない。一体どのくらい進んでいるのか、どの方角へ進んでいるのか、そう言う事がとても解り難い。

 それに布人に付いて行くのに必死で、そう言う事を考えている余裕もほとんど無かった。

 自分の位置と目指している方向が解らない。それは大変危険な事だったが、布人達を信じ、彼らは進み

続ける。他に当ても無いし、一度進んだ以上、後は信じ抜くしかないからだ。

 そんな風にして何もかも解らなくなるくらい進んだ頃、風が強く砂煙の舞う中、砂を入れた円柱と似た

ような形と質感の建物がふと目に映った。

 視界が良くないから今まで解らなかったが、すぐ傍まで近付いていたらしい。

 徐々に視界が晴れ、はっきりとその姿が見えてくる。

 円柱どころではない、見上げるように高い塔が乱立していた。まるでビル群が砂漠の中に忽然(こつぜ

ん)と現れたかのような、不思議な印象を受ける。

 砂漠に住んでいるのだから、まさか穴を掘ってその中で生活しているのではないだろうと思っていたが、

まさかここまでとは思わなかったので、ハーヴィ達は度肝を抜かれた。

 こんな物を砂から作り出せるとは、なんと途方も無い技術なのだろう。発明家と言っていたが、確かに

その技術力は桁違いである。

 更に近付いて行くと、ある地点を越えた瞬間、空を舞っていた粒砂すらも消え、良好な視界が出現した。

しかし魔術を使っている気配がしない。となると、これも何かの発明なのだろうか。それとも自然に視界

が晴れるような場所が、この砂漠には以前からあったのか。

 或いは昔誰かが住んでいて、その後に布人達が移り住んだ、という可能性もある。

 しかしそんな事よりも、思うべきは建物の高さだ。

 天を突く。その形容が相応しい。

 まさに天を貫き、遥か天を越える高さの建物が眼前に乱立している。

 それは天を支える支柱とも思えた。

 ハーヴィ達も目を奪われている。ハールの塔も霞む高さ。どうやってこんな物を隠しておけるのだろう

か。布人達への興味が、益々高まる。



 布人達の街はとても物が多い。ごてごてと飾り立てるように、発明品の山がそこかしこにある。まるで

ゴミのように積まれたそれは、しかし別に捨ててある訳ではなく、一応整理されて置かれているらしい。

 それらのほとんどは作ったのは良いが、特に今使い道の無い物ばかりで、そういう意味ではゴミと言え

なくはないとしても、不用品という意識は無く、所有者がそれぞれ大事にしているそうだ。

 布人にとって、発明品の数が多い事が地位の証になるらしく、物が多いと言う事も悪い事ではないらし

い。それに本当に不用品だと思えばすぐに元の物質に戻せるので、いわゆるリサイクルも簡単に出来る。

だから物が溢れて、物に押し潰されそうになるような事も無い。

 布人達は発明家だけに一般に賢く、欲望だけに捕らわれる事もない。発明に熱中する余り、他の事を何

にも考えず全てを疎かにするような、どこぞの愚か者達とは基本的に違う。危険な物も、取り扱いに困る

ような物も、初めから作ろうとしない。

 彼らは自分が扱える分だけ発明し、地位よりもむしろ楽しみの為にやっている。

 住居は一般的に塔とか柱とか言われ、その高さもまた発明家の誇りであるらしい。いかに堅牢に、そし

ていかに高くそれを作るのかが、発明品の数と同じく、布人の技術力を示す証であり、誇りとなる。

 この街は天を突く塔が無数に建っている為、どこも薄暗い。

 影が多く、空気もこもっているような気がする。

 布人達は気にならないようだが、太陽と共に生きて来たハーヴィ達にとっては少し苦痛だった。空気が

重く、吸い込むと咳込みそうで、光に浄化されない景色というのは、やはり心の全てを重くする。

 案内してくれている布人1の塔に着き、中に入ってからも、その心は続いた。

 塔の中はどういう作りなのかある程度明るく、外よりはましだったのだが、どうしても薄暗い感じが消

えなく、空気も似たような物で、何だか落ち着かない。

 布人とは求めるものが基本的に違うらしく、彼らが快適と思える環境には、ハーヴィ達の方が適応出来

ないようだ。

 あの苔洞窟に住んでいた小人達と似ているかもしれない。

 言ってみれば日陰を好む種族。人が日向を好むのと逆に、閉ざされた場所で太陽とは別に暮している。

塔内に明かりが取り込まれている事を考えると、まったく太陽の影響を受けないという事は無いと思うが、

基本的に人間や鬼人とは違う価値観を持つと考えた方が良さそうだ。

 まあ、大抵の種がそうなので、今更そんな事を注意するまでもないのだが。

 ともかく、居心地は良くない。

 布ですっぽり覆っている姿も異様と言えばそうだし、面白くもあるが、何となくすっきり出来ない雰囲

気がある。

 だから駄目だとか、そうだから共生できないとか、そういう事を言うつもりも必要もないけれど、その

辺の食い違いが誤解を生まないのかと不安にはなる。

 だがこの塔の中で布人の話を聞いていると、その不安が杞憂である事が解った。

 彼らはそういう差異に対して、何の不安も苛立ちも感じない。むしろその違いこそが彼らが求める新た

な刺激で、それを得る為に行商人のような事もして、自分から他種族へ関わろうとしている。

 今までに会った多くの種のように保守的ではなく、逆にその違いと変化に価値を見出し、他との差異を

自分達の利益としている。だから保守的な種とは折り合いが悪くて当然だけれども、だからといって布人

達の方は不快に思ったりはしない。

 むしろその保守的な部分にも興味があり、良い刺激があり、好ましいのだ。

 ようするに何でも楽しめる、何よりも前向きな種族。

 ハーヴィはクワイエルとエルナを布人が用意してくれた(その場であっと言う間に作ってくれた)寝台

へ寝かした後、レイプト、ユルグと共に、興味深く布人の話を聞いている。

 彼らはやはりというべきか話好きなようで、遠慮無く何もかもを教えてくれた。

 クワイエルが不調の中、それでも耳をそばだてて、さりげなくその会話を聞いていたのは、言うまでも

ない。




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