10-12.

 クワイエルとエルナは順調に回復しているが、ハーヴィの見立てではもう暫く休ませた方がいいように

思える。

 今まで無理を重ねてきたのだから、この辺で少し休みをとっても良いだろうという想いも在るし。大陸

の環境は苛酷なのだから、休める時に休んでおいた方がいいだろう。

 ユルグとレイプトもそうだ。鬼人の身体が人の数倍丈夫だと言っても、彼らは経験少ない内からこの強

行軍に参加している。弱音を吐かず、黙って耐えているが、正直な所様々な所で無理がきている筈だ。二

人にとっても、これは良い機会である。

 そしてそれはハーヴィ自身も同じ事。いくら優れた魔力、つまり生命力を持っていたとしても、流石に

砂漠で遭難する破目になれば堪える。彼が一番深刻ではない状態だったとしても、平気な訳ではない。他

の者よりはいくらかましだっただけなのだ。

 ハーヴィ自身、一度ゆっくりしたいと思っている。

 一人になり、静かな場所で瞑想する。出来れば森林の多い場所が望ましいが、そこまで贅沢は言わない。

身と心を落ち着け、整理する時間が取れればいい。幸い皆回復に向っているから、ハーヴィがここでする

事はほとんどなくなっていた。

 そこでハーヴィは後を布人に任せ、布人が作ってくれた砂漠内でも自由に呼吸出来るマスクを付け、外

を出歩く許可を貰い、独りで静かな場所を探す事にした。

 布人1の話によると、建物内に入らなければ、文句を言われる事は無いらしい。実はこの間も発明協会

とでもいうべき組織の中で、ハーヴィ達の扱いをどうするか協議中らしいのだが、すでに街内に入ってい

る為、今更外を出歩くくらいなら強くは言われないとの事だ。

 布人達の方でも、ハーヴィ達が知らない間に色々な事をしている。前に布人3が、彼らをこの街に連れ

て行っても大丈夫だろうか、ともらしていた事を思い出したが、もうここまで来たら後は流れに乗るしか

ない。

「まあ、今更追い出したりはしないだろう」

 そう願いながら、開き直って体力回復に努める。

 考えていても仕方ないので、思考はもうその辺にして、辺りを見物しながら、目的の場所を探す。

 塔の数は多いが、外出している布人は驚く程少ない。たまに発明品の山を整理しているのか、何やらご

そごそやっている姿を見かける程度で、例えば井戸端会議をするような、そんな光景は一つとして見れな

かった。

 布人達は話好きだと思っていたが、それは誰でも良い訳ではなく、ひょっとしたら他種族と話すのが好

きな種なのかもしれない。

 砂漠で布人達が色々話していたのは、他に相手がいないのと、やる事が砂を掘る事しかない為に、布人

同士で喋ってでもいないと間が持たなかった為だろうか。或いは仕事を円滑に運ぶ為に会話していたのか。

 布人は案外社交的ではなく、そのほとんどは塔に篭って独りで発明をしているようだ。人間の魔術師

のように偏屈な変わり者集団。そんな風に捉える方が、当っているのかもしれない。

 この街には不可思議な孤独がある。沢山の布人がいながら、その何処にも寂しさが存在している。それ

が望んで手に入れたモノなのか、望まず手に入れたモノなのかは解らないけれど、どうやらハーヴィの望

む静けさを手に入れる事は出来そうである。

 ハーヴィは少し迷った末、結局この地では何処でも一緒だと気付き、手頃な日陰に座して、その中へと

すうっと身を潜めた。

 そしてこの砂漠の鼓動を感じるように、ゆっくりと深呼吸を繰り返しながら、その心の内へと静かに潜

り込んでいく。

 跡にはハーヴィの気配すら残らない。

 瞑想とはあるがままの自然と一体になる事であり、ようするにそう云う事である。



 音が無い訳ではないが、不思議な静けさの中を、ハーヴィは独りたゆたう。

 無心になり、あるがままをさらけ出すようにしていると、様々な事が感じられる。生命の鼓動であり、

魔力そのものであるような、不思議な感覚。自然界からそれを取り込む事で、生命は初めて生きられるの

だろうか。

 それは食物や水を摂取するという事以上に、命そのものを育む何か。物質は同じ物質である肉体を作る

が、生命はこの生命そのものでなければ存続させる事が出来ないのかもしれない。

 そしてその流れ、感覚、気配を掴む事で、ハーヴィは環境は違っても自分は自然の中に居るのだと云う、

当たり前の事を改めて実感し、安心する。

 心の重荷が薄れ、その奥から抑えられていた活力が湧き出のを感じた。

 ハーヴィはすっと立ち上がり、空を見上げる。

 時間で言えば小一時間程度だろう、もしかしたらもっと短いかもしれない。でも今はそれで充分だった。

 昔は平気で丸一日瞑想していた事もあったが、今はその必要はない。全ての整理はつき、精神は還って

いる。彼は成長した。或いはこの地に宿る強い魔力が、それだけ彼の魔力を活性化させるのか。

「やはり住まう場所には、総じて魔力が満ちている」

 鬼人もそうだが、生命が住み着く場所は、付近よりも魔力が豊富に満ちている場所である事が多い。ま

るで生命そのものに引かれるかのように、生命はそこへと集う。

 それは布人も変わらないらしい。そう思うと少し楽しくもなる。

 生命と云う逃れ難い共通性が、この地上に生まれた生物の中にはあるらしい。だとすれば、違いとは一

体何なのだろう。我々は全て同じルーンで繋がるたった一つの生命なのに。

 それが真理かは解らないが、何となく何かを悟れた気になると、心が少しすっきりする。

 ハーヴィは思想的な収穫も得て、後はそのまま布人1の塔へと戻って行った。

 ありとあらゆる場所に積まれている発明品に興味が無い訳ではないけれど、迂闊(うかつ)に触ると何

が起きるか解らない。好奇心を抑えながら、大人しく歩を進めた。



 ハーヴィが戻ると、クワイエルとエルナはもう起きられるようになっていた。

 まだ少し辛いようだったが、この調子でいけば2、3日で軽い運動を出来るくらいにまで回復するかも

しれない。

 クワイエル達に状態を聞き、ユルグと共に細々とした雑用を終えると、ハーヴィはふと布人の姿が見え

ない事に気付く。大抵物の傍で何かやっているのに、何処へ行ったのだろう。

「知らせがあったらしく、出かけて行かれました」

 レイプトが表情を察したのだろう、そう教えてくれた。彼には布人の手伝いを頼んでおいたが、今も何

かやっている所を見ると、緊急の呼び出しでもあったのかもしれない。布人が発明を後回しにしてまで、

何かをする事はちょっと考えられない事だ。

 ハーヴィは取り合えずレイプトと交代し、彼に休憩するよう命じた。わざわざ命じたのは、ちょっとの

事では遠慮して休まないからだ。ひょっとしたら休む事が退屈なのかもしれないが、身体を休ませる事も

大事な事である。

 こうして布人から頼まれた事を代わりにやっていたのだが、一通り終わっても布人は戻ってこない。仕

方ないので、先に食事を済ませておく事にした。



 布人1が布人2、3を連れて帰って来たのは、日が完全に沈んでからの事だった。

 相変わらずがやがやと何かを言い合いながら、騒がしく慌しく動く。そしてハーヴィ達に、少し待って

居てくれ、と告げると、そのまま階上へと行ってしまった。

 そしてその後も時間を置いて幾布も幾布も布人達が入ってきては階上へ上がっていく。布塊集団がぞろ

ぞろと歩く姿は、少し不気味で、何とも言えない。

 流石のクワイエルも驚き静かに眺め・・・・ている事はなかったが。それ以外の者達は唖然としてその

光景を見送った。

 しかしこれだけの人数を、この塔のどこに置くのだろうか。

 クワイエル達は一階部分しか見た事が無いのだが、確かに塔は物凄く高く大人数でも入れる事は出来る

だろう。しかし入るからといって、それで解決する訳ではない。建物としての高さは比べ物にならないと

しても、一階分の広さというのか、縦横の長さは人間の家屋よりも若干小さい規模で、どう考えても何十

人も入って何かが出来るようには思えない。

 宿泊施設でもあるまいし、上は一体どんな姿になっているのか。

 その後も後から後から布人達がやってきては、まるで吸い込まれるように階上へと消えていく。

 半時間もすると流石にその勢いは途切れ、新たに来る者は居なくなったが、おそらく百人単位の数が階

上へ入っている筈。気になって仕方ない。どうしても見たいが、しかし布人1に待って居てくれと言われ

たのだから、勝手に上がる訳にもいかない。

 お世話になっているのだから、勝手な事はしたくなかった。

 皆言葉を発する事もなく、成り行きを見守る。

 ただクワイエルだけが、待つ事も楽しみと言わんばかりの好奇心に満ちた目で、上へ行くスロープを物

凄く見ていた。

 身体も良くなってきた事で、抑えられていた心が、より強く吹き出しているのだろう。

 ハーヴィはそれを見て、元気になったのを安心しつつも、少し不安を覚える。出来ればそっちの方は復

活して欲しくなかった。そういう気持が浮んだのだ。




BACKEXITNEXT