10-13.

 暫く待っていると、上から布人1らしき布が降りてきて、ハーヴィ達に上がってくるように言った。

 クワイエルとエルナは病み上がりの為、大事をとって抑えてもらい、ハーヴィはレイプトとユルグを連

れてスロープを上がって行く。階段でないのが彼らにとっては不便に思えたのは、布人達と身体の構造が

違うせいなのだろう。

 階段ではなく坂に作ると云う事は、彼らの足(そういう部位があれば)が縦の動きよりも横の動きに適

していると云う事で、そこに砂漠を素早く移動できる秘密があるのかもしれない。

 ハーヴィ達は壁に手を付きながら慎重に進む。こんな所でバランスを崩して転げ落ちてしまっては、何

となく一生気まずいまま、布人達と付き合っていかなければならなくなるような気がしたからだ。

 程なく上の階が見えてきた。ハーヴィは首を伸ばし、上階を覗き見る。

「・・・・・・・」

 絶句した。上階は二階というには余りにも広過ぎる。彼らの常識を無視し、一階部分を除いた後の全て

が丸々二階になっていたのだ。あの天を突く塔のほとんどの部分が、二階という一つの大きな部屋なので

ある。

 勿論それは天井と床で区切られていないというだけで、スロープは延々と上へ続いているし、吹き抜け

になっているというよりも、灯台などのように階数の区別が無いというイメージを思い浮かべる方がしっ

くりくる。

 そしてそのスロープに沿うように、下からずらっと議席のような物が遥か天まで続き、無数の布人がそ

の席を埋めていた。

 議会場のような物を思い浮かべれば、想像しやすい。あれがそのまま果てしなく上に何段も続いている。

 他の塔も同じ構造だとすれば、一階部分が生活場所であり、他の上階全てはただ議会のようなものを開

く為にだけ造られていると考えられる。

 布人をいくらでも収納出来る筈だ。百人単位の数が居るだろうこの中でも、天まで続く議席のほんの少

しの部分しか埋まっていない。

 九割以上空席であり、最早意味があって作っているというよりも、単にそういうデザインだからそうし

ているような、無意味な飾りであるかのようにも感じる。

 いつ頃から塔を高くする事を競うようになったのかは知らないが、元々は単にどこの家でも集まれるよ

うにと、それだけの為の設計だったような気がする。それが高さを競うようになって、この不自然な光景

を生み出す事になったのだろう。

 布人達は慣れている為か気にしていないようだが、ハーヴィ達から見ると、不気味極まりない。

 そして一つの疑問と答えが浮ぶ。

 布人達は一々の事にこうして集まって議会を開き、その上で何でも決めているのではないのか。

 それなら今まで待っていたのも、布人を集めるのに時間がかかったのでも、会議が難航しているのでも

なく、単に布人1の順番待ちだったのではないだろうか。

 となると、ハーヴィ達が来たのもそれだけの事で、特に他に優先する出来事ではなく、身の危険を憂慮

したり、いきなり追い出されるような、そんな事を心配する必要は無いという事になる。

 それとも、優先順位などはなく、単純にきっちりと申請順に会議が行なわれるのだろうか。

 解らないが、ハーヴィは少しほっとした。

 そして雰囲気に圧倒されながらも、恐る恐る階上へと進む。広すぎる光景というのは、何処か心を圧迫す

る。もしかしたら、そう言う事も計算されているのかもしれない。

 ハーヴィ達が姿を現すと、布人達が一斉にこちらを見た、ような気がした。

 それから布人1らしき布が側に来て(布人を区別する事は難しい)、議長らしき布が何かを発した事で、

議会が始まったようだった。



 布人達が何を言っているのかはほとんど解らない。

 言葉は魔術で翻訳出来るものの、声は普段どおりの音量で、沢山の布人が一度に喋りだすので、とても

付いていけない。耳には入るものの、その全てを理解する事は不可能である。例えるなら、すぐ側で四方

八方から複数の人間に同時に喋られているようなもので、その言葉達がぐちゃぐちゃに交じり合い、

訳が解らなくなる。

 横で布人1(やはり布人1だった)がちょくちょく状況を説明してくれている事を思うと、それはいつ

も通りの事で、布人達は普通に会話出来ているらしいが、ハーヴィ達にはとても理解できなかった。

 そして時にハーヴィは質問された事に答え、時に前に連れて行かれ、怖ろしい程の言葉の渦の中を、延

々と過ごす事を強いられている。

 これは正直苦痛で、出来れば今すぐに逃げ出したかったが、色々と世話になった恩を思い、ハーヴィは

必死に耐えた。

 レイプトとユルグを見ると二人とも顔面蒼白で、ハーヴィ以上に消耗している事が解る。

 これは明らかに不自然だと思い、感覚を研ぎ澄ませてみる。すると、この飛び交う言葉自体が、魔力の

塊である事が判明した。布人達は言葉よりも、むしろ自分の言葉を魔力に変えて、或いは乗せる事で、会

話というよりは交信しながら話し合っている。

 道理で声も大きくなく、平常と同じ音量で話している筈だ。そして道理でただ言葉を浴びるだけで、こ

れだけ疲労する筈である。これは魔力のより小さい者にとっては、拷問と変わりない。

 ハーヴィは布人1に断りを入れて、魔力緩和の結界を張った。そして気が緩んでいた自分を恥じる。こ

の程度の事は、すぐに察知していなければならなかった。異種族との交流において、自分達の基準で物事

を考える事は、一番危険な事である。



 ハーヴィは布人1に全てを任せ、その質問に素直に答え、成り行きを見守っている。

 下手に何をどうこうしようとは思わない。余計な事をしてひっかきまわせば、困るのは自分達だからだ。

 それに布人達の会話が凄まじすぎて、入り込む余地も無かった。鬼人や人間とは全く違う。

 布人達は一斉に喋り続ける。一布が何かを言えばそれに対し他の全てが何かを言い、それに対してまた

それぞれに意見を言うような感じで、際限なく言葉だけがこの空間に満ちていく。

 塔の上階が天を貫くように高いのは、この満ちる言葉で塔が破裂しないようにしている為であるように

も思え、ハーヴィは何となく納得出来るような気持ちになった。

 確かにこれだけの高さがなければ、この無数の言葉達は行き場を無くし、どんどん結合して膨らんで、

仕舞いには全てを押し潰してしまうだろう。

 ただの言葉ならまだ良いとして、言葉が魔力と化している為に、それも冗談事ではない。まるでこの空

間で言葉塊とかいう何かが誕生してしまうかのように、満ち満ちた魔力ははっきりとした存在感を示し、

ハーヴィ達を圧迫してくる。

 それは膨らむ事はあってもしぼむ事は無く。ハーヴィの張った小さな結界などすぐさま圧し潰してしま

うように思えた。

 そんな事をぼんやりと考えている間も、議会は進行している。いや、もう何がどう進行しているのか、

初めから進むとかそういう事があるのかどうかすら、解らなくなっている。

 川の流れに乗る木の葉のように、自分から動く事は無く、ただただその奔流の中に身を投じて、そして

溺れるでもなく、しかしその流れを支配するでもなく、あるがままに流れ落ち、行き着く先は全て同じよ

うな、そんなどうしようもなさを感じている。

 布人達の魔力は、ハーヴィが考えていたよりもずっと大きい。それは自身の魔力量の大きさというより

も、許容量の大きさという意味だが、ハーヴィ達を遥かに凌駕している事には変わらない。

 ハーヴィ達に理解できたのは、結局布人1が言った最後の一言だけだった。

「交易は許可する。いくらでも受け容れよう。しかし長い滞在は許されない。なるべく早く出て行ってく

れ。・・・という事に決まった」



 布人達は人との交易には興味がある。しかし生活様式が違い過ぎる為、ずっと一緒に過ごすような事は

出来ない。布人達はそのほとんどを議会で決めるが、どうやらハーヴィ達はそれに耐えられない。だから

お互いに生活区は別にして、余り干渉しないようにした方が良いだろう。

 間単にまとめればそう言う事になる。

 出て行ってくれ、とは言葉が悪いが、別に悪意が込められている訳ではない。

 ハーヴィ達には異論無く。クワイエルとエルナの体調が回復したので、彼らは早々にこの街を出て行く

事に決めた。

 食料と水も充分に持っている。今度は遭難するような事は無いだろうし、いざとなれば布人を呼べるよ

う笛のような物も貰っている。

 特殊な波長の音波を生む笛で、この砂漠内ならどこまでも届き、布人なら誰でもそれが解るそうだ。

 試しに吹いてみると、クワイエル達には何やらひゅるひゅる頼りない風の音がしているようにしか聴こ

えない。それでも布人には聴こえたようだから、犬笛のような物だと理解して、クワイエルはその小さな

笛を懐にしまった。

 布人達との別れはさっぱりしたものだった。街の出口まで見送ってくれる事もせず、ただ塔の入り口か

らさっと別れただけである。乾いているというのか、余りそういう事に拘らない性分らしい。

 布人、それはおかしくもさっぱりした気持ちの良い種である。

 クワイエルは地図を取り出し、その街に、長期滞在禁止、と赤くしっかり書いておいた。

 それから前日話し合って決めたように、一度遭難した場所まで戻り、改めて東へ向う。森を進めば、遭

難する事はないだろう。




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