11-1.

 遭難した場所にまで戻り、それから一路進路を東へ取る。目指す森は遥か彼方だが、今回はしっかり準

備しているし、いざとなれば布人の助けも受けられる。今度は遭難するような事は無いだろう。

 体温を保ち、砂に足を取られない魔術をかけ、地道に徒歩で進んで行く。布人のように高速移動が出来

ればと思うが、こればかりは身体の作りの問題だからどうしようもない。

 クワイエル達は休憩を挟みながら、ゆっくりと進む。

 無理しない。それが今最も注意するべき事になっている。クワイエルも流石に反省し、他のメンバーも

堪えたのか。まだいけるだろう、という所で休憩を取り、水と食料にも気を配っている。今まで森に覆わ

れた地形が多かった為、水と食料に対し、無頓着になっていた気持ちを改めなければならない。

 水と食料こそが一番重要で、ある意味それを得る為にこそ人は生活場所を広げてきたというのに、その

事に対して無頓着になるとは、満たされるが為の弊害かと思われる。

 当たり前のようにあると思う事こそが、最も大きな罪であり、愚かさなのだろう。

 荒野、砂漠、人にとって厳しいこの地形達は、良い教訓になってくれた。勿論、そこで野垂れ死んでい

たら、教訓も何も無かった訳だけれども、生きていれば教訓として受け止める事が出来る。

 何事も生きていればこそである。

 もしもう一度同じ事があれば、今度は助かるかどうか解らない。その恐怖と危機感を忘れてはならない

のだ。助かった幸運を喜びながら、その恐怖だけはしっかりと心に刻まなければならない。

 クワイエル達は時間をかけてでも無理をしないように進んで行く。その為か、思ったように森までの距

離が縮まらない。いや、東の森までの距離が尋常ではなく遠いのか。クワイエル達が思 っている以上に、

遠いのかもしれない。

 前に目指した時と同様、進んでも進んでも終わりが見えない。まるで荒野の無限空間のように、何処ま

でも何処までもループしていくようにも思えた。

 しかし進んでいるのは進んでいる。同じ場所をぐるぐる回っているのではない。もしかしたらそう思わ

せられているのかもしれないが、布人達はそんな結界を張っているとは言ってなかったから、多分そうい

う結界は張られていないのだろう。

 でも聞かなかったから言わなかった、という可能性もあるから、念の為に呼び笛を使って布人を呼び出

し、水と食料補給のついでに聞いてみる。

 結構遠い。布人はそう言った。布人の高速移動とクワイエル達の歩速を比べると、それは物凄く、もの

すごーく遠いと云う事だろう。しかし遭難や無限空間に比べれば、大した事ではない。クワイエル達は励

ましあいながら進む。

 しかし考えてみると、今まではこんなに東西の距離はなかったように思う。北へは果てしなく続いてい

るが、東西の海岸線までの距離は、そう離れてはいなかった。言ってみれば縦長の大陸であったのに、そ

れがここにきて、ぐっと横に広がったように感じる。

 もしかすればレムーヴァは全体的に見ると横に長い大陸で、今まで居た場所が、半島のようにたまたま

細く海に突き出していた部分だったのかもしれない。

 そう考えるとこの大陸の果てはまだまだ遠く、何処まで行ってもそこへ辿り着けないような気がしてく

る。今のように、延々と無限の回廊を進むような、そんな気持ちになる。

 気を引き締めなければならない。

 元々一年や二年で辿り着けるような事は考えていなかった筈だ。一生を賭けてでも、この大陸を調査す

る。その為にこそ彼らは努力してきた。それが想像を超える大きさであったとしても、何だと言うのだろ

う。むしろ探索する楽しみが増えたと思えばいい。

 それだけ多くの未知と出会えるという事なのだから。

 北の果てを目指す。自らが望んだ事なのに、その気持ちがいつの間にか別の何かに変ってしまおうとし

ていた。忘れるな、初めはそうではなかった。そして今もそうではない筈。

「苦難に呑まれてはならない」

 クワイエルは自らを叱咤し、仲間を気遣いながら、気持ちを奮い立たせた。

 この延々と続く道のりも、初心を思い出させてくれるきっかけとなってくれた。生の全てはルーンの祝福

なのだ。忘れてはならない。



 地道に何日も何日も進んで行くと、森がはっきりと見えてきた。クワイエル達はそれが蜃気楼でなかっ

た事にホッとする。知っていても、実際にそれが解る事は嬉しい。

 森は深く、最奥まではとても見通せない。木々の匂いも濃く、鬼人達の顔が綻んでいる。やっと帰って

きた。そんな気がするのだろう。クワイエルとエルナも悪い気持ではない。緑に触れると心が和む。

 森の中に入り、まず大きく深呼吸をした。新鮮と言うのか、言葉では言い表せない澄んだ空気が、体内

に満たされていく。体内を浄化してくれるようで、大げさかもしれないが生き返ったような気がした。

 あまりにも心地良かったので、今日はもうここで休む事にする。皆心地良い眠りにつき、夜の森の物音

でさえ、気持ちを和ませてくれたようだった。

 ただそれに呑まれないよう、見張りの者はより注意する必要がある。

 ほっとした時こそ気を引き締めなければならない。安堵は心を緩ませる。ここも未知の場所だと云う事

を忘れてはならない。

 最初に見張りについたクワイエルは、頬を叩いて気合を入れた。穏やかな安堵感でさえ、人に良い事ば

かりをもたらさない。これは心に対する警告だろうか。



 夜が明けると、早朝の冷えた空気が、空間そのものまで浄化していくような気がした。とても爽やかで、

他の場所ではまず感じられない感覚だ。人は森と居るのが一番良いのかもしれない。海ではなく、森から

生まれた、そう思う方がしっくりする。

 クワイエル達は手早く片付け、迷わないで済むよう砂漠を横に見える位置を保ち、なるべく真っ直ぐ北

へと進んで行く。

 森と砂漠の切れ目は南北に向っているようだから、これを辿れば迷わないだろう。ただし、その線には

細かな起伏があるから、鵜呑みにするのも危険かもしれない。いつその線の方向が変るかも解らないし、

慎重に進まなければ迷ってしまうだろう。

「何処に何が居るか解りません。周囲に注意して、何か気が付いた事があれば、どんなに小さな事でも知

らせて下さい」

 クワイエルの言葉に皆が頷く。

 隊列はいつものハーヴィを中心としたもので、レイプトが先を進み、それに並ぶようにハーヴィが付き、

指示を出す。その後ろにエルナ、ユルグと続き、最後をクワイエルが守る。砂漠のように視界が広くない

ので、速度も充分に落としている。

 森を進む事で食料と水の心配が少なくなるが、突然森の奥から何かが出てくる可能性もあるし、その辺

の植物が突如襲ってきたりしても、不思議ではない。

 その証拠に、見る植物見る植物どれも見た事のない種類ばかりで、知っているものと似ているのもある

が、ほとんど見当が付かない。クワイエル達が今まで踏破してきた場所とは、根本的に違う場所と云えそ

うだ。

 この森で気が付くのは、まず大きな木が多いと云う事。特に横幅が大きく、中には縦と横がさほど変ら

ない、全体的に真丸とした木まである。

 花も多い。様々な種類の草花が咲き乱れ、奥へ行けば行く程その密度が濃く。風向きが変ると、色んな

香りが漂ってくる。

 ほとんどは良い香りなのだが、中には気分の悪くなるような香りもあり、この香りにも油断できない。

 彼らが境目の側を行くのには、迂闊に奥へ踏み入れられない、という理由もある。

 クワイエルは歩きながら、漂ってくる香りをしきりに書き留めていた。甘い、臭い、粘りつくような、

等なるべく細かに書き。その横にその場にどんな植物が生えていたのか、花の色はどうか、更に詳しく書

いている。小さな疑問も見逃さない、先ほど自分が述べた事を、率先してやっているのだろう。

 本当なら現物を採集しておきたい所なのだろうが、それは自重している。クワイエル達だけでは、もし

何かあった時に対処しきれないかもしれないし、何より採取しても持ち運ぶだけの機材が無い。水や食料

をたっぷり持っているから、これ以上余計な荷物が増えるのも辛い。

 採集などは後の楽しみにしておく事にする。

 クワイエル達は順調に進んだ。奥に踏み入れていないからか特に何も起きず、談笑出来る余裕がある。

砂漠とは何もかもが正反対だった。

 しかし地形が変っている以上、この地にもそのように変えた者、或いは者達が居る筈。油断なく周囲に

気を配らなければ。

 慎重に、確実に。初心に還り、未知というものの危うさを忘れないように。

 砂漠には砂漠の、森には森の、それぞれに多くの危険があるのだから。




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