10-4.

 岩顔へ実に様々な事を聞いてみたが、特に参考になる情報は得られなかった。

 彼らも自分が何故ここに居てこうなっているのか、何も説明出来ないようである。

 まあ、当たり前の事かもしれない。クワイエル達も同じような質問をされれば、きっと答えに窮したと

思う。そんな事は誰にも解らないだろう、と。

 話を総合して辛うじて解ったのは、ここにはもう木人は居ないと云う事。そしてあの巨人が眠りについ

たのは、多分数え切れないくらい大昔だと云う事。

 しかしクワイエル達に、落胆した様子は見えない。

 何故なら、岩顔という実に興味深い存在と出会えたからである。

 元々木人も指針の一つでしかなかった。彼らを探すのが最終的な目的ではない。だから居ないなら居な

いでもいい。居なければ居ないで、今も何処かに居るかもしれない木人という存在に対し、改めて憧憬に

も似た想いを抱ける。それもまた楽しみの一つだ。

 聞けるだけ聞いた後、ようやく岩顔は解放され。クワイエル達はこの地でもう一晩休んだ後、日の出と

共にこの地を出発した。

 岩顔は生まれ出でてからこの地を動いた事が無いらしく、周辺の状況が解らない。そこで、当初の考え

通り、このまま北へ北へ向う事にする。

 とにかく果てが見たい。他に何か目的が出来なければ、北へ一直線に歩みたい。

 朝とは言え、気温は低い。むき出しの地面が暖まるのには、もう暫くの時間がかかる。だが遮る物の無

い日差しは、充分に身体へ活力を与えてくれた。まるで自分が植物にでもなったような気がする程、陽光

の力は偉大である。

 岩顔群はかなりの距離続いた。何を考えてこうしたのか。どうやってここまで増えたのか。或いは何か

が岩に宿り、岩顔になるという考え方も出来る。

 道中も様々な疑問が浮ぶんでくるが、それを解決する手段は無い。

 クワイエル達はひたすらに進む。

 時間が共に進み、日が徐々に高く、厳しくなって行く。

 脳天が焼け付くように感じ、このままでは禿げてしまうと思ったので、皆布なりで頭を覆った。頭とい

うのは、あまり日が当って良いようには、出来ていないようだ。だから髪が生えているのだろうが、とて

も髪だけでは足りない。

 もう少し頑張って欲しかった、と誰に対してか解らぬ思いを、クワイエルは抱く。

 禿げるなんて以ての外だ、とクワイエルは呟く。

 日差しが強くなるにつれ、気温も見る間に上昇し、尋常じゃない上昇速度に、身体の方が参ってしまい

そうになる。水や食料も傷んでしまうかもしれないと思い、温度を保つ魔術をかけておいた。

 魔術は便利である。

 しかしその魔術をしても、この気温自体をどうにかする事は出来ない。魔術は諸刃の刃、しくじれば予

想外の災厄を招くし、例え成功しても、急激な変化はいびつな歪みをもたらす。生半可な力量では、とて

も扱えない代物だ。

 この大陸はそれ自体に宿る魔力が膨大で、他大陸とは別格と言えるが。逆に言えば、それだけ深刻な影

響を与えてしまう可能性が高い、という事にもなる。

 たった一つの地形を変えるだけで、世界全土に影響を及ぼしてしまう事もあるかもしれない。

 全ては繋がって成り立っている。だから無闇に大きな魔術、特に環境を変える魔術を使う際には、注意

しなければならない。出来れば使わないのが一番良い。

 元々、地上、いや、この世界は、人間だけが住むようには出来ていない。それを無視すれば、誰にとっ

ても良くない事が起きる。

 嫌ならば、変えようとせず、さっさと帰ればいい。

 世界はそこまで都合のいい存在ではないだから。

「どうも拒絶されているような気がしますね」

 そう考えていくと、帰れ、とレムーヴァに言われているような気がしてくる。

「確かに、この気温は異常ですね」

 エルナも珍しくそんな事を呟いた。我慢強い彼女にしてこの発言、鬼人達はまだ平気なようだが、人間

二名はかなり堪えているようである。

 クワイエルは水や食料にかけた魔術と、同じモノを全員にかけてみた。

 地形や気候を変動する事は無理に等しいが、自分の体温を保つくらいならば、何とかなる。環境にも大

した影響はないだろう。

 しかし考えてみれば、ここまで変化の激しい地形が隣り合っているのに、よくもこの大陸は崩壊しない

ものだと思う。つまりはそれだけ尋常でない力を持つ存在が、この大陸にはごろごろ居ると云う事か。

 創造神が無数に居る大陸、レムーヴァ。つくづくおかしな場所だと思う。



 一日程歩くと、ようやく岩顔群が終わり、地形にも変化が見え始めた。

 しかし荒涼とした景色はそのままで、相変わらず岩石と砂が広がっている。

 見晴らしの良い中、東西を眺めても、ずっと同じ景色が在る。あれだけ広範囲に及んでいた森が、まる

で丸ごと引き剥がされてしまったかのように、この地には緑が無い。変化も薄い。

 見慣れればこれはこれで味のある眺めなのだが、やはり飽きてくる。

 クワイエルは砂の流れ、土埃などから解る微妙なる風の動き、等々実に細かな楽しみを見付けていた様

だが、他の者、特に森に囲まれて育った鬼人達は辟易(へきえき)していた。

 水の残りも不安になってくるし、段々安楽としていられなくなってきた。

 まあ、時間さえ惜しまなければ、何とかは出来る。地下水という手もあるし、一度森まで引き返しても

いい。

 取り合えず、まだ暫くは持ちそうなので、進む事を優先させる。

 だが目の前に広がる光景を目にすると、多少その気持ちが薄れない事もない。

 眼前には起伏の多い地形が広がり、今までの平坦さと比べると、嫌でも疲労度は増しそうだ。突然の変

化なので、これもまた何者かの仕業と思え、その存在と出会えるのは楽しみだが、これは地味に堪える。

 だが、とふと思う。

「もしかしたら、こちらの方が、本当のレムーヴァなのかもしれない」

 クワイエルは疑問を抱く。

 そもそもレムーヴァが、元々緑に覆われた大陸だったのだ、とは誰も言えない。誰も知らないし、誰も

見た事が無い。何の証拠も無い。ただ人が初めて降り立ったのが、緑溢れる場所だったというだけの事。

もしかすると、南方部だけが異常なのかもしれない。

 だから、緑に覆われていた、などとは幻想でしかない。

 そしてそれは他の大陸も同様で、この地上の全ての土地が、本来はこういう地形ではなかった、などと

一体誰が言えるだろう。

 人間も、鬼人も、その他の種も、人間の知る限り、誰もそんな事は知らない。

 単純に、今そうだから昔もそうだ、とは言えない。

 今居る生命にとって都合が良くとも、昔の生命にとっても同様に都合が良いかは解らない。

 全ては変化し、変化し続ける事で進化と退化を繰り返し、それが時間という流れとして一つに集う。

 全ての予断は罪である。この生命に溢れる大陸は、それを教えてくれているのではないだろうか。

 勿論、この考えもまた、予断、想像でしかないのだが。

「進もう」

 いつまでも夢想していても仕方が無い。ハーヴィが先導し、高低差のある地形をゆっくりと進み始める。

 高低差があるといっても、そう高くはない。ただし、全体的に抉(えぐ)れたように低くなっているか

ら、楽でもない。それでも休みながら行けば、何とか乗り越えられる。辛いが、まだましかもしれない。

 これが山脈のような地形だったらと思うと、想像するだけでへたり込んでしまう。

 負担も魔術で緩和出来るが、精神的疲労はどうにも出来ない。考えればそういう魔術も生み出せるかも

しれないが、人間の精神を操るのは、賢明とは思えない。精神自体が複雑過ぎるし、失敗した時の事を考

えると恐ろしい。

 結局、いくら道具や術が見付かっても、根本的な部分は変わらないと云う事だろう。

 精神は強くあらねばならない。

 クワイエル達は、まるで修行僧のように黙々と進んだ。

 今の所、特筆すべき事は、何も無い。




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