10-5.

 誰も知らない荒野を当ても無く歩く。

 正にその心境か。しかしそこから来る暗さは無い。どんな状況であっても、皆どこか陽気で、どこか救

いがある。そういう者達が集まっているのだから、普通なら苦難として見えるこの景色も、何となく滑稽

さに似たようなものすら感じられる。

 今までもそうだった。これからも多分そうなのだろう。

 一番体力の劣るだろうエルナでも、その表情に苦しみだけでなく、喜びのようなものが見られる。

 それは別に疲れを通り越してしまっているのでも、苦しみが喜びに変わるのでもなく、様々な経験を積

める事が、純粋に楽しいのだろう。それに傍にはいつも仲間達が居る。頼りがいがあるのかないのか解ら

ない師だが、彼も常に居てくれる。心が折れる気はしない。

 それにこうして黙々と歩いていても、何かしら会話しているような気がするのだ。

 このメンバーは全員で一つ、何をするにも全体の動きを見、自分が今するべき事を悟れるようにまでな

っている。だから黙っていようが何をしていようが、彼女らは連携という会話で、いつも心が繋がってい

るのだ。

 何処に居ても、例え一人はぐれてしまったとしても、大勢の中ですら孤独感を感じるような、惨めな気

持ちになる事は、きっと無い。

 エルナは冒険者として長いが、ここまでの一体感を感じたのは、このレムーヴァという大陸に来て初め

てであった。

 それはクワイエルという不思議な人間に出会ったからであり、彼と共に歩む限り、決して失う事は無い

と思っている。

 他のメンバーも皆同じように考えているに違いない。クワイエルという存在は、繋がりの点となれる存

在なのだと。そしてその点の中でも、彼はちょっと独特であるのだとも。

 そういう点になれる事のみを考えれば、確かに他にも人材は多い。ハールや神官長、マーデュスもそう

だろうし、鬼人の族長、そしてハーヴィもなれるだろうと思う。

 しかしクワイエルはまた少し毛色が違う。不思議でもっと大きな、というより、どんなものでも無理矢

理くっつけてしまうような、呆れるほどのしぶとさ、強靭さがある。

 それは情熱かもしれないし、生真面目さかもしれないし、単に変というだけかもしれない。でもそうい

うモノは、きっと得がたいモノで、失ってはならないモノなのだと、そう言う風に思えるのだ。

 エルナは思考だけが慰みのこの荒野で、いつもと同じく、そのような事を考えていた。

 ようするに、暇だったのである。



 景色は変わらない。特筆すべき何かは、相変わらず起こっていない。少なくとも、認識出来る範囲の中

では、何も変わらないように感じている。

「休みましょうか」

 時折クワイエルが思い出したように述べるこの言葉だけが、広い荒野に突き刺さる異物。それ以外に変

化らしい変化は無い。砂埃と土と砂、それに石と岩、それらだけの世界。こう書くと多いような気もする

が、これらが一緒くたになっても、大した景観は作られていない。

 物の種類が多くとも、根本的には同じ物しか無いと云う事か。どれも一つの景色である。

 始めはこれもすぐに変化する地形だろうと思われたが、意外にも延々と続いている。まるで果てが無い

ように思え、気が付くと四方八方同じ景色の中に居た。

 まるで別の荒野に入り込んでしまったかのようで、包まれているようにも感じる。

 切り取られた空間が永遠にループし、その中を当ても無く彷徨い歩くような、そのような気持ちがする

のである。

 いや、実際にそうなのかもしれない。そういう結界も無いとは言えないし、全ての魔術に気付ける程、

クワイエル達の力は強くないのだから、そうあってもおかしくはない。

 まあ、それならそれで、新たな状況を楽しむのが魔術師というものなのだが。唯一つ、水が得られない

のが困る。ただでさえ不安だった水が、いよいよ底を見せ始め、このままではミイラにでもなりそうな雰

囲気だ。

 日差しは遠慮する事無く強さを増し、髪が焼け焦げ、日に日に禿げてきそうな予感がする。

 無論、そんな事は無いにしても、そうでないとも言い切れない所が怖い。何しろ未知の場所なのだから、

不可思議な事が起こってもおかしくはない。焦げ付く陽光が好きだ、などという種が居ても、何にもおか

しくはないのだ。

 状況を楽しむのも良いが、このまま彷徨い続けていいものかどうか。良識のあるハーヴィやエルナ、ユ

ルグにレイプト、つまりクワイエル以外の面々は、素直に悩み始めている。

「このままでは後数日が限度だ。さて、如何したものだろう」

 ハーヴィが腕組みをし、独り言でも言うようにして呟く。乾いた風が運ぶ砂埃が口中を汚し、喋り難い

筈なのだが、彼はまったく気にしている様子は見えない。口中が乾いている筈だと思うが、その舌は滑ら

かに動く。

 鬼人は砂埃など意に介さないのだろうか。

 そういえばユルグもレイプトもあまり気にかけていないように見える。クワイエルとエルナが堪らず布

で口元を覆ったのと比べれば、不自然なくらいである。

 もしかしたら口を開かずに会話する方法でもあるのだろうか。それとも気にしなければ問題ない程度な

のだろうか。確かに砂吹雪といった感じではなく、埃っぽい程度なので、慣れていれば何とでもなるのか

もしれないが、それにしても鬼人は丈夫に出来ているようだ。

 鬼人の言語が複雑怪奇なのも納得出来る。人の基準では、レムーヴァの生命を測り知れない。

 まあ、やせ我慢しているだけ、という可能性も、否定はできないが。

「戻るにしても難しいですし、ここで調達するしかないですね」

 ハーヴィの呟きに、いつも通りクワイエルが答える。だがいつと違い、皆不思議そうな顔をして彼を見

返した。水が無いから困っているのに、調達も何も無いだろう。

「しかしここと言っても、この荒野では無理な話だろう」

「いえ、確かに確実にあるかどうかは解りません。でも可能性はあります」

「可能性・・・、それはどこにあるのか」

 するとクワイエルはすっと地面を指差した。

「ふうむ、地下か・・・」

 ハーヴィ達も理解できた。そういえば以前地下を探索した事がある。その時に使った魔術を使えば、地

下を探す事は難しくない。潜ったからと行って、それで見付かるかどうかは解らないが、試してみる価値

はあるだろう。

「だが、在るという確証までは無い。・・・よし、私が森まで引き返し、水を調達してこよう。ここで待

っているよりは、そちらの方が有意義だろう」

「しかしそれでは・・・」

「いや、最善を尽くすべきだ。私一人でなら、移動するにも時間はかからない。すでに踏破した場所を辿

れば、危険も無く、速く進める。今までゆっくり進んできた、たまには思い切り駆けるのも悪くない。そ

れよりも地下は何が眠っているか解らぬ、クワイエルこそ注意してくれ」

「・・・解りました。では私は地下、貴方は森へ。後の者はここに待機していてもらいましょう」

 クワイエルとハーヴィが同意し、他三名もそれに頷いた。結局一番面倒な手を取ってしまったように思

えるが、それが一番確実なら、面倒など問題にはならない。



 重力緩和の魔術をかけ、飛び跳ねるように発ったハーヴィを見送り、エルナ、ユルグ、レイプトに後を

任せ、クワイエルは魔術を唱え、滑り込むように地下へと潜った。

 透視する魔術を使い、視界を得る。二度目なので、手馴れたとまではいわないが、一から創造する必要

が無いので、魔術の行使は楽なものだ。一度体験した事なら、イメージもしやすい。

 大地は相変わらず魔力が満ち、豊穣の気配を感じさせる。これほどの魔力を有していながら、自然に荒

野が広がる事は考えられないような気もするが、そうでないような気もする。何しろこんな場所は他に無

いのだから、自ら体験し、調査しない限り、何も言えない。

 クワイエルは答えの出ない思考を諦め、周囲を見回した。

 大地が海のように広がっている。これこそ果てしないという表現がぴったりくる。何処にも異物は見え

ず、何者かの気配も感じない。

 何も無い、そう言っても差し障りないと思う。

 つまりは、水が無い。

 仕方ないのでもっと深く潜ってみる事にした。荒野とはいえ、雨も降るだろうし、大陸を貫く大水脈が

無いとも言えない。全く水に縁が無い訳ではないのだから、とにかく探す。

 目的だけではない。クワイエルは楽しんでもいる。

 地下を探索する。方向が掴み難く、下手すればこの地下を永遠に彷徨うような結果になってしまう可能

性もある。しかしその危険を差し引いても、やはり未知を明かす事は楽しい。だからこそ魔術師はやめら

れない。いや、人間はやめられないのだと、彼は思う。

 水泳の要領で地下を泳いだ。以前は前方に進む魔術を使っていたが、それでは居場所を掴み難く、とっ

さの事に反応が遅れてしまうし、何より不便だ。

 そこで掌に魔術をかけ、空間を掴むようにして地下を、正確には地下に作った隙間の中を、泳いだ。

 途中手が疲れてきたので、足の裏にも同様の魔術をかけ、空間を蹴って進む。

 しかし何処まで行っても水は見えない。

「こうなれば、一気に潜ってみるか」

 クワイエルは決心し、慎重に方向を定めた後、身を屈め、足と掌に力を込めて、思い切り真下へと飛び

込んだ

 そのままぐんぐんと加速し、クワイエルは矢のように地下を泳ぎ進む。

「あれ」

 遮二無二泳いでいると、突如おかしな違和感を感じた。そのまま構わず進むと、彼はなんと空に出た。

 真っ暗なトンネルから出るように、何の脈絡も無くそこに出た。

 大地は遥か彼方、余りにも高い場所に彼は居る。途方も無い光景に、一瞬、我を失う。

 そして、落ちた。

 何処までも。




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