11-3.

 奥へ進めば進む程、花の種類は多彩になり、数も増えて行く。やはり偶然ではなく、そう言う風になっ

ているらしい。花の多い場所、少ない場所が、まばらになっているのではないようだ。

 花も種類が均等に生えているのではなく、それぞれの場所によって傾向がある。青い花が多い場所があ

れば、赤い花が多い場所もあり、自然にそうなったと考えるよりは、意図的にそうされたと考えた方が自

然である。

 まるで勢力図のような物を見ているような気になる。もしかしたらこの花達がそれぞれに争い合い、覇

権を競っているのではないか、という思いも浮ぶ。

 でもそうなるとおかしい事がある。

 花が鋭い刃で傷付けられなければ反応しないと云う事は、花が動く為にはまず誰かがそれを傷付けなけ

ればならない。しかしそんなおかしな事があるだろうか。

 第三者が危害を加えない限り、花が反応しないと云う事は、一体どう云う事なのだろう。

 花同士が争う事を前提に作られているとしたら、そこにはどんな意味があるのか。

 考えれば考えるほど、解らなくなってくる。

 一体何の為に、もしかしたらそう考える事自体が、もう間違っているのかもしれない。ただの暇潰しに

作られた意味の無い花。たまたま偶然、花同士に過剰な対抗意識が芽生えた。そういう事も無いとは言え

ない。

 気を付けていたので、あれから花に襲われる事は無くなっているが、疑問は晴れない。考えながら進む

と、うっかり踏んでしまう事もあったが、潰れて萎(しお)れてしまっても、花が敵意を向けてくる事は無

かった。

 となるとやはり、花同士が争っている、と考える方が自然か。でもそれなら何故普段は大人しいのか。

 解らない、解らないながら進む。

 進めば進む程花の数が増えるので、今はもう花森とでも呼べるような風で、とても進み難くなっている。

花を掻き分け掻き分け進んでいるが、足の踏み場もないくらいで、このまま無理に進むと、花を引き千切

千切ってしまったり、何かの拍子に切ってしまいかねない。

「ん、確かどこかでこう云う事が・・・」

 クワイエルは何となく思い出す事があった。

 花が多いと云う事ではなく、こうして掻き分け掻き分け進んでいると、ある時の事を思い出すのである。

 それは大地に潜っていた時。あの時もこうして掻き分け掻き分け進んでいた。あの時は必要から空間の

隙間に潜り込むような魔術を使っていたが、それを応用出来ないだろうか。

 試してみよう。クワイエルは決断すると行動は早い。

「マン、ペオズ、オダル  ・・・・・  我は、狭間に、住まう者なり」

 明確なイメージを現実化し、当然の力として働きかける。それが曖昧な言葉である程、思い描くイメー

ジが強く魔術の結果に作用する。

 詠唱を終え、取り合えず歩いてみた。すると花と花の間を、するすると身体が勝手に抜けて行く。まる

で自分の身体が液体にでもなったように、ぐにゃりと歪み引き伸びながら変化し、指と指の間を抜けるよ

うに進む感じ、と云うのだろうか。

 説明し難い状態だが、クワイエル本人の感覚は普通に歩いているのと変らない。歩けば体の方が勝手に

その時々の隙間に適応してくれるような、そんな感じである。

 暫く動いてみて、安全を確認した後、仲間達へも同様の魔術をかける。これで魔術が解けるまでは、何

処でどうしようと花を傷付ける事は無い筈だ。

 断言は出来無いが、何もしないよりは随分楽になると思う。

「無茶しますね」

 魔術をかけられた後、エルナが呆れたようにクワイエルに言った。何度か使っているとしても、こうい

う曖昧な魔術、つまり人が本来体験出来ない事を行う魔術、は成功させるのが非常に困難である。この大

陸に来て、以前と比べ物にならない程魔力が高まっているとしても、難しい魔術を行えば、失敗する確率

は高い。人の想像力には限界がある。

 それを思いついたからと言って、平然とやってのけるとは、流石はクワイエルというべきか、なんと云

うべきか。わが師ながら、エルナは呆れるしかない。

 せめてハーヴィと相談して、協力して魔術を使うくらいすれば良いのにと、彼女は思うのだ。

 でもそれをしないのがクワイエル。そこには失敗すればパーティの要であるハーヴィをも失いかねない、

という気持ちと、思いついたのは自分なのだから、他の人に迷惑はかけられない、という思いがあるのだ

ろうが。そうといって、こうしていつも突然に何かをしたりするのは止めて欲しいと思う。

 いくら変人だとは言っても、心配しない訳はないのに。

 でもそれを言っても無駄な事もまた、エルナが一番良く知っている。溜息を吐きつつ、諦めるしかなか

った。

 とにかく成功したのだ。今はそれを喜ぶ方が良いのだろう。そのくらいでなければ、クワイエルの弟子

は務まらない。



 花と花の隙間をするすると縫いながら進んで行くと、不意に開けた場所に出た。

 すっぽり円形に刈り取ってしまったように、その場所には花が無く。丈の低い植物が申し訳程度に生え、

地面を覆っている。そしてその中央には大きな花が咲いており、風にゆったりと揺られていた。

 まるで花だけの花と言った感じで、葉茎はおまけのように付いているだけで、花弁が異様に大きい。ま

るでひょろひょろした体に体長を越える頭が付いているようなもので、不恰好でバランスが悪く、すぐに

潰れてしまいそうなのに、これがしっかりと立っている。

 花自体もとても色鮮やかで美しく、妙な存在感を放っていた。

 今までの経験からすると、大体この手の存在が、その地の主である。この花も如何にもそうであり、否

定する方が難しい。

「慎重に近付きましょう」

 ここへすんなり入れた事からも、来訪者を拒んでいる訳では無さそうだ。しかしあの花達に囲まれてい

るから、ここに結界を張る意味は無いという事かもしれないし、油断は出来ない。

 おかしな事をすれば、花に襲われた時のように、この大花にも敵と見なされる事だろう。そうなると今

度はどんな目に遭うか。下手すれば森中の花が襲ってくるような、そんな事になるかもしれない。未知の

相手なのだから、想像を超える事態になる可能性もある。

 そろりそろりと近付くが、大花は特に動きを見せない。変らずゆらりゆらりと揺れている。何となく気

持ち良さそうだ。

 とうとう大花のすぐ側まできてしまったが、それでも大花はゆったりと揺れたまま、こちらには興味が

無いという風である。

「もしもし、すみませんが」

 クワイエルが意思を伝える魔術をかけ、話かけてみる。だが全く反応は無い。大花は眠っているように

風に揺られたまま、何の反応も示さない。

 クワイエルは段々大胆になって、そこかしこを触ったりしながら、尚も話しかけたが、やはり反応は無

かった。

 もしかしたら眠っているのかもしれない。少し離れた場所に天幕を張り、今日はここで休む事にし、少し

時間をかけて様子を見る事にしよう。



 翌朝、エルナが天幕の外に出てみると、すでにクワイエルが居て、大花に色々とやっていた。

 エルナはその好奇心というのか、情熱には呆れたが、朝早くからそうしていただろう彼の為に、朝食を

作ってあげることにした。彼女もお腹が減っていたのである。

 次々に仲間達が起きてきたが、大花からは全く反応が無く、流石のクワイエルも諦めたようで、哀しげ

な顔をしながら天幕の方へ戻って来た。

 皆揃った所で、簡単な食事をゆっくりと味わう。

 食事を終えると、クワイエルが仲間達よりもむしろ自分を納得させるように言った。

「仕方ありません。もっと奥へ進んでみましょう」

 流石のクワイエルも大花には根負けしたようである。

 やろうと思えばまだ手はあるかもしれないが、無理矢理大花を起こすような事をしても、敵意を買って

どうなってしまうか解らないし、大花がこの地の主だと決まった訳でもない。もしかしたら、ただの大き

なだけの花という可能性もある。

 眠っているのではなく、精神とかいったモノ自体が無い可能性もあるし、ここでじっと大花が反応して

くれるのを待つというのは、建設的ではないような気がした。

 あまり拘っても、良い事は無いだろう。これまでと同様に、相手がそう望まないのであれば、無理にそ

れをする事は出来ない。

 クワイエルは心底残念そうで、後ろ髪を引かれるように何度も振り返っていたが、その歩みを止める事

も無く、再び空間を縫う魔術をかけ、その地を立ち去ったのであった。



 暫く進むと、似たような広場に出た。そして中央には同じように大きな花が咲いている。色違いではあ

るが、姿格好確かに同じ花である。

 クワイエルは嬉々として話しかけてみるが、こちらも反応は無い。多分そうではないかと思っていたが、

落胆の気持ちは変わらない。

 前回の大花でクワイエルも懲りていたらしく、今回は早々に立ち去った。

 気を取り直して進んで行くと、また似たような広場と出会う。中央には当然のように大花の色違い。ど

うやらこの付近には色んな色の大花が咲いているようだ。

 クワイエル達は試しに付近を探索してみる事にして、広場から渦巻きを描くように歩いて見たが、ある

わあるわ、似たような場所がどんどん見付かる。大花と大花の距離も近く、十分とかからず次の大花が来

るという具合で、どうやらこの森では大花は珍しくもない存在であるらしい。

 中には枯れた大花もあって、色はくすみ、茎は折れ、花弁は落ちて、無残な姿を見せていた。

 大花の大きさも一定ではなく、とても大きな花、それほど大きくはないけど大きな花、などなど色と共

に千差万別で、形は同じでも一つ一つ区別出来そうである。

 しかしどれも一切反応してくれないのは一緒で、いくら新たな大花を探し当てても、それで何がどうな

るという事もなかった。

 一つだけでも不思議なのに、これだけ沢山あるという事は、やはり何か意味があるか、何かの意志があ

るように思えるが、それが全く解らない。手がかりは特徴的な花が多いという事だが、それだけではさっ

ぱり解らない。

 クワイエル達は地道に付近を探索したが何も解らず、とうとう根気が尽きてしまったのか、不貞寝する

ように天幕に横になり、皆無言で眠ってしまっている。

 何も起きないというのは安全で良いのだが、それだけではつまらない。この世の全てを理解出来る訳で

はないとしても、何も解らないというのは、やはり寂しく虚しい。

 だがいつまで拘っていても仕方が無い事も解っている。クワイエル達は大花地帯を抜け、再び北を目指

す事にした。

 とにかく進んで行けば、何かがあるだろう。大花と花達の謎も解けるかもしれない。

 留まっても答えが出ないなら、進むべきである。

 クワイエルはそう自己暗示をかけ、胸で渦巻く好奇心の嵐を、何とか抑えたのだった。




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