11-4.

 世界が花で埋もれている。何処を見ても花しかなく、木や草の気配が感じられなくなってきている。

花一色という感じで、魔術で防いでいなければ、その香りに蒸し殺されていたような気さえした。

 大きさも増し、より高く、より太く、花々が聳(そび)えている。茎だけ見れば、もう木と大差ない。

色と質感は全く違うけれど、遠目から見れば木としか映らないだろう。

 こんな大きな花があるなんて想像も出来ないし。ここまで大きくなる事に意味があるのだろうか、とも

思ってしまう。この巨花達は、一体何の為に在るのだろう。それを言えば、そもそも存在と云う事に意味

などがあるのだろうか。

 クワイエル達は巨花の間を縫うように進む。進めば進む程花はより巨大化し、その数を増していく。た

だ大き過ぎる為か、巨花と巨花の間の隙間が段々大きくなっていて、通りやすい。今なら魔術無しでも問

題なく歩けるかもしれない。

 勿論、そんな賭けは行わないが。

「今度こそ居るのだろうか・・・」

 クワイエルが呟く。

 これだけ解りやすく変化が大きくなっているとなると、地を統べる主が居る場所は近いと考えられる。

少なくとも花達を巨大化させている力の源が、この先にあるという事になるだろう。そこまで辿り着けれ

ば、この花達の謎も解けるかもしれない。

 それを見てもさっぱり解らなかった、と云う可能性もあるとしても、それを見られると考えるだけで魔

術師の好奇心は高まる。段々とこの花群を進んで行くのも楽しくなってきていた。その先に未知があると

解れば、魔術師はそこまでに使う労力を一つも惜しまない。

 進めば進む程花が大きくなり、その勢力を増している。その事は魔術師の好奇心を奮わす糧となる。だ

からこそ魔術師は困った存在なのだが、今はその好奇心が原動力となり、良い方向に働く。そもそもそう

いう性質でなければ、大陸を踏破するという無謀な事を真面目にやろうとは考えないだろうし、色んな意

味で相応しい存在だと思える。

 レムーヴァとは正に魔術師の為にある大陸。そして魔術師はレムーヴァと出会う為だけに生まれた。そ

んな気がするだけとしても、そう考える事は興味深い。何者も必要があって生まれてくるのだとすれば、

そういう事があってもおかしくはないのだから。

 クワイエル達は元気を取り戻し、好奇心を力に変え、慎重にだが疲れを見せる事無く進んで行く。

 この一瞬一瞬が喜びなのだろう。いつの間にか不安や焦りのようなもやもやした感情は、何処かへと消

えていた。



 花林を抜けると、一際大きな花が密集して生えている場所に出た。

 まるでその花々が集まって一つの花であるかのように、それは無理なく、しかし人から見れば異様な感

じに生えている。

 何かを守るかのように複雑に絡み合い、隙間も全く無く、決して内側を見せない。螺旋(らせん)のよ

うに捩(ねじ)り合いながら、何処までも高く、そして大きく伸びている。もうそれは花というよりも、

全てを一つにまとめて、一つの大樹と呼んだ方が相応しい。

 人から見れば、もうそれは花ではなく、大きな木であった。

 今まで多くの花を見せられて来たが、ここまでおかしな花はなかった。多分今後一切ここ以外では見ら

れないだろう。

 今までと違う事は他にもある。この密集花はどの花も咲いていない。まだ蕾(つぼみ)なのか、それと

も花弁が落ちた後なのかは知らないが、今までのように呆れる程に咲き誇ってはいないのである。

 咲いている花もあれば、咲いていない花もある。それがクワイエル達にとっては普通だったのだが、こ

の地にきて、その普通が覆されている。その覆された意識から見ると、咲いていない花があると云う事が、

とても不思議に映る。

 そしてその不思議さが、何ともいえない不気味な感じを与える。まるで祭騒ぎの中で、唯一人だけ静か

であるような。いや違う、これは威厳か。皇帝の周囲が静けさに包まれるように、神威の前に全てが平伏

すように、全てを圧迫する何かがあるのかもしれない。

 唯一人静かであるのではなく、その前では全てが静けさを要求されるのだ。

 この場所に着いた時からクワイエル達は違和感を感じていたが、もしかしたらそれなのかもしれない。

ここは違う場所だ。今までとは違う、ここであってここではない場所なのだ。

 流石のクワイエルも言葉を紡ぐ事無く、静かに何かを待つように、ただじいっと密集花を眺めている。

 しかしそれも少しの事で、やがて彼は動き出し、密集花を調べ始めた。

 隙間を縫う魔術を切り、無造作に密集花に触れ、軽く叩き、言葉を囁(ささや)いてみる。そして何と

かして中を見ようと絡み合う花々の間を広げてみるが、びくともしない。中を閉ざす茎達は、まるで鍵が

鍵穴に合うようにぴったりと嵌り合い、決して外れない。

 茎を切り払うなり燃やすなりすれば何とかなるかもしれないが、そんな事をすれば花に襲われた時より

も酷い事になるだろう。

 クワイエル達はそんな荒っぽい手を使う事を望んでいない。そんな事をするくらいなら、未知のまま放

っておく事を選ぶ筈だ。

 しかしこのまま何も出来ずぼうっと立っていても仕方が無い。また大花の時のように他にもある物かも

しれないし、とにかく周囲を探索してみる事に決めた。

 悩むのはそれからでも遅くはない筈だ。



 周囲を探してみたが、密集花はどうやら一つだけのようだ。

 大きな花なら他にもあったが、このように密集して絡み合うような形の花は一つもなかったのである。

 やはりこの密集花は怪しい。花が咲いていない事もそうだが、閉ざされている中身が怪しい。このみっ

しりと塞がれた中には、何があるのだろう、何が居るのだろう。よほど大事なモノ、この森に関わる何か

があるに違いない。

 だが調べる術は無かった。中を見るには抉じ開けるしかないが、それには乱暴な方法を取るしかなくな

る。しかしそんな方法を取れば、例えこの地の主に会えたとしても、友好的な関係を結ぶ事は出来ないだ

ろう。下手すればクワイエル達は罰を下されるかもしれない。

 フィヨルスヴィズや巨人のような強大な魔力は感じないが、この密集花も確かに強い魔力を宿している。

静かに放たれるように、発する魔力波は穏やかだが。はっきりとした強さがある。まるで必死に隠しなが

らも、その真なる魔力を抑えきれないような、そのような強さが。

 今は静かに眠っているようだけれど、一度目覚めればどれ程の力を誇る事か。

 無理矢理でも目覚めさせたい想いと、それに対する不安が心の中でせめぎ合う。

 好奇心と恐怖心が戦い、結局は恐怖心が勝つのだが、好奇心が消える訳でもない。この花は一体何なの

か。どうすれば目覚めるのだろう。そもそも眠っているのか、それともこういう存在なのか。

 襲ってきた花の事を考えれば、この密集花を刃で傷つけるだけでも目覚めてくれるかもしれない。でも

そうするとこの花に敵として認識され、話し合う事も協力し合う事も出来なくなるだろう。

 悩みに悩んで、時間だけが過ぎていく。

 結局答えは出ず、というよりは諦める事が出来ず、クワイエル達はここで野営する事を決めた。

 夜が訪れれば、悩んでいても、休みたくなくても、人は休むしかない。



 クワイエルは夜中ふと不思議な気配を感じ、目を開けた。

 同じ天幕に居るハーヴィもすでに起きており、周囲の魔力を探っている。彼も不思議な感覚を感じたの

だろう。

「外に来て下さい」

 そこへ突然見張りに立っていたレイプトが入ってきて、何やら慌しく二人を急かす。レイプトがこんな

に急かすのは滅多に無い事なので、二人は何があったのかと訝しがりながら、とにかく彼に従うように外

に出てみた。

 するとそこには想像もしていなかった、幻想的な光景が広がっていたのである。

 密集していた花々が開花し、その花が月明かりを浴びて、銀色に柔らかな光を発して

いる。

 茎がゆったりと動きながら、絡みを解いて、元はそうだったのだろう、真っ直ぐに月を目指して伸びて

いく。まるで花を少しでも月に近づけようとでもいうように、その花弁までを背伸びさせて、月を慕うよ

うにその光を求めている。

 そうして全ての茎が伸びきると、塞がっていた内部が見え、その奥には小さな花が居た。

 その花だけは黄金色に輝き、まるで夜闇の中で太陽が燃えているかのように、強い光を放っている。た

だしその光は強いけれど穏やかで、猛々しくなく、自分を守ってくれている花達を愛しむかのように、光

で撫でるかのような、不思議な優しさを思わせた。

「・・・・綺麗」

 声のした方に目を向けると、別の天幕にいる筈のエルナとユルグが居る。彼女達もクワイエル達が感じ

た不思議な雰囲気に誘われて、ここまで出てきたのだろう。

 或いは同じようにレイプトが知らせたのか。

 どちらにしても、確かにこの景色は綺麗だった。いまようやく目覚めたように、銀花は安らぎを発し、

黄金花がそれを愛でている。この空間には全く悪意が無く、喜びだけがあった。

 クワイエル達は夜が明けるまでその景色を眺め、飽きる事無く心を感動に震わせていた。



 太陽は高く、全てを熱く照らし付ける。

 夜明けまで美しい景色を見ていたせいで、クワイエル達は昼まで寝過ごす破目となってしまったが、後

悔はしていない。でも何となく申し訳ないような気はする。別に誰に悪い訳ではないのだけれど、何とな

くそんな気分になるから不思議だ。

 起きた後は早々に片付け、火を使わない食事をし、密集花にお礼を述べてからこの場を立ち去っている。

 結局ここが何なのか、あの黄金花がこの地の主だったのか、詳しい事は解らないままだが、もうそんな

事はどうでも良くなっていた。

 会話したいという気持ちも失せている。ここは穏やかにしておくべき場所であり、多分関わろうとか、

謎を解こうとか、そういう考えを抱く事自体が間違っているのだろう。

 全員が何となくそんな気がしたのだから、きっとこの考えは正しい。

 一時の幸福をもらえたのだから、それ以上望む事は分不相応というものである。

 クワイエル達の心は晴れやかで、気力は充実し、心地良い気分のまま、再び進路を北へと向けた。

 この密集花のような存在と、また出会えれば良いと願いながら。




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