11-6.

 森を進めば進むだけ、賑やかになってくる。子人達と会う頻度が高くなり、その数も増えているように

思う。何やら話し声らしい物音も聴こえるし、もしかしたら彼らの住処にでも近付いているのだろうか。

 見ていると特に少子人の数が多いように思う。大子人に比べて力がなさそうなので、その分固まって仕

事をするのかもしれない。少子人の方が元々数が多いという可能性もある。

 風のように去って行くから、話しかけようにもその姿に気が付くともう居なくなってしまっているし、

詳しい事は解らないが。そんな風に想像できる。

 当ては無いので、とにかく賑やかな方へ賑やかな方へと進んでみると、やがて人間の身長と同じくらい

の高さの建物が眼前に現れた。森の景色とはまた違う、土壁の何とも言えない優しい色合いが目を和ませ

てくれる。色も様々だが同じ色の建物が二つとないのは、この色に何かの意味があるのだろうか。

 子人達も沢山居たが、クワイエル達を見て逃げるような事もなく、平然としている。というよりは、無

視されているのかもしれない。全く気にされていないような気がする。

 こちらの姿が見えていないのだろうかとも思い、近くにあった家を無遠慮に触ってみると。

「!!!!!!!!、!!!!、!!!!!!」

 家の持ち主らしき子人にこっぴどく怒られた。

 何を言っているのかは解らなかったが、とにかく凄い剣幕で怒られた事は解る。クワイエルも平身低頭

謝り続け、何とか許してもらい(表情を和らげて去って行ったから、多分許してくれたのだろう)、今後

は何を見ても勝手に触れないよう心に決めたのであった。

 酷い目に遭ったが、相手はこちらを認識している事は解った。その上で迎え入れているとは言わないが、

少なくともこの地に入る事は許してくれている。なら喜んでおくべきだろう。

 それともやはり半分無視されているのだろうか。

 怒った子人も怒るだけ怒るとすぐに何処かへ行ってしまったし、それ以上誰かがクワイエル達を構って

くれる様子もない。自分達は自分達の事をし、しかもその全てがどれも素早くて、クワイエル達から見る

と、とても忙しない。

 先程の怒鳴り声も物凄い早口だったし、もしかしたら時間の感覚からして違うのでは無いかと、そんな

風に思う。

 子人達からすると、クワイエル達はあまりにも鈍過ぎて、相手にしていられないのかもしれない。もし

かしたら彫像がコマ送りに動くようにでも、見えているのか。

 もしそうだとしたら、これはなかなか厄介な事である。

 生きている時間の速度がかみ合わないとなると、意思疎通なんて出来る訳がないからだ。

 例えば子人達が人間の倍速で動いているとしたら、クワイエル達は何をするにも倍の速度で動かないと、

彼らとやっていけない事になる。

 これはどう考えてもしんどい。

 まだ動く速度なら頑張れば何とかなるかもしれないが、会話とかになると倍速で喋り、倍速で話を理解

し、倍速で返答しなければならなくなる。

 想像するだけで疲れる。

 まあ、その時は何とかそういう魔術を使えば良いとしても、とにかく疲れる事になりそうだ。

 これはもうせっかちとかのんびりとかいう次元を超えている。時間の感覚と速度が違うと云う事は、極

端に言うと別の世界に生きているのと同じ事なのだろう。同じ場所に居たとしても、世界が違えば関わり

あう事は不可能だ。

 まだ詳しい事は解っていないから、何とも言えないが。子人達と関わる事は、今までとは違った意味で

困難になるかもしれない。

 とにかく子人達の事を知ってみよう。

 クワイエルは近くに居た子人達に話かけてみる事にした。



「あのう、すみません」

 などと言っている間に子人は去ってしまう。

 たまに聞いてくれる子人も居たが、聞いていると段々苛々してくるのか、数分もしない内に、怒りなが

ら何処かへ行ってしまう。

 稀に返事をしてくれる子人も居たが、翻訳の魔術を使っても、あまりの早口で聞き取れないのだからど

うしようもない。早回しで喋っているようで、甲高い音が耳を刺し、何を言っているのかさっぱり解らな

いのだ。

 そうしてやっぱりすぐに去って行ってしまう。このままではどうしようもないけれど、かといって子人

達の時間の流れが解らない以上、魔術を使って合わせる事も難しい。

 倍速の魔術を使っても、子人達が倍速より少し遅かったり、少し早かったりするとやはり噛み合わず、お

互いにストレスが溜まってしまう事は変わらない。

 とにかくやってみて、その上で微調整していく方法もあるが、それにしてもなるべく近い所から始めた

いし、会話にならない理由が他にある可能性もあるから、もっと知る事が必要だった。

 予断は禁物であるし、時間をかけても慎重にやらなければならない。

「持久戦になりそうです」

 クワイエル達は一時村らしき場所から離れ、邪魔にならない所に天幕を張り、野営の準備を進めると共

に、クワイエルとエルナ二人だけが子人村に戻って、子人達を観察する事にしている。

 何度も話しかけていたせいか、煩がられてもう構ってくれなくなり、後はもう黙って見ているしかなか

ったのだ。これ以上子人を不快にさせると、本当に怒らせてしまう。

 クワイエルは少ししつこ過ぎたし、これ以上余計な事は出来ない。

 静かに、黙って、観察を続けよう。

 子人達は動き続けている。たまにぽつんと何するでもなく立っている子人も居たが、よく見ると手や足

を細かく動かし続けていた。何をしているのかは解らないが、何かをやっている事は確かである。

 常に動き続けていなければいけない種なのか、それとも単にクワイエル達から見ればそう見えるだけな

のか。或いは癖なのか。とにかくじっとしている事が少ない。

 じっとしているのはごろりと横になっている子人くらいなもので、それも少し経つとまたすぐに立ち上がって、何処かへ向かう。

 クワイエルとエルナは日が暮れるまで、二人して真剣に眺め続けていたが、さっぱり解らなかった。



 翌日もクワイエルは朝から子人達を眺めに来ている。エルナは天幕で見張り兼留守番をしている為、今

日は居ない。他の仲間もそれぞれにやる事があり、クワイエル一人が出かけてきている。

 この忍耐強さというのか、執着力だけは確かに常人を超えている。しかしこうなるともう当初の目的は

薄れ、ただ楽しむ為に見に来ているとしか思えない。むしろここで子人達を眺める為に、今まで旅をして

きたのではないかと、そんな風に考えられるくらいだ。

 そんな訳が無いだろうと常識的に考えても、クワイエルがそれに該当するかは別問題である。それが魔

術師という困った人種であり、その困ったさの要因なのだ。

 それでも子人観察に集中していた成果はあって、何となく子人のテンポというのか、彼らの時間の感覚

を掴み、自分の時間とどれだけずれているかが解り始めていた。

 子人はクワイエルと比べ、七割から八割くらい速い。二倍まで行かないが、五割増しでは少ない。大体

その中間からちょっと上くらいがしっくりくる。

 正確に計るのは難しいが、そこまで解れば微調整していく事は難しくない。

「マン、ラグ、ダエグ ・・・ 我という、流れを、変化せん」

 刹那、他の全てを置き去りにして、自分一人が世界から加速して行くような錯覚に陥る。

 すぐに落ち着いたが、それは奇妙な感覚で、新鮮ではあったが、もう一度体験したいとは思えない。ま

るで自分の世界から切り離されてしまうようで、日常と当たり前の常識を破る事は、肉体、精神的に負担

がかなり大きいのである。

 魔術の構成も初めてやるだけに粗野で、安定していない。

 三文字のルーンでは荷が重すぎたのだろうか。

 まあ成功したと言えば成功している。ならばよしとしようか。

 手を伸ばす。足を曲げる。どれも普段と変らない、当たり前の仕草、当たり前の感覚。しかし他を見て

みると、いつもよりも何もかもが遅い。風の流れ、足跡、草木にかかる重み、そういったものが一つ二つ

遅れているように感じる。

 それなのに自分だけはいつも通りに動けるのだから、不思議なものだ。正直気持ちが悪く、しっくりこ

ないものがある。

 生まれた時からこうであれば何とも思わないかもしれないが、今まで体験してきた時間と違う時間の流

れの中に身を置く事は、良い気分ではなかった。

 全ての違和感が気持ち悪い。一つや二つなら新鮮だったのかもしれないが、全てが同時に同じだけいつ

もとずれているのだから、新鮮を通り越して不快な気持ちになる。

 クワイエルは初めて味わう感覚に吐き気にも似たものを感じながら、子人達と照らし合わせ、時間の流

れを微調整していった。



 微調整は考えていたよりも遥かに骨の折れる作業で、最後は仕方なく微妙なずれを妥協する事にしたが、

それでも丸一日かかり、へとへとに疲れてしまっている。

 魔術による疲労に加え、あの感覚の差異による大きな疲労感と虚脱感。不測の事態が生じても何とかな

るように、改良して途中から一分で自動的に解ける魔術を編んでみたのだが、それでも魔力と精神力の消

耗は大きかった。

 文字数でもそうだが、使う魔術の質に寄っても、魔力の消費量は違うらしい。魔術が想像力を基礎とし

て成り立つものであるからには、慣れない事をしようとする程大きな魔力を必要とする、という事なのだ

ろうか。

 今までも様々な魔術を行使してきたが、この魔術は別物と云えるくらいに消耗が激しい。

 魔術は変化に応じて魔力の消費量が増す。時間の流れを変える事は、全てを変える事に他ならない。そ

う考えると、逆にへとへとになる程度ですんで良かったともいえる。

 最後には歩くのも億劫になってしまい、這うようにして天幕へ戻っていく始末だったが、生きていられ

るだけ運が良かったのだろう。

 仲間にも心配をかけ、流石のクワイエルも反省したのか。子人を見付けて以来、輝いていた目が伏せら

れ、口数も少なくなっていた。もしかしたら単に疲れているせいかもしれないが、未知を前にして無意味

なくらい元気を出していないクワイエルを見るのは、滅多に無い事だから、皆酷く心配している。

 つまりはそれだけクワイエルがおかしな人間だと云う事で、大人しくてもはしゃいでいても心配しなく

てはならない、心底困った奴だという証明となる。

 幸いと云うべきか、クワイエルは疲労していただけで深刻な状況ではなく、翌日には元に戻ったようだ

が。それでもいつもよりは少しだけ大人しかったという話だ。

 そんなこんなでクワイエル達は朝食をとりながら話し合い、魔術の負担と失敗した時の事を考えて、今

回はまずクワイエル一人で完成させた魔術を使い、一人で子人達の村に行く事を決めている。

 そして何かあった時にすぐに知らせられるよう、一人付き添いを付けた。この付き添いにはエルナが選

ばれている。

 残りの者達は、いつでも動けるように天幕で待機する。万が一の為にすぐ逃げられるよう、荷物もまと

めておいた。

 準備を整え、クワイエルはエルナを連れて子人の村へ向かった。

 一応の完成を見てからも、何度も何度も魔術を想像し、編み直し、頭の中で訓練を重ねた。今なら暴走

の心配も少なく、安定して使う事が出来るだろう。

 ただ長い間時間を加速した状態で居続けた事が無いので、どうなるかという心配はある。しかしそれで

さえ、未知なる楽しみと思えば悪くない。

 クワイエルは生粋(きっすい)の魔術師なのだから。




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