11-7.

 意識を集中する。

「オダル、オス、マン、ラグ、ダエグ  ・・・・ 古き、導きのままに、我が、流れを、変化せよ」

 魔術によって想像が現実となり、ルーンの力で現世に強制的に働きかける。新たな秩序が生み出され、

その変化した姿こそが新たな自然となる。幾度も幾度も反復したそれは、よりはっきりとした形となって

クワイエルと現世に干渉し、魔術を完成させた。

 元の世界から引き剥がされるようなあの感覚は辛いが、それも随分楽になっている。慣れたのか、それ

ともまた魔力が上がっているのか。

 ともかく、多分これで子人達と会話出来る筈だ。

 彼はエルナへ一つ頷き、子人村へ入って行く。もっとも、エルナがその頷きを認識出来たかは解らない。

エルナから見れば、頷きと解らないくらいの速さだっただろうから。

 子人達は変わらずそこかしこを動き回っているが、今のクワイエルから見ると、あの忙(せわ)しなさ

は感じられず。むしろ悠々とそれぞれの時間を過ごしているように思える。

 魔術によって変化している時間の感覚から見ると、当たり前だがまるで世界が違う。この変化は魔術に

慣れている魔術師であっても、不可思議でとても人に伝えられるものではない。でもそれでいて、身体の

方は自然にその世界に順応している。

 これも魔術が上手く行使されたという証かもしれないが、とにかく妙な気分である。慣れる訳も無い世

界に、当たり前のように慣れ親しんでいる自分が居る。この状態をどう例えれば良いのだろう。

 気持ちを落ち着かせる為、何度か深呼吸してみた。

 違和感は消えないが、少しだけ心が静まる。

 そんなクワイエルを不思議がるでもなく、子人達はそれぞれの暮らしを楽しんでいる。草花の手入れを

したり、家の手入れをしたり、隣人と会話、或いは散歩をし、たまに立ち止まっては何かを考え、意味不

明に思えたあの動きの中にも、それぞれに意味があった事が解った。

 子人達は何て多彩な生活を営んでいたのだろう。

 当たり前といえば極当たり前な事に、クワイエルは新鮮な驚きと感動を覚えている。この子人達も彼ら

の生活をしているのである。あのちょこまかと忙しなく思えた中でも、彼らの時間の中では、それぞれに

目的を持ち、気ままに生活している。その事が何故かとても嬉しかった。

 そうして感動のまま観察していると、子人達が生活環境というものを大事にしているかが解った。

 草木の手入れ、道の舗装、家の修復、実にかいがいしく働いている。この姿を見ていれば、不用意に彼

らの家に触れたりは出来なかっただろう。前に子人に怒られた事も当然だ。流石のクワイエルも少しばか

り反省した。

 反省したから一変するような事も無く、また似たような状況があれば同じような事をするとしても、彼

が解りやすく反省するのは珍しい事だと思うから、一応記しておく。

 そしてクワイエルもまったく反省していない言動を取りながら、それでもその時々には一応反省してい

るのだ、という摩訶不思議さをも、ここに伝えておきたい。

 これは変人も人間の一人であるに過ぎないと云う、画期的な論を投げかけるに相応しい証拠となるだろ

う。この事を書き残しておく事は、人々の将来にとって非常に有益である、ような気がしないではない気

がする。

 クワイエルは若干の反省心を抱きながら、暫くの間いつものように子人達を観察していた。彼らと時間

を同じくする今だからこそ、解る事は多い。

 ようするに彼はまた持ち前の大きな好奇心に囚われていたのである。

 一つの未知を理解できた幸せに打ち奮え、ここに何しに来たのかを忘れてしまっていた、とも言える。



 小一時間程そうしていただろうか。今はいつもよりも時間の流れが早い為、それももっと短い間だった

かもしれないが、彼としては結構な時間を飽く事無く過ごしていた。それが何故我に還ったかと言えば、

単純にもっと刺激的な事を思いついてしまったからである。

 それは子人達と会話する事。

 そもそもの目的の一つでもあるが、何度会話を繰り返しても、まったく意思疎通が出来なかった事を思

えば、子人達と普通に会話出来ると云う事は、耐え難い喜びである。

 この時のクワイエルの頭には職務とかいう言葉はなく、使命という言葉もなく、ただただそれが可能に

なったという事への、素直すぎる喜びだけがあった。

「あのう、少しよろしいでしょうか」

 クワイエルは早速近くに居た子人に話しかけてみる。

「なんだい、またあんたかい」

 その子人は至極面倒臭そうに返答した。よくよく見てみれば、以前から何度も話しかけ、その度に何か

を返してくれていたが、その言葉がさっぱり解らず、結局ぷんすか怒って何処かへ行ってしまった子人の

一人である。

 クワイエルは今初めて会話したような気持ちになっているが、考えてみれば今までも散々この子人と会

話(勿論まったく噛み合っていなかったが)自体はしていたのである。むしろし過ぎている。子人からす

ると、クワイエルの感動など、傍迷惑の極致でしかない。

 しかし勿論クワイエルはそんな事は気にしない。悪びれずにどんどん会話を進めていく。

「貴方方の代表者のような方とお話したいのですが」

「代表者って言われてもねえ・・・」

 子人も子人が良いのか、そんな失礼極まりない魔術師の権化にも、迷惑そうでもなく(若干嫌そうだっ

たが)話に乗ってくれている。気の毒な事だ。

「代表者って言われても、基本的にうちらは勝手にやっているのでねえ・・・・。あ、そうだ。赤のばあ

さんと話してみると良いよ。あのばあさんが一番古株だし、あのばあさんの言う事なら、皆ちゃんと聞く

と思うよ。まあ、よく解らないけど」

「ありがとうございます」

 赤のばあさんというくらいだから、多分赤い家なんだろう。そんな考えで、赤い家を探してみると、す

ぐにそれは見付かった。

 何しろそれぞれに色が違うし、クワイエルの身長から見れば一目瞭然である。

 赤い家は他の家よりも若干大きく、立派であるように見えたが、勘違いといえばそうと言えない事も無

い程度の違いで、他の家とはっきりとした差があるようではない。子人の話し振りを考えても、王とか君

主とかいう風ではなさそうだから、長老か知恵袋みたいな存在だと思えば良いのかもしれない。

 付近には子人が居なかったので、試しにドアを叩いてみると、コツコツと良く響く。あまりにも気持ち

良かったので、何度もしつこく叩いていると。

「いい加減にせんかッ!!」

 よく目立つ赤いスカーフをした子人が勢い良くドアを開けて現れた。

「申し訳ありません。あまりにも良い音だったものですから」

「良い音だから、ですむか、バカタレがッ!!」

 子人はまた勢い良くドアを閉める。

 暫く待ってみたが、それ以上何の返答も無い。

 仕方が無いのでクワイエルはまたドアを叩いてみたが、またあちらも同じように怒鳴り返し、結局十数

度もそんな事を繰り返した後、根負けしたらしい赤婆がうんざりした様子で。

「解った、解った。何か用があるなら聞いてやるから、言ってみな」

 と、溜息混じりに言ったのである。これは偉大なる勝利なのかどうか。

 こんな事になったのはどう考えてもクワイエルの責任であるのに、彼は勿論気にした様子はなく。

「私達は南から来た者ですが、この大陸の事を調査し、そして出来れば皆さんとも友好的に接したいと考

えているのです。よろしければ協定なりを結んで、私達と仲良くしてくれませんでしょうか」

 などと馬鹿丁寧な事を述べている。赤婆さんははっきりとこの男は馬鹿ではないか、と思った筈だが、

それでもきちんと答えてくれた。子人達は皆子人が良いらしい。

「うーん、別にあたし達も喧嘩したい訳じゃあないし、別に良いんだけど。でも協定やらなんたらいう面

倒なのは勘弁だね。あたし達ゃあ皆好きにやってるんだ。それをごちゃごちゃと誰かが勝手に決めたり、

口出したりするのは、一番嫌われる事だよ。あんたが何を思ってあたしにそんな事を言うのか知らないけ

どさ。まあ、好きにすれば良いと思うよ。今のまま普通に暮せるのなら、誰も文句何か言いやしないし。

 さあ、解ったらさっさとお帰り。そんなでかいなりして、迷子でもないんだろ」

 赤婆はそれだけを言うと、さっさとドアを閉めてしまった。クワイエルはまたノックして呼び出そうと

も思ったが、流石の彼にも一片の分別があったようで、そこをぐっと堪え。とにかく子人達との友好関係

は結べたのだと、地図に、普通に暮せれば大丈夫、と記し、エルナの待つ場所へと帰ったのであった。



 エルナはクワイエルの動きがやたらと忙しなくなった姿を、若干気持悪く思いながら見ていたが、待っ

ている間は実はそう長くなかった。

 クワイエルは色々とやっていたようだけれど、その動きは常に高速で、まるで早回しでも見ているよう

に、いつも以上に何をやっているのかは解らない。

 でもその動きは驚く程速かったから、その全てが終わるのを待つのも、あっと言う間だったのだ。物凄

く速く動くクワイエルは若干気持悪かったとしても、こういうのも楽で良いのかもしれないと、エルナは

思っていた。

 そんな事を考えながら観察を続けていると、いつの間にかクワイエルがこちらに向かっていて、気が付

くと目の前に立ち。

「!!!!!。!!!!、!!!!!!!!!!」

 何やら物凄い早口でまくし立てている。何かを言っているのは解るが、その言葉も表情も速すぎて読み

取れない。ただキュルキュルとおかしな音が聴こえ、圧倒的な速度で無駄に動き回るクワイエルがおかし

くなり、エルナはとうとう笑ってしまった。

 そこでようやくクワイエルも自分が魔術を使ったままだった事を思い出したらしく、魔術を解いて、や

っと理解出来る速さで体験した事を話してくれた。

 クワイエルは普段はとても師らしくはないのだが、何かあれば必ず詳細に話してくれる。質問にも丁寧

に答えてくれるし、エルナとしてはこの時間がとても貴重だった。ようやく本当の弟子になれたような、

そんな気持ちになれるのである。

 いつもそんな気持ちになる事が、クワイエルの師としての駄目さを物語っているのだが、エルナはそこ

はもう諦めているようだ。

 真面目に話してくれるクワイエルもエルナから見れば面白く、つくづくおかしな人だと実感する。でも

そのおかしさが好ましく、そこが皆に受け容れられ、好かれている理由なのだろうとも思う。

 クワイエルは他者を嫌わない。吃驚する程憎しみや嫌悪という情から離れている。他の誰も嫌悪しない

からこそ、誰からも嫌悪されないのかもしれない。

 話し方も面白い。誰もが言うような感じではなく、独特のそして解りやすい話し方で、情景が想像しや

すく、すぐに頭に入ってくる。

 想像しやすいと云う事はとても重要な事で、魔術を扱うには一番大切な部分だと、ハールがいつも述べ

ていた事を思い出す。そのハールの弟子でもあるクワイエルは、元々そういう所があったようだが、ハー

ルと出会ってからは尚更その事を気にかけるようになったようだ。

 エルナも見習わなければならない。体験した事を解りやすく誰かに話す事は、魔術の行使と同じ事。未

知を理解し、ありうべからざる事を、ありうるように現世に翻訳する。それがルーンに通ずる。

 例え変人相手でも、良い所は学ばなければならない。

 難しい事を難しいまま述べるようでは、本当の魔術師にはなれない。魔術師は偏屈だが、魔術に関して

だけは素直で柔軟になる。変人も自分の興味がある事に対してだけは、一生懸命になるのである。

 クワイエルの話を総合すると、無事に、かどうかは解らないけれど、子人達とも友好関係を結べたよう

だし、暫くはこの付近に滞在して、子人達の事を少し調べてみたい、と云う事になる。

 エルナもそう思うし、他の仲間達も反対はしないだろう。

 二人は役目を果たし、仲間の待つ天幕へと戻った。




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