11-8.

 クワイエル達は子人達の観察を続けている。

 ただ倍速化(正確には倍速ではないとしても、便宜上そう呼ぶ)の魔術は、使うと感覚がおかしくなる

というのか、ちょっとずれてしまうような気がするので、必要以上には使わない事に決めた。だから子人

達がせかせかと動き回っているように見えるのは、今も変わらない。

 クワイエルがたまに子人達から情報を得る時以外は、そのままの時間を生きている。

 それでも子人達と会話できるようになった事は大きく、様々な事が解ってきた。

 子人達も人間と同じく約二十四時間のサイクルで生活していて、日の出と共に起き、日の入りと共に寝

るという暮らしを続けている。

 人間から見ると、体感的な時間は倍近くなるのだが、面白い事にその時間は共通しているのである。子

人達もこの世界を基準としている事は変らず、基本的な考え方も人間に近い。だから話していても、さほ

ど違和感を覚える事はなかった。

 子人達には統治者のような存在は居らず、そしてそのような組織も無い。皆自分自分で勝手にやりなが

ら、他人の事もある程度尊重して上手くやっているようである。

 共同生活を誰に頼む事無く自分達だけで作り上げているような、そんなものを想像すれば近いだろうか。

 ただし子人達にもグループのようなものが存在する。

 別に強制ではないが、やはり同じ目的を持つ者同士は協力しあった方が色々と便利だから、木の実採集

や草木の手入れ等、様々なグループを組んで、子人達は日々仕事のような事をやっているらしい。

 その成果も皆で分け合い、子人全体が一人の大きな子人であるように生活している。

 子人にはクワイエル達も見てきたように大きく分けて二種類居て、大子人が人で云う男、小子人が人で

云う女、に当るとか。

 大子人はあまりグループを組まず、一人で力仕事をやっている事が多く。家に拘りが無くて、一日中外

で仕事をし、そのまま草むらで寝たりと、気ままな生活を行う。

 小子人は身体が小さいのと、数が居た方が便の良い仕事が多い為か、グループを組む事が多く。家を造

りインテリアを自分好みにする事を楽しみとしている者が多い。

 結婚制度みたいなものも変っていて、大子人が気に入った小子人の家に通い、子供が出来れば小子人が

家で育てる。大子人は子供が出来ても家に帰る事は稀で、一応親子関係みたいなものはあるらしいが、濃

いものではないようだ。子供も一人で働けるようになれば勝手に自立し、好きに暮している。

 子人全体で一人のようなものだから、個々の繋がりを強調する必要性が薄いのかもしれない。

 大子人はその後も通い続ける事もあれば、どちらか、或いは両方が嫌になって通わなくなる事もある。

まあどちらにせよ家は小子人の物である事は変わらず、大子人は最後まで家には拘らない。小子人も常に

大子人が家に居る事は嫌うようだ。

 彼らは他の子人に不快感を与えるような事をしなければ、特にどうこう言われる事はない。その代り、

いつも自分で自分の面倒を見なければならないし、困った時でもなるべく自分で解決しなければならない。

 いい加減なようで実は厳しい生活を子人達は送っている。

 食料は付近から得た木の実や植物が主で、水も湖や川、或いは雨を溜めて使っている。森の中で暮して

いるから、そういう事には困らない。クワイエル達もご馳走になってみたが、なかなか美味かった。ちょ

っと癖があり、全体的に酸味が強いような気もしたが、それはそれで特徴があって良いと思う。

 鬼人と同じく、仲良くしていくにはぴったりの種だ。勿論身体のサイズや時間の感覚の違いがあって、

色々と工夫したり準備しなければならない事は多いだろうが、なるべく友好的に接していきたい。

 子人達について解った事はこんな所だが、話を聞いていると他にも面白い事が解った。

 その面白い事とは、例の花達の事である。そう、花同士で戦っていた、あの不思議な花達。あれは実は

子人達が作った花であるらしい。

 何でも昔はこの辺にも多くの獣が居て、獣からすれば良い食料だったのだろう、子人達が襲われる事が

当たり前のように毎日起こっていた。魔術で撃退したり、罠を仕掛けたりもしていたが、それだけでは埒

(らち)があかない。

 何しろ子人達は小さく、大子人はまだ一人でも戦える力があったが、小子人は一息にぱくりと食べられ

てしまうのである。

 子人達は素早いけれど、獣達も素早い者が多く。獣と言っても一つの種である事は変わらないから、魔

術も使うし、どうしても子人だけでは守りきれない部分があった。

 そこで子人達が考えた末に思い付いたのが、戦闘花だったという訳である。

 戦闘花は自分を傷付ける者に対し、激しい闘争本能を見せ、尚且つその本能を一つの花種で共有してい

る。つまりは一本でも傷付けられると、その種類の花全体の敵と見なされ、一斉に襲われる。

 この花を四方八方に配置しておけば、流石の獣達も簡単に入ってくる事は出来ない筈だった。戦闘花の

効果は、クワイエル達も身を持って知っている。

 しかしこの戦闘花にはとんでもない欠陥(けっかん)があったのである。

 まず、匂いがきつい。切り傷以外は敵対行為として認識されない。その上、誰彼構わず襲い、例え子人

であっても区別なく襲いかかってくる。繁殖能力も強くて、必要以上に増えすぎてしまい、花同士で戦い

合う事も多くなってしまった。

 最後には子人達も手を持て余し、仕方なくこちらへ引っ越す破目になったらしい。

 一度は防衛装置としては諦め、花同士を戦わせる闘花とでも云える競技を作ろうとも考え、それぞれに

気に入った色を定め、制御装置として大花を作ってみたようなのだが、上手く機能しなかったようである。

 まあ、あの強烈な匂いのおかげで侵入者撃退効果が望めたし、いざとなればクワイエル達が密集花と呼

んでいた、花達の核となる、あの夜に開花する花を枯らしてしまえば、全ての花を枯らす事も出来る。子

人達の生活に支障がない限りは、放っておく考えでいるらしい。

 そんな感じで子人の事が解ってき、あの謎の花達の秘密も知る事が出来て、クワイエル達はとても満足

している。ここは生活するにも困らない。

 この地は子人以外の生命にとっても、とても暮らしやすい場所である。獣達が狙っていたのもよく解る。

食べ物は豊富で水にも困らない。ここで一生暮したとしても、生きていくには全く困らないだろう。

 そこでクワイエル達はここに拠点となる家を築いておく事を決めた。

 別にそんな物は無くても天幕を張るなりどうにでもなるのだが、目印というのかそういう建物があった

方が、この先も落ち着いて進めるような気がする。

 何があってもここに戻ってくれば良いという安心感が生まれるし、逸れてしまった時の集合場所にも使

う事が出来る。

 何より秘密基地のような感じがして、クワイエル達は少しわくわくするのだ。こういう場所にひっそり

と自分達の居場所があるというのは嬉しく、頼もしく思えるのである。

 家は絶対に必要な物ではないのだが、自分達の証というのか、目に見えて存在するものを、安心できる

地に建てておきたかったのだろう。

 さて、家を建てるとなると、許可が要る。そこであの赤婆さんに聞いてみると、そんな事は知ったこと

じゃない、勝手に建てて勝手にしろ、という事だったので、近くに居た大子人に手伝ってもらい、早速家

造りに取り掛かった。

 クワイエルとエルナは専門外なので、ここは建築の心得もあるハーヴィと家好きな子人達に設計を任せ、

レイプトとユルグと共に大子人の手伝いと、木材の運搬を担当する事が決められたが、結局下準備はほと

んど子人達がやってくれた。

 そのままでは組み立てから完成まであっと言う間に全部やってしまいそうな勢いだったので、慌てて子

人達を止め、後は自分達でやる事を了承してもらっている。

 想い出を刻みつけるように、自分達でゆっくりと建ててみたかったからだ。

 ひょっとしたらクワイエル達の心には、ホームシックのような気持ちが生まれていたのかもしれない。

 彼らの街からもう随分離れている。根が抜け落ちたような寂しさを感じたとしても、不思議ではない。

だからここを、第二、第三の故郷とし、その何とも云えない気持ちを慰めたかったのだ。

 ここに心の拠り所となる何かがあれば、またこれからも頑張れる。多分そんな気がしたのだろう。

 クワイエル達は慣れない作業に悪戦苦闘しながらも、楽しんで家を組み立てていった。木材も伐り出さ

れ、加工も終わり、後は組み立てるだけだったので、彼らだけでも何とかなる。

 こうして不恰好だがしっかりした家が出来上がった(仕上げはまた子人に手伝ってもらったので、問題

なく仕上がっている)。丸太小屋のような簡単で小さな建物だが、宿とするには充分だ。

 拠点となる街を造るような事はとても無理で、クワイエル達にはこの一軒の小屋がせいぜいだったが、

心が安らぐような不思議な安堵感と満足感を覚えている。

 ここに自分達の家が出来た。それは思っていた以上に救われる事だったのである。

 こうして心の拠り所を建て、再びクワイエル達は北を目指す。

 この先に何が待っているとしても、この家がある事が、彼らの支えになってくれるだろう。




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